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一つの命。

「フローライト」第十九話

妊娠六か月目・・・だいぶ安定してきた頃、季節は春に移行していたある日翔太から電話がきた。


「もしもし?」


「明希?元気?」


「うん、どうしたの?」


「実は近くに来たからちょっとだけ明希の顔見ていってもいい?あ、もちろん天城がいなかったらだけど」


「利成はいないけど・・・」


翔太と会ってもいいのかな・・・。


「じゃあ、いい?」


「・・・んー・・・まあ・・・」


「部屋番教えて」と言われて教えると、十五分ほどでインターホンが鳴った。


部屋のドアを開けると、翔太が笑顔で「ごめんね、急に」と言った。翔太の顔を見ると何だか嬉しかった。やっぱりいつまでも翔太のことを忘れられないんだなと思う。


「どうぞ」と言うと「旦那のいない間に入り込むってほんとはまずいよね?」と翔太が笑った。


「うわ、ヤバいね。部屋も」


翔太が珍しげに部屋の中を見回している。


「翔太、お茶とコーヒーと紅茶と何がいい?」


「お茶でいいよ」と翔太がリビングのソファに座っている。


「明希、お腹少し大きくなったね」


お茶を持って行くと翔太が言った。


「ん・・・まあ」


「良かったな・・・」


「まあ・・・」


そこで少し沈黙がながれた後に翔太が言った。


「前にユーチューブで明希と天城で歌ってたよね?」


「うん・・・」


「すごく明希の歌良かったけど・・・ちょっと妬けたよ」


「え?何で?」


「いや、もしかしたら一緒に歌えたのは俺だったのかもって思ってさ・・・」


「・・・ん・・・」


翔太がお茶を一口飲んだ。また少し沈黙が流れてからまた翔太が口を開く。


「天城に俺のこと言ったでしょ?」


「え?いつ?」


「前の電話したとき」


(あ・・・)と思う。あの時は利成が飛行機の事故で翔太から「大丈夫か」って電話がきて、それで次の日利成の女性の問題があって、ついカチンときて翔太のことを言ってしまったのだ。


「ん・・・ごめん・・・」


「いや、いいんだけど・・・。天城に言われたからさ」


「何を?」


「明希に関わるなって」


「利成が?」


「そうだよ。天城ってさ、実はちょっと怖いって知ってた?」


「怖い?」


「そう。もうだいぶ前だけど、一緒にバンドやってた時も俺が酔って明希に変なことしちゃっただろ?」


「うん・・・」


「あんときはめちゃ怖かったよ」


「利成が怖いって全然わからないんだけど・・・?怒ったってこと?」


「怒るならまだいいけど・・・」


「じゃあ何?」


「音楽業界に二度と近づけないみたいな雰囲気?」


「・・・よくわからないけど・・・?」


「んー・・・明希にはわかんないか・・・」と翔太が笑った。


「でも、あの時は翔太が自分でやめたって・・・」


「まあ、やめないとダメみたいな雰囲気だったからね」


「そうなの?」


「そう。天城は情状酌量のない人だよ。完全に切り落とされる」


「え、嘘。そんなことないでしょ?」


「優しいのは明希にだけだよ。きっと。ていうか、明希だけが知らないかもね。あの業界では有名」


「・・・信じられないけど・・・」


「明希、お腹触ってみてもいい?」


「え?」


急に言われてびっくりする。


「いいけど・・・」


そう言ったら翔太がそばにきて明希のお腹に触れた。


「男?女?」と聞いてくる。


「多分だけど男の子だって」


「そう・・・何か不思議だな・・・明希に子供なんて・・・」


「うん・・・私も」と言ったら翔太が顔を上げて笑顔を作ったので明希も笑顔になった。


「明希・・・」といきなり呼ばれてキスされた。またびっくりして翔太を見た。


「ごめん、つい・・・」と翔太が言って立ち上がってから「もう帰るよ」と言い翔太が玄関に向かっていく。その後ろ姿を見ていると、あの別れた日の思いが蘇ってきた。


「翔太・・・あの・・・」


「ん?」と振り返る翔太の顔を見ても何も言えずにうつむいた。


「明希、身体気をつけてな」と翔太が言ったので、何だか哀しくなってきた。


「翔太、あのね・・・」


「明希、いいよ、言わなくて。俺もまたキスしちゃうから帰るよ」


「ん・・・」


翔太がドアを開けて「じゃあ、またね」と言って出て行った。


翔太がいなくなったら急に寂しくなった。最近こうして一人でいるのがつらい。前はそうでもなかったのに・・・。


寂しさを振り払うように部屋の掃除をしてみた。利成は無理しないでって言ってたけど、寂しさを振り払うには動いている方がいい。


色々やってるうちにちょっとお腹が張ってきたので少し休憩することにした。座って翔太が触れたお腹の部分に触れてみる。本当は明希は怖かった。また前のようになったら・・・子供が死んでしまったら・・・?そう思うと怖くてたまらなかった。


そんなことを思いながらソファに横になっているうちに眠ってしまっていたらしい。玄関ドアが開く音でハッと目が覚めた。


(痛っ・・・)


起き上がろうとしたら急にお腹が痛くなった。


「ただいま」と利成の声が聞こえたので「おかえりなさい」と言おうとしたのに声が出なかった。


「明希?」


明希がお腹を押さえたまま動けずにいると、「明希、どうした?痛いの?」と利成の慌てた声が聞こえた。


「ん・・・」と言うので精一杯だった。


「待って、病院に電話するから」


以前のこともあるので、病院では何かあった時のためにと、産婦人科のナースステーションに直通の電話番号を教えてもらっていた。


利成が電話している声が聞こえた。でもどうしたんだろう・・・動けない・・・。


「利成・・・」とやっと言った。


「明希、今から病院行くから。動ける?」


「ん・・・怖い・・・」


「明希、大丈夫。じゃあ、おんぶできる?」


「ん・・・無理かも・・・」


「わかった。じゃあ、救急車呼ぼう」


利成が言った。


 


安定期だった。ずっと調子が良かったのに・・・。すぐに入院し検査したけれど、医者の顔を見て悟った。それは前と同じ表情をしていたから・・・。


今度はもう気力がなかった。そのままお腹を切って欲しいと頼んだ。利成は黙って明希の手を握っていた。


「もう子供作らない・・・」


思わずつぶやいていた。利成は何も言わない。ただ明希の手をさすっているだけだ。ふと見ると利成の目から涙が流れていた。ああ、二度も利成を悲しませてしまった・・・。


身体に傷がつくからと何とか頑張ろうと言われた。でももう無理・・・。


「明希、俺がついてるから」と利成が言った。もう利成には悪すぎて謝るのも空々しいと思った。


それでも利成がすべての仕事をキャンセルしてそばについてると言われた時、最後の気力を振り絞った。前の時よりも時期が早い。それでももうちゃんとした人の姿・・・・


終わってからしばらくは利成以外には会いたくないと言った。利成は毎日病院にきてくれた。


テレビのCMでおむつや赤ちゃんが出ると苦しくなったのでテレビもつけなかった。ネットも見なかった。でもそのおかげでまたSNSやマスコミで騒がれているのを見ないで済んだ。


二週間後、マンションに戻った。父が付き添ってくれた。


「明希、もう子供は諦めた方がいい」と父が言った。


「・・・・・・」


返事ができなかった。何でかなんて考える気力もなかった。


 


でも一つだけ・・・あの日翔太が家に来た・・・そしてキスをした・・・でも、そのことじゃない・・・今も、翔太に心奪われている自分が・・・そんな自分への罰だったのかもしれない・・・。

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