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紡ぐ  作者: うえ野そら
再会の日に
2/7

いたずら

時間は不可逆性に出来ていて

逆に進むことは決してない

 昨日は結局そのまま寝たんだなと、思いながらスマホのボタンを押す。眩しいほどの光に重たい瞼がさらに強く塞がる。片目半分を、それでも閉じようとする本能を制しながら、ようよう時間を確認する。

 5時29分。いつもの時間。偶然にもかほりの誕生日と同じ数字。

 まだ早いな、と思いながら寝返りを打つ。どうせ寝坊の手前でかほりからコールが入るはずだ。皐月を起こせ、と。

 そう思っていると、目が冴えてきた。今朝は夢をみていない。いつもより早いけれど、トイレに降りてふたりの間にもぐり込もう。

 布団から体を起こして部屋を出る。いつもつけっぱなしの電気を消して、重い足音で階下に降りていく。揺れるお腹が見える。一気に増えた体重もここ最近の運動で解消されてきているとはいえ、ため息が出そうなほどまだまだ、服を押し出している。

 リビングを通り抜けトイレで用を足したあと、ふたりの寝ている部屋に向かう。ふと昨夜には引っかかった、皐月へのプレゼントの箱の角に今朝はぶつからなかったな、と思う。

 誕生日は明日で、弥生と違って皐月はそういう変化には疎い。気づかれる心配はないのだが、どこかへ隠したのかな。あ〜、弥生が今日、帰ってくるからか。自分の者かどうか確認するかもしれない。そうなれば自分じゃないとわかれば、お兄ちゃんのやで〜くらい言いかねない。

 そういうことだろう、とそのまま布団に入る。

 狭い狭い隙間ではあるものの、15分くらいなら苦にはならない。ふたりともまだ夢の中の様で、ゆっくり隙間を空けてくれた。

 肌に温かさは心地いい。

 すぐに眠りについたと思う。

 もしくは眠りについた気がしていただけか。

かほりが背中をつつく。

 『皐月、起きろ。風呂に入ってこい』背中や耳をこしょばすと、全身を伸ばしたり、寝返りを打ちながら『あと五分』と寝惚け声で口にする。

 起こしてから起きるまでの余白は十分にとっている。どうせこのあと、あと1分、あと10秒と続くのだ。自分も似たようなところがあるから苦にも気にもならないがかほり一族は一回で起きないと気が済まないらしく、ことあるごとに、皐月の行為が目に余ったらしい。

 あと5分も、10分くらい余裕をみるので、この間に弥生にラインで誕生日のお祝いを送る。

 まだ寝ているかも、と思ったがすぐに既読が着いた。起きているんや、と思ったものの、そのまま返事がなかった。

 こっちも二度寝か?それともじいちゃんに強制的に布団から出されたか、自分のプレゼントを探しまくってるのか?と思ったが、どれも当てはまりそうだったので、まあいいやと思いながら、皐月を起こす。

 『あと3分』

 予想通り過ぎて、目は皐月ではなくスマートフォンを見る。既読スルーというやつか、とかほりを見れば、タブレットで今日の天気を確認している、昨日は雨だったけれど今日は晴れ予報だったはずだ。

 いつも僕より圧倒的に弥生とやり取りをしているかほりが弥生へのお祝いラインをしている様子がない。まあ、もっと早くにラインをしていたのかもしれない。

 『皐月、本当に起きろ、風呂行き』と電気を付ける。

 『あと10秒』いつもの最後の足掻きは、横でカウントダウンしながら眼鏡を渡すと、のそのそと起き出して、お風呂場へと布団を出ていった。

 かほりの実家では起こすと暴れていたらしい。こちらに戻ってくる時期に合わせたかのように、もしくは、だからこそ戻ってきたのか、本人曰く、『反抗期は終わった』らしかった。

 その為もあるのだろう、ゲームを終えて寝る時間が、すこし早まり不定期だった就寝時間が安定し、寝起き、寝不足感が解消されているであろうことは予測される。

 それでもなお、起こし方に、齟齬があったんだろうな。

 自分のペースを乱される起き方は、普通にしんどい。ギリギリに起きるタイプの人間は、グダグダしている間に、何分で服を着替えて、歯を磨いて、駅まで走って、と計算中だったりする。

 最後に勢いをつけて、布団の魔力に抗いたいのだが、その思考も最後の抵抗のタイミングも無視して起こされると、そこからリセットになるわけだが、そのあたりは、早く起きて準備していれば、慌てなくて済むの一点張りなのだ。

