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「わかりました。待ってます」
と受話器を置いた伸治。
「公安からだったよ。ヤバそうだぞ」
昨日、お玉稲荷神社で発見された変死体についてだった。
「何のことですか?」
昨夜早くに自室にこもった厳は、ニュースを見ていなかったので知らなかった。
「稲荷堂で大量失血死の変死体が見つかったって事件よ」
「大量失血死……」
その変死体の件がどうしてこちらに回ってきたのかと美幸が伸治に訊くと、
「血が流れ込んでいた稲荷堂の横のな、末社の池で呪符が見つかったってよ」
「呪符?」
「ああ、それの鑑定依頼だと。今からこっちにもってくる。それがな、油紙にくるまれてたってんだよ」
油紙と聞いて厳達が顔を見合わせた。
「それって……西村さんが見つけたあの呪符と……」
「ああ、関係してっかもな」
なんだか厄介事の臭いがするだろ? と伸治は腕を組む。
「ラボへ行きましょう」
学校で見つけた呪符もそこにあるということで、皆で移動した。
エレベーターで更に下の階へ。
その中で唐突に美幸が、
「西村さん、下の名前は咲よね?」
頷く咲。
「陰陽課ではファーストネームで呼び合うことになっているの。あなたのことも"咲"って呼ぶわね。厳君は……、最初から下で呼んでたか。あなた達も家族名で呼び合うのは禁止よ。いいわね」
これには、親子・兄弟で働いていた者もおりファミリーネームで呼ぶと混乱が起きる、家柄による上下があってはならない等、様々な理由があったが、今ではその理由などどうでもよく慣習として受け継がれているのだそうだ。
エレベーターを降りると廊下が左右に伸びており、入り口が連なっていた。
その中の一室に入ると、
「おや、美幸さん。後の方々は噂の新人さんですか?」
品の良い白衣の老婦人が出迎えた。
そうです、と返した美幸は、
「彼女は"トヨ"さん。卜部トヨさん」
厳と咲、トヨにそれぞれを紹介し、
「トヨさん、早速だけれど……」
「ええ、分かっていますよ」
トヨは板状の物を取り出して机に置いた。
ガラス板に挟まれているのは学校で見つけた例の呪符だった。
「なんか……違う」
咲が小首をかしげるが、
「ガラスに何か彫られていますか?」
興味深気に色々と角度を変えなが覗き込む厳がそう訊く。
「ええ、この呪符の力が外に漏れないようにしてあるんですのよ」
このガラスに施した封印に厳が興味を示しているのが嬉しいらしくトヨが微笑みながら応えた。
「だから西村さんは……」
「名前で!」
美幸の指摘が入り、慣れないので少し照れながらも、
「えっと……咲さんは印象が違うと感じたのですね?」
「きっとそうですわね」
「咲さんがこれを直接見た時、気持ち悪い、と言っていたけれど……漏れると不味いような力なのですか?」
「ええ。とんでもない代物ですのよ」
解析の結果、これは封印解除の生贄の血の呪力を強める仕掛けが施されていると分かった。
「封印解除? 何の?」
美幸の問には首を振るトヨ。
札のどこにも対象の情報がない。
おそらくこれは補助的なものでメインは他にあるのだろう。
それを見ないことには詳しくは分からないとのことだった。
「この、文字みたいなのと集積回路みたいな図が描かれているだけの紙に、そんな力があるのですか?」
厳や咲には信じられないが、
「文字はそれだけで霊力に方向性を与えますのよ。そして図によって霊力の流れを作って増幅したり結合したり。最終的に意図する結果を導けるかは術者の技量次第ですけどね」
へえ〜、と分かったような分からないような顔をしている厳と咲。
その顔に笑って、
「トヨさんは呪符の専門家なのよ」
だからこれから呪符についてはトヨさんに色々と教わるといいわ、と美幸は言うが、
「そうなんですね。でも神前さ……あ、ええと、花さんも式神を使いますよね? 呪符に関する知識は……」
今度は指摘されずとも名で呼んだ厳に、
「あたしのは全然別系統なの。だからこういうのはさっぱりわかんない」
花はガラス板に封じられた呪符を見る気もないらしい。
花の使う式神は、道教由来のものを花の先祖が神道の体系の中に組み入れた独自のものだという。
そう言えば実家は神社だと言ってたな。でも、式神を使うって……と厳に疑問が浮かぶ。
「? 花さんは、陰陽師じゃないってこと?」
"陰陽課"というからには所属メンバーは陰陽師なのかと厳は思っていたが、
「あら、この課の名前は便宜的なものよ。陰陽師もいるけれど、全員じゃないわ」
美幸の応えに続けて、
「式神ってのは陰陽師が使うと思ってるだろ?」
伸治が問うので厳は頷くが、
「ありゃあなぁ、小説だとか漫画だとかの影響だな。本来、陰陽道ってのは星の運行を読んでその力を利用するものなんだ」
ちなみに伸治は呪禁師なのだという。
その職名を、厳も咲も聞いたことがなかったが、
「そういったことはいっぺんに説明しきれないからおいおいね。それより……」
美幸によって話が呪符に戻されたところで、扉が叩かれた。