冷たく凍った雪女は腐ってしまう
このお話にはボーイズラブ要素、腐女子要素が含まれています。
そういうお話が苦手な方は読まないことをお勧めします。
またこのお話はフィクションであり、既存の昔話、妖怪とはなんら関係ないことをお報せしておきます。
猛烈に吹雪くとある深い山奥、普通の人間なら視界の全く効かないであろう山中を私はすいすいと軽やかに歩いていた。ざくざくという雪を踏む音さえさせないのは、私が雪女だから。雪の妖怪である私は、雪の上ならするすると音もなく足跡を付けることもなく移動出来るって訳なのよ。
今日は、私のテリトリーの山の中にある山小屋へと向かい歩いていたわ。山小屋に張っておいた結界に侵入者があったという反応を感知したのよね。
「うふふふ、どんな人間が私のテリトリーに入ったのかしら。イイ男なら見逃してあげてもいいけれど、そうでなかったら私のテリトリーを穢した罰として死なせてしまってもいいわね」
私は美しい者なら男でも女でも大好きだが、醜い者は嫌いなのだ。それは外見だけでなく内面的なものも含まれており、外見が美しくても内面が穢れていては許せなくなる。
そんなことを考えながら移動していたら、山小屋が見えてきたわ。この山小屋は人間達が山仕事をするときの休憩所として建てたもので、私にとって良い餌場になっているので作るのを邪魔せず、そのまま放置しておいたのよ。とはいえ、冬場になると凍死者が良く出る山小屋として有名なので、普段は冬には使われずにそれ以外の季節で使われているのだけれど、今回はそれでも已むに已まれず使っているのでしょうね。
さて、どんな人間が中にいるのかしら、ちょっと中の様子を伺ってみましょうか。
「田吾作、寒くねえだべか?」
「おう、大丈夫じゃ。薪も十分だし、寒くねえだよ、茂作」
あら、イイ男が二人。仕事仲間ってところかしら。大柄で男臭い顔をした方が茂作で小柄でちょっと可愛い顔をした方が田吾作かしら。中に入りたいところだけど、焚き火が厄介ね。熱いと私の身体が溶けてしまうし、二人が寝静まる夜まで待った方がいいわね。
とはいえ、夜になったら夜になったで、深い山奥の山小屋で若い男が二人、何も起こらぬ訳もなく、になっちゃうかも知れないけど、うふふ。
「おお、田吾作、こったらところにいい筵があったべさ。これを、こうやって掛けて……」
「こりゃあったかいのぉ。こうしてると、昔を思い出すのぉ。おら達がちっちぇ頃、こうやって寒さをしのいだもんだっぺ」
あら、茂作が筵を持ってきたって思ったら、田吾作とぴったりくっついて二人の身体に筵を掛けたわね。ふーん、仲が良いのね、あの二人。楽しそうに見つめ合って懐かしそうにしてるし。うふふ、妄想がはかどるわぁ。
「こうやってっと暖かすぎて、上を脱ぎたくなるべな」
「馬鹿こくでねぇ、油断したらあっという間におっ死んじまうぞ?」
上を脱ぐ、ねぇ……山仕事をしているからかしら、茂作は大柄でいい体つきをしてるし、田吾作も小柄だけどしっかりした体つきで、脱いだら二人とも凄いんでしょうね。やだ、涎が……じゅるり。
「茂作、オラたち助かるべかな……このまま雪に閉じ込められて……」
「そったらこと言うもんじゃねぇ! だいじょうぶだぁ、ぜってぇに助かる!」
田吾作の弱気な表情もなんだか可愛らしくってなかなかそそるわね、励ます茂作のきりっとした表情も凛として格好いいし。不安そうに見つめてくる田吾作をぎゅって優しく抱きしめる茂作の笑顔、イイわぁ、滾るわぁ、妄想が止まらなくなっちゃう。
『田吾作、そんなに不安なんだったら、おらがその不安を消してやるべさ……』
『も、茂作、なしておらの服に手を掛けるんだべさ。お、おい! 脱いだら死ぬて言うたんは茂作でねぇか』
『でぇじょうぶだ、直ぐにおらがおめさのことを温めてやるべさ。外も中も熱いくらいに……』
『だ、駄目だべ茂作! こったらとこで、誰かが来たらどうするべさ!?』
『こんな吹雪の夜に、こんな山奥の小屋に誰が来るって言うんだい? 大丈夫、可愛がってやるよ、俺の可愛い子猫ちゃん』
『駄目! 駄目だってば、茂作! こういうことは、もっと手順を踏んでからじゃないと! 駄目! そんなところ……アッーーーーーー!』
なーんちゃってなーんちゃって! キャー! ハレンチですわ、ハレンチですわぁ! あ、やだ、なんか鼻の奥が痛くなってきちゃった。何かしら、この赤くて暖かいもの……もしかして、これが鼻血? あっという間に冷たくなって凍っちゃったけど、これが鼻血っていうものなのね。
「ふぅ、イイ妄想させて貰ったわ。鼻血に免じて二人のことは見逃してあげる。良い夜を過ごしなさいね。それから、吹雪は夜の内で止めておいてあげる、明日は何事もなければ無事に山から降りられるから安心しなさいね」
音を立てないように入口から離れていき、すーっと静かに山小屋から距離を取っていく。最後に私は山小屋の方を振り返り、いつの間にか凍って氷柱になっていた涎を拭って親指をぐっ! と山小屋に向かって立ててから立ち去っていった。
「……なぁ、茂作。いなくなったべか? 入口の方からおっとろしい気配がしとったが」
「ああ、いなくなったみたいだべさ。いったい、あれはなんじゃったんじゃろな」
「わからん」
「わからんのぉ」
二人は知らない。たった今、自分達の生命を脅かす存在がその場を立ち去ったことを。二人の仲の良さが脅威を退けたことを。
「明日は吹雪がやんどったら直ぐに出るで、早めに寝るべさ」
「んだな。そいじゃ、おらが先に火の番すっから、田吾作、途中で交代じゃぞ」
「おう、分かった」
雪女もまた知らない。彼女が妄想したようなことは全く起こらず、翌朝、吹雪のやんだ山から二人が何事もなく降りてていったことを。
そして百数十年後に、某大規模同人誌即売会にて彼女が自作のBL本を、知り合いの文車妖妃に委託して売っていることもまた、今はまだ誰も知らない……
雪女:会場に行きたいけど、夏は暑いし冬も人の熱気で熱いし、溶けて死んじゃいそうなのよねぇ。
文車妖妃:……だからと言ってウチに委託するの、辞めてくれない……?
雪女:えぇー、貴女だって嫌いじゃないでしょ? 文(腐)車妖妃だけに。
文車妖妃:誰が上手いことを言えと!?