 まあ、相容れない感覚は、どちらかと言えば後者が正しいので、致し方ない。

 

 とりあえず朝のルーティンをこなした皐月は短い二度寝タイムに入る。

 『弥生におめでとうを言ったか』と聞けば『う〜ん』と、早く寝たいからどうでもいい、なのか、したよ、なのか、どっちかよくわからんし生返事をして布団にくるまっている。

 『まあいいか』もともと皐月は優しい。

 言葉遣い以上に優しいので、ほっといてもどこかで、伝えるだろうと、最終時間まで、こちらも横になる。

 僕もふたりのちびに合わせて今日から休みをとっている。あくまで日銭稼ぎの仕事だが。

 皐月は最終時間にはさっさと起きて『行ってきます』と声を残して走って行った。

 今日は晴れ予報の割に昨日みたいに薄暗い朝だな、と思いながら近所を見回してみれば、ペットボトルゴミを今日はどこも出していない。いつもなら、ペットボトルゴミは皆早めに出してあって(こればかりは臭いもなければカラスもつつかない、さらには回収時間が普通ごみより遥かに早い)この時間には結構な数のゴミ袋が出ているのに、と不思議に思ったものの、今日は休みなので、回収車の音が聴こえてからでいいや、と家に入った。

 

 『おはよう』と改めてかほりに声をかける。

 『まだ、パジャマやけど、時間大丈夫?』

 『なに?』

 『なにちゃうやん、今日弥生の誕生日で休みとってたのに、会社の人がどうしても休みが必要やからって、出勤変わってあげたって、昨日言ってたやん。』

 そう、まさに昨日の昼に連絡があって、理由が理由だから、と僕も了解している。何より社会人は家族のために仕事をしていると思う。

 お祝い事より、病い事の世話優先されて当然だ。

 そんな事を思いながら、かほりに出勤準備を促しているのに、本人はタブレットを片手に、何言ってる?という顔をこちらに向けている。

 『寝言は寝てるときに言わないと、かわいくも、いたずらにもなんないよ。』

 『それに、会社の人の話って何?、今日はもともと普通に出勤日やし、そもそも弥生の誕生日は27日。今日は何日ですか?』

 半分攻撃口調半分面白がった口調で聞いてくる。おそらく半分の攻撃の原因は弥生の誕生日を間違えてると思っているからだろう。

 それにしても、どこまで寝惚けたふりを続けるのかな。どうせ、弥生の誕生日を先に祝うのはわたし、とかの牽制なんだろう。

 僕はすでにラインをしている。かほりは降りて来てからラインをした様子はない。

 先を越されないように慌てているのかもしれない。こっちはもうラインを終えているというのに。

 『かほりこそ、早く目を覚ましたほうが、さすがにいいで』前から、わざとか本当かわからない寝言を繰り返す事があった。その時は大抵拗ねていての行動だったから、今とは状況が違う。

 こんなにはっきりと寝ぼけるか?と思いつつ

『そっちが寝惚けてないか?』と聞くと、僕のスマートフォンを投げつけられそうになった。

 さすがに、途中で投げる事をやめて手渡され、そのままかほりは風呂場へと向かった。

 

 ふっと笑いながら、スマートフォンのボタンを押す。暗転の画面に待受画面が浮かんでくる。

時間も日付もない画面が出てきたので、面倒くさいな、と左にスクロールする。

 全画面で日付・時刻が出たらいいのに、と思う間もなく、25日(水)の文字を見て手が止まる。

 今が7時15分らしいが、見えていても頭に入ってこない。

 そんな事はないはずだ。

 さっき、皐月を見送った時に普通ゴミはなかった。いや普通ごみは皆出すのが遅いし、遠くまでは確認していない。

 確かに昨日は26日で、寝る前には弥生の誕生日メールの話をかほりとしている。

 皐月も弥生をお祝いしろと言ったら、う〜んと言っていた。いや、こっちはただの煩わしさだけのう〜んかもしれないから、さ参考にならない。

 

 昔、時間をずらす高度なイタズラならされた事がある。目の前においた腕時計の時間と、目覚まし時計の2つともをずらしたやつだ。

 しかも、そいつは僕の目の前に腕時計を見せるため、慌てふためく僕を見ながら、ゆっくりと右腕から左腕に時計をはめ直したものだった。


 いやいやスマートフォンは電波式で時間はともかく、日付曜日を変えられるなんて聞いた事がない。ましてやそんな高度なイタズラを仕掛けなくても、かほりには今まで簡単に騙されている。

