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「僕の家系は坂上田村麻呂の末裔なのだそうです」
坂上田村麻呂。
平安初期の公卿で武官。
征夷大将軍として蝦夷平定を成した人物だ。
「祖父は僕が小学生になる前に亡くなったので、叔母は詳しい話を聞けませんでした」
加えて、詳細を伝えられていたはずの厳の父、結の兄も厳が小学三年生のときに亡くなっている。
事故死と聞かされていた。
だが、実は他殺だった。
母も巻き添えで殺されている。
父から話を聞く機会を奪われた厳は、昨日、結から聞かされるまで何も知らずにいた。
その話とは、
「僕の一族は代々鬼退治をしていたそうなんです」
厳の両親を殺した犯人は分かっていない。
だがこの"鬼退治"に関係があるのだろう、と結は言っていた。
伸治と顔を見合わせた美幸が、
「鬼退治って……アレの調伏のこと? でも厳君はお父様からお話を聞けていなかったのよね?」
なのに厳君はやっていたじゃない、と尋ねると、
「そうです。何も知らずに成り行きで始めていました。叔母も、血だな、と思ったそうです」
そんな厳の返答。
陰陽寮とは別に代々調伏を続けてきた一族があることも驚きだが、
「そうすると不思議なのは、何で厳君の一族が陰陽寮と別行動をしてきたのかってことよね? それが厳君の叔母さんの霊力が封印されていることと関係があるのかしら?」
美幸さんは鋭い、と感心しながら、
「そうなんです。どうも鬼への対処の仕方で田村麻呂と陰陽寮とが揉めたらしくて……」
田村麻呂が都に連行した蝦夷の族長、阿弖流為も当時は鬼の一種と見られていたらしく、田村麻呂が助命を願うも叶わなかった。
それだけではない。
鬼にも情けをかけ成仏させたい田村麻呂と問答無用で退治する方針の陰陽寮とは相容れないものがあったらしい。
征夷大将軍である田村麻呂には、さすがに手を出せなかったが、田村麻呂の死後、その志を引き継いだ子孫への嫌がらせ、と言うのでは足りない妨害・迫害があった。
そこで厳の先祖は霊力を封印し陰陽寮に見つからないようにする術を編み出したのだという。
霊力を隠すことは結果的に鬼退治にも役に立ち、その封印方法には代々磨きが掛けられたのだった。
だから結は陰陽課のリストに載せられていなかった。
「でも僕は、その封じの儀式を完成する直前に父が亡くなってしまったのです」
途中だった封印に結は手を付けずにいた。
だが今後のことを考え、封印を仕上げるのではなく解いたことが美幸と咲の感じた"違い"なのだろう。
これが今朝、結から厳が聞かされたことだった。
そして、
「叔母は、陰陽寮とは関わらぬように、との家訓があると言っていました。きっと昔、それも千年も前のいざこざが原因の決まりです。僕としては陰陽寮はもう存在せず、陰陽課として新しくなったことだし、争う理由なんてもうないと思うのですが、でも……」
伝わっている先祖が受けた迫害と似たようなことが今でも行われるのなら、やはり家訓は守る必要があるのかなとも思う、という厳に、
(そういうわけだったのね)
さっきの厳の敵意に似た雰囲気はこれが理由だったのか、と美幸は納得した。
「厳君。話してくれてありがとう。危うく千年も続く不幸を更に続けるところだったわ」
話からすると厳の先祖への迫害は、陰陽寮の面子を重んじるあまりの暴走だったのだろう。
今の陰陽課に同じことをする動機は全くない。
「陰陽課の課長として、我々の前進である陰陽寮によるあなたのご先祖様への暴挙に関して、謝ります。この通りです」
美幸が頭を下げる。
「え? 美幸さんが頭を下げるのはおかしいじゃないですか。やめてください」
慌てる厳に、
「いいえ。組織というのはそういうものよ。ともかく陰陽課が田村家に危害を加えることは絶対にないと誓います。謝罪を受け入れてくれますか?」
謝罪など望んでいなかった厳だが、
「も、もちろんです」
その応えを聞いてニコリとした美幸は、
「じゃあ、厳君。決まっていたとおり陰陽課に入って一緒に働いてくれるわね?」
「は、はい」
流れるように同意させられる厳。
さっきまで気負っていたのが馬鹿みたいに感じる。
「うふふ。じゃあ、判子ちょうだい」
持ってくるように言っておいたでしょ? と書類を出した美幸。
陰陽課への所属契約書で、既に必要なことは全て書き込まれておりあとは自著と捺印だけだった。
咲のも用意されている。
唖然とする二人。
何だか詐欺にあっている気分だ。
「大丈夫よ。お役所仕事だからこういった書類は一応作るだけ。ともかく公務員になれるのよ。それも上級だからお給料はいいわよ〜。確かに危険はあるけれど。あ、西村さんはそれほど危険な仕事はないと思うわ。ともかく秘密組織だから表の生活は今までどおりできるわよ。大学だって行けるし、就職だって好きにしてもいいのよ」
なにか問題があれば裏から手を回して両立できるようにサポートするし。あ、もちろんここの専属になってもいいのよ。
と、畳み掛けてくる美幸。
胡散臭さ増し増しだが、
「大学は……」
厳が何かに引っかかっている。
「? 大学がどうかした?」
「叔母さんにこれ以上負担を掛けたくないんで、進学は諦めようと思っているんです」
高校に行かせてもらっただけでも感謝している。
この上、大学へ行きたいなどと言えなかった。
厳の家庭事情を初めて知った咲が泣きそうな顔で厳を見ている。
だが美幸は、
「あら、そんなこと? 陰陽課に入れば防衛大学には簡単に入れるし、あそこはタダっていうか、給料まで出るわよ。もちろん花もそうなんだからね」
ぼ〜っと聞いていた花に話を振ると、
「え? 防衛大学? やだ〜、マラソンあるんでしょ?」
「何言ってるのよ。そんなことで行きたくないっていうの?」
「美幸さんだってマラソン嫌いじゃない」
口を尖らす花に、確かにね〜、と美幸が応えて二人で笑っている。
「なに馬鹿いってんだよ」
伸治が呆れて、
「厳君、東大だってただになるんだぜ」
そう教えた。
確かに国公立は昔と比べ授業料が上がったのでタダなら有難いが、
「と、東大ですか? それは……」
無理でしょ、と言いかけると、
「あら、あなた達の学力なら十分狙えるわよ。何なんら私が家庭教師してあげるわ」
と美幸。
「おお、そうしたらいい。この課長さんはこう見えても、東大出た後、ハーバードで博士号をとったエリート様なんだぜ」
そんなふうに伸治も賛同する。
ええ! と驚く厳と咲に、
「ね、陰陽課に入れば予備校いらずよ。さあ、早く」
美幸は書類を突き出した。
まあ、そういうことなら、とサインし判子を押す厳と、田村君がそうするなら、とそれに倣う咲。
「良かったわ。優秀な新メンバーが確保できた」
ウホウホの美幸が、
「じゃあ、これからよろしくね」
と挨拶したところで、内線が鳴る。
それには伸治が出た。
話を聞いているうちにその顔色がどんどん曇っていった。