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「首塚……」
厳達もあまりにも大きくなった話しに、二の句が継げない。
将門の首塚。
言わずと知れた日本三大怨霊の一つ。
どう慰霊しても封じるので精一杯で、GHQでさえ移転させるのを諦めた程だ。
だからこの現代においても都会のど真ん中、高層ビル群の中にポツンと不自然に残っている。
まさに、触らぬ神に祟りなし、だ。
それを触ろうとしている者がいるというのだろうか?
だが、何のために?
それを知るためにも、もう少し分析が必要で、
「……殺害の順序は?」
美幸に訊かれ伸治が調べる。
「宝地蔵、千鳥ヶ淵、で、昨日のお玉ヶ池跡……おいおい、これって……」
辿ってゆくとそれが描くのは、
「五芒星じゃない!」
「ってことは、次は……」
警視庁本部庁舎付近がそれに当たり、
「そして御茶ノ水高校で五芒星が、完成。 ……だったら!」
美幸が再び携帯を取り出し、
「緊急配備よ! 警視庁本部庁舎の周辺に……え! そう、分かったわ。 では……」
これこれの事件現場の下を掘って探すよう指示し電話を切る。
「……遅かったわ」
その一言だけ絞り出した美幸。
トヨは思い出したように皆にお茶を淹れはじめるので厳は手伝う。
美幸の横に座った伸治は、察してはいるが一応訊く。
「……もう、見つかってたのか? 変死体」
「ええ、本部庁舎と桜田門駅の間の植え込みで、さっき発見されたって」
「この真っ昼間にかよ?」
人の目がない場所ではない。
昨夜のうちに犯行があったのなら今朝、見つかっているはずだ。
大胆にも犯人は、午前中、人通りのある中で犯行に及んだことになる。
その人通りの中の、運悪く一人で歩いていた者が犠牲になったのかも知れない。
「チッ、後手後手に回ってんな」
「でも、少なくとも五芒星の最後の一角は咲さんが札を見つけたから潰せている」
それが不幸中の幸いね。
そう呟き受け取ったお茶に口をつける美幸。
「お玉稲荷以外の場所から呪符が見つかれば、……いいえ絶対見つかるはず」
この五芒星の形が偶然であるはずがない。
だから将門の復活計画があることはまず間違いない。
「この流れでいくと、御茶ノ水高校でことが起こるのは明日なはずね」
まだ呪符が掘り起こされたと知らない犯人グループは五芒星を完成させようと高校に現れるはずだ。
その者達の凶行を防ぎ、必ず捕らえねばならない。
既に指示した手配を更に増員し、失敗のないようにする必要がある。
それともう一つ、
「問題は首塚ね。既に何か施されているはずだから、急いてそれを除かなきゃならないわ」
「神田明神へ依頼するか?」
「いいえ、私達でやりましょう」
行事は神田明神が執り行っているが封印に関しての技術は失われている。
だから自分らが行くしかない、と立ち上がろうとする美幸をトヨが止めた。
「美幸さん。行くのはよいのよ。でも気をつけないと」
五芒星の角、五つのうち四つまで血を吸い込ませてしまっている。
だから将門の霊は覚醒の途中にあり、完全な形ではないにせよいつでも目覚めさせられる、というのがトヨの見立てだった。
「確かにそうね。岩笠さんにも来てもらいましょう」
頷く伸治が内線で連絡をした。
話しがどんどん進むが、
「すみません。将門の霊って……本当ですか? そんな昔の武将一人の霊が復活したところでどうなるのでしょう?」
厳と咲は話についていけていない。
「厳君。怨霊って信じる?」
「……首塚や、羽田の大鳥居の話は聞いたことがあります。科学で解明できていないこともあるとは思いますが、それでも……正直、話に尾ひれが付いているっていうか……」
「そうね。その感覚は正しいわ。いくら強大な霊力を持った個人が怨霊化したとしても、国中に天災をもたらすほどにはならないわね」
将門にしても討伐され斬首・さらし首になった後、その首が京都から今の首塚まで飛んだとされているが、人一人の霊力だけで、死してなお、その首を京都から遠く離れた東の地まで飛ばせはしない。
真実はこうだ。
将門本人の恨みの念に加え、将門を死に追いやった者の罪悪感や祟への恐怖心が首に集まった。
更にその話を聞いたり、さらし首を見た者達へと伝染した恐怖心も加わり増幅されてゆく。
それらが臨界点に達した時、目の前から消し去り無かったことにしたい心理が将門の首を飛ばした。
だから彼らに影響の及ばないところで霊力が尽きた首は落ちたのだ。
羽田の大鳥居にしても同様で、GHQに無理やり立ち退かされた者たちの恨みの念が怪異を起こした。
その証拠にその呪い騒ぎから半世紀後、状況が変わり羽田の発展のためにやはり大鳥居は動かす必要がある、という流れに変わったときにはあっさり移転できている。
「これが怨霊の正体。怨霊の力の殆どは生きている者の負の霊力なの」
「その封印を解くというのは……」
「人に制御できっこない強大な力を使って善からぬことを企んでいる以外ないわ。だから止めなきゃいけないのよ」
そういうことならば自分にできることは何でもやろう、と厳は同行するため立ち上がるが、
「勧誘しておいてなんだけれど、今回は危険すぎるから、まだ基本のレクチャーも終わっていないあなた達は連れていけないの」
同様に花にできることもないので待機となる。
「私達はすぐに首塚に行かなくてはならないから今日はこれまでにするわね。研修はこの件が落着してから始めましょう」
よろしくね、と美幸は話を終えた。
家までは伸治が送ってくれるという。
確かについていっても何もできないのでおとなしく従ったが、帰りの車の中で厳はあることを決めていた。