18
「良かったわ。霊力感知能力者は足りないから」
咲の返事に三人は安堵するが、理由は違う。
美幸は人材確保できたことに、厳と花は、咲が記憶を消されずに済んだことにだった。
花のように家族ぐるみで陰陽課に属しているのは例外で、この組織のことは家族にも話してはいけない、などの注意事項を説明され、その日は帰宅となった。
別れ際、美幸が厳になにか言いかけたがやめたのが厳には気になった。
厳が戻ると、珍しく結が先に帰っていた。
なんだか様子がおかしい。
「厳君。少し話があるの。いいかしら?」
夕食を作ろうとしていた厳に結が神妙な面持ちでそう尋ねるので、厳はお茶を淹れ座った。
「あの病院にいた人たち、陰陽寮の関係者なんじゃない?」
ズバリと核心から入った結。
「えっと……どうして?」
言ってはいけないと言われているし、話してもいないのに、結の口から"陰陽寮"の名が出たことをどう考えればよいのか戸惑う厳。
「厳君。これは亡くなった兄さん、あなたのお父さんがあなたにするはずだった話しなんだけれど……」
結の話が進むに連れ、厳の表情は曇ってゆく。
「……それでも、あの人たちと行動を供にするの?」
話しの最後にそう訊かれ、
「……少し、考える……」
やっとそれだけ応えた厳は、自室に入って閉じこもり、その夜はついに出てこなかった。
(厳君…… 晩ごはんは?)
こんな話の後に部屋から出てきて作ってくれ、とも言えず備蓄のカップラーメンを啜る結。
何気なく見ていたテレビから、お玉ヶ池跡の稲荷堂で変死体が発見されたというニュースが流れてきた。
(またこんなニュース。治安が悪くなってきたのかしら?)
少し伸びてしまった麺を啜り込み、甥っ子が料理上手であるのがどれだけありがたいことなのか再確認する結だった。
今日は授業のない土曜。
空腹の結が起きてくると、既に食卓には朝食が並んでいた。
「おはよう。昨日の夜は晩飯作らなくってごめん」
鍋をかき混ぜる厳が振り返らずにそう謝ると、
「いいのよ……よくなかったけど、もういいわ」
目の前の豪勢な朝食で結は昨晩のことを帳消しにした。
洗顔などを済ませ戻ってきた結が食卓に着くと、味噌汁と炊きたてのご飯が配膳され、
「「いただきます」」
だし巻き卵に粕漬けの鮭、海藻サラダとひじきの炊合せ、そして厳がずっと育てている糠漬け。
味噌汁も具だくさんで何種類もの根菜にしめじを一度焦げ目が付くまで炒めてから出汁でじっくり煮て、食べる直前に火を止め味噌をといてある。
「やっぱり厳君の料理は最高だわ」
昨晩の仇をとるかのようにじっくり味わう結。
厳はいつもより箸の進みが遅い。
その遅い箸の動きが停まり、
「叔母さん……」
飯茶碗に視線を落としたまま、
「僕が、その……モノノケ退治してたのは気付いてた?」
結は箸を止めずに応える。
「知ってたわよ。兄さんの子ですもの。剣道を習いたい、って言った時、ああ、血なんだな、って思ったわ」
「……そっか」
箸を置いた厳は、匙でひじきをすくいご飯にのせながら、
「でね、今の陰陽寮……陰陽課って名前が変わったんだけどさ、陰陽課の人たちは、昔と違うかも知れない」
箸を取り直しひじきと飯とを口に運んだ。
「そう。……そうかも知れないわね。もう1000年以上経っているもんね。だから、協力するの?」
「分からないけれど……今日、呼ばれてるんだ」
「行くの?」
「うん。行ってみる」
目をあげた厳は、結の問にはっきりと応えた。
「そう。家訓を破る事になるけれど、兄さんみたいになっても困るし……正直、私にも何が正解だかわからないわ」
「僕も解らないけれど……でも、あの人たちは、信用していいと思うんだ」
"蜂"になったアレに刺され倒れたのを助けてくれた。
自分一人だったらあそこで死んでいたはずだ。
それを言えばもうとっくに死んでいてもおかしくない。
こうして生きているのは伸治が陰から助けてくれていたからだ。
「成り行き次第では、直接尋ねてみようと思うんだけど、いい?」
結は、眼鏡の女性の探るような視線を思い出し、
「そうね、向こうもなんとなく気づいたようだから、どんな反応があるか話してみるのもいいかもしれないわね」
次へと踏み出す決意した甥っ子に、
「やっておきたいことがあるの。出かけるのは何時?」
「10時半頃」
時計を見るともうすぐ8時。
「だったら十分ね」
兄から託されたことをやるのは今だ、と判断した結。
厳の成長を嬉しく思い、そして彼の行く末を案じるのだった。