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「どうしたの?」
花の顔色が変わった理由を厳が尋ねると、
「今、式神から報せがあったの」
「式神? ああ、神前さんが使うあれ?」
初めて会ったときも、掌に乗せた何かに息を吹きかけ、光る鳥や犬のような物を出していた。
ああいったものの事を言っているのだろう、と厳は思い当たったが、
「ちょっと違うけれど、おんなじようなもの」
「ちょっと違うんだ……」
「今詳しく説明している時間はないの。アレが出たみたい。行こう」
「また?!」
式神に興味はあるが、アレが出たならそれを聞くのは今じゃない。
厳は格技場の入り口の竹刀立てにあった形稽古用の木刀を掴み花に続く。
昨日の今日だ。
今まで学校では一度も出なかったのに二日連続とは……
「これって、その田崎って新任教師に関係するのかな?」
早足で先を行く花に尋ねると、
「分かんない」
とだけ応えた花は、急ごう、と小走りになる。
向かうは格技場の裏手。
体育館との間は通路のようになっている。
「いた」
立ち止まった花の視線の先には、蠢くアレが何かを探すようにウロウロしている。
「何してるんだろ?」
小声で花に尋ねる厳。
「なんか変……」
花にも、アレが何をしているのか分からないらしい。
「田崎がアレに何かさせようとしているのかな?」
「それはないと思うよ」
「何で?」
「アレは人が操れるようなものじゃないはずなの」
「はず?」
「うん。今のところアレを操れる人も技も確認されていないから」
私達が知らないだけって可能性はあるけれど、と付け加える花。
「美幸さんが言ってたでしょ? アレは負の思念の淀みだって」
これは私の考えなんだけれどね、と前置きして、
「霊力はただのエネルギーだから善悪はないけど、行き過ぎた悪意に染まるとニュートラルな霊力に戻れなくなるんだと思うの」
汚れすぎるとリサイクルできなくなっちゃうのに似てるかも、と言いながら内ポケットからなにか取り出し、
「だからちゃんと還してやらなきゃ。放っておくと消えるまで色々悪さするの知ってるでしょ? さあ、やろう」
厳を促した。
「今度はあたしが弱らすから、厳くんはトドメをお願い」
頷いた厳がアレに向かって走り出す。
その肩を越えて光る鳥がまっすぐアレに向かって飛ぶ。
アレは厳に気付くが、応戦姿勢をとる前に、
バズッ
光る鳥の直撃を受け輪郭が緩んだところへ、
ブンッ!
厳が無言の気合とともに木刀を打ち下ろすと、アレは霧散して消えた。
厳の頭の中に直接アレの断末魔が響く。
(行き過ぎた悪意……か。 こんなになるまで悪意を育てるって、いったい何があったんだろう……)
知ってしまったが故に今までとは違い、こんな感慨が湧いてくる。
アレが消えた空間をじっと見ながら佇む厳の後ろから、
「何でここに出たのか調べてみようよ。なんか変わった物あるかな?」
そう花に声をかけられハッとなった厳は、辺りを探すが何も見つからない。
代わりに、
「誰?」
建物の陰に隠れてこちらを伺う気配に気付いた。
その気配は逃げようと一歩下がったが、何故か逃げずに姿を表した。
「あれ? 西村さん……どうしたの?」
咲だった。