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第8話 魔法使いの初恋

 奈央たちが好々爺の屋敷でローザの治療に奮闘しているその時、ジュディドは行かせてよかったものかと自分の屋敷で逡巡していた。

 

 カレンがついているから危険な目に遭っても避けられるだろう。だが、しかし…。奈央は魔力を持たない普通の人間だ。何かあったら。

 気が気でないジュディドは部屋の中をうろうろと行ったり来たりする。そろそろ魔法省への出勤時間だというのに。



 先日、泉で娘を拾った。小柄な娘だ。

 この泉で溺れるのは魔法が未熟な子どもくらいだというのに、彼女は思春期くらいの歳だった。

 胸にリボンを付け、ひだのあるスカートを履いている。魔法学校の生徒ではなさそうだ。生徒ならばローブを羽織っているはず。


「おい、大丈夫か?しっかりしろ!」

 肩を叩いて意識を呼び戻す。少女はつぶやいた。「センパイ」と。

 センパイとは何のことか。

「おまえ、この世界のものじゃないな…?」

 魔法演習の途中だったが、彼女を連れて帰ることにした。この世界で魔法使いでない者が生きていくのは厳しい。



 少女は名を奈央といった。


 やはり魔法使いではないらしい。フルートが得意だと言うので楽士として私の弟子にした。そのほうが何かと都合が良いだろうと。


 奈央は与えられた役目に対し真摯に向き合う娘だった。魔法が使えなくとも、自分の特技で乗り越えようとした。そんな姿に感心した。一人の少女にこれほど感銘を受けるとは思ってもみなかった。ペペロンの楽器を手に入れてきた時は、自分の功績のように思って、家族に自慢してしまうほど手放しで喜んでしまった。

 

 奈央が演奏でベルナールの暴走を止めたとき、思わず抱きしめておでこと頬にキスをしてしまった。弟のベルナールに感化されたとはいえ、なぜあのような行動に出てしまったのか、自分らしくない。

 


 恋愛に興味はなかった。


 私には親が決めた許婚がいるし、そのままいずれ許婚と結婚するのだろうと何となく考えていた。そうでなくとも当人は二人とも了承していない約束だ。そのうち解消されるかもしれない。


 そんなことよりも魔導士として強くなることの方が私には重要だった。この国の安寧のために働くのが使命だと思ってきた。そのために恋愛が必要とは思えなかったし、恋い焦がれるような相手も現れなかった。



 そういえば奈央にカレンとの関係を聞かれたっけ。許嫁だと答えた。実際、その通りなのだ。だが何かしっくりとこない感情があった。

 この娘もいずれは誰かと恋愛し誰かの元に嫁ぐのだろうか。考えると胸がチリチリと痛む。こんな感情は初めてだ。だが奈央はこの世界の者ではない。いずれ元の世界に戻してやらねばなるまい。


 あの娘を手放す時がいずれ来る。この感情を引きずったとて、行き先のない行き止まりだ。たが、どこにもやりたくないという感情が私を悩ませる。



 奈央は楽士として確実に成長している。私の庇護など、もしかしたら必要ないのかもしれない。

 それでも私は奈央に私の髪を託した。御守り代わりだ。髪を贈るその意味を彼女は知っているのだろうか。


「君のそばにいさせて」


 髪を贈る行為は恋人や夫婦、家族同士など親しい間柄でなされる行為だ。


 私は心配でならないのだ。この娘が私を忘れて元の世界に戻る日のことが。



「ジュディドさま」

 ノックの音とともに執事が入ってきた。

「奈央さまとカレンさまはしばらくあちらのお屋敷で泊まり込みの治療に専念すると連絡が送られてきました」

「そうか」

 それならしばらくあの娘とは会えないだろう。

「出勤する。返事はおまえが代理で出してくれ。好きなだけ専念するとよい、と」



 魔法省に出勤すると、昼休みに同僚で悪友のガイルが話しかけてきた。

「よう、朝イチ出勤で有名なおまえさんが遅刻ギリギリとは、どうかしたのか?」

「いや、ちょっと家のことで気になることがあって」

「へえ?最近おまえさん少しおかしいぞ。ボケーっとしたかと思えば突然大きなため息をついたり」

「そうなのか?」


 全く自覚していなかった。とんだ醜態を晒していたのか。

「まるで恋する乙女