 

 混乱が混乱を呼んで、混乱に拍車をかける。

そもそも、今の世の中にスマートフォンが指し示す日時程、正確なものはない。

 新聞トリック、テレビトリック等思すぐに思いつく。実際確認しなくても、だ。

 人間混乱すると、こんなしょうもない事しか考えつかないのか、とイライラしてきた。

 もう一度スマートフォンを起こしてみる。

日付は変わらない。

 見間違えではないだろうし、このタイプのイタズラはかほりには無理だ。


 シャワーの音が風呂場から聞こえる、肩が痛いからと、頭を洗って欲しいとの依頼が最近多い。今日が25日というのであれば、本来ならば昨日ということになる。当然の事が、口に出してでも整理しないと思考が追いつかない。 

 昨日の記憶を引っ張り出そうとしてみる。昨日もかほりは出勤していた。朝は、どうだった?お風呂には入らなかったはず、いや違う。それは26日の話だ。

 ますます混乱してきたので、髪に書き出してみた。

『昨日の夜、プレゼントの話をした。明日誕生日だと。』これが26日、昨日の夜のはず。

今日は27日のはずだが、25日で水曜日になっているらしい。

 僕の昨日の記憶は、26日のものだ。

だから、昨日の朝、かほりはお風呂に入ってはいない。

 結局、なんの解決の芽も見えないまま、かほりは風呂場から出てきた。

 今日は洗髪はしなかったようで髪は濡れていない。そもそも風呂場に呼ばれなかったから当然か。バスタオルを渡すと、布団に倒れ込む。

 スマートフォンの正しさを疑うことは、自分の存在を疑うようなものだと、咄嗟に思い、とりあえずは、かほりの話に付き合う事にして、今日の予定を算段し直す。

 今日が水曜日であれば、日銭稼ぎは無いはずで、普通ごみを出して、いや、そもそもかほりを職場まで送る日だから、僕も着替えないといけない。

 かほりは、といえば外着に着替えて、まさにこちらを見ようとしていた。

 慌てて服を着替えて、家を出る用意をする。今日が昨日だ、とかいうのは一先ず後回しだ。

 

 ふたりで家の向かいにある駐車場ぬに向かう。今日のかほりは午前のみの対応で1時半頃の上がりになる。

 昼ご飯をどうするかは『適当』という事らしい。この適当は、記憶探索の参考になると、記憶に無い一昨日の情報を集めておくべく、他に予定がないか聞いておいた。

 弥生の誕生日プレゼントを買いに行こうという話だった。

 確か、後部座席に昨日隠したはず。クジラとビーズクッションだ。これは覚えていると、後部座席を見ると、あるはずの場所に、昨日、26日夕方にしまい込んだ場所にはプレゼントは見当たらなかった。

 もう混乱はしていない。当然だ。混乱というのは可能性があるときに起こる心の変化だ。いまはそれすら可能性がなくなった。

 『どうしたん、えらい今日はおかしいやん。まあいつもやけど、明日が弥生の誕生日や、って言ったと思ったら、ず〜っと無口やし、口パクパクさせてるし』

 人の気も知らずに助手席でカバンに職場で着る服を詰めている。

 口をパクパクさせていたらしい。実際に溺れてしまいそうだ。

 『まあいいや、今日も遅れんといてや』と言って、いつものように振り返らずに職場の入り口へと消えて行った。

 今日も振り返らなかった。振り返ってくれたら、記憶との齟齬を確認出来たのに。

 かほりは見送りに対して、ずっと見送っている事を知っているのに決して振り返らない。一緒になってから15年以上、用事がないのに振り返った事は10回もない。

 当然今日、正確には一昨日も振り返りはしなかったらしい。どちらにしても、それだけ強烈に印象が残る出来事があったとしても、記憶にはないという共通点しか見い出せないのだ。

 とりあえず、ポケットを探ってみる。今日の日付のレシートはひとつも入っていない。

 マクドナルドやコンビニに、一昨日は寄り道していなかったのか、と、無駄とわかりつつ思い返してみる。

 結局思い返すことはなかったものの、可能性として、もし明日が24日である可能性を考えて、ポケットにレシートを残しておくことにする。

 そんな事を言い訳にもしながら、とりあえず家の近所のファミリーレストランに車を止めた。

 最近は、どこもタブレットによる注文で、タブレットには日付が出る。無駄だと思いつつも席に着くと注文も後回しに、日付を探した。

 


 

人は可能性がある時しか混乱出来ないんだな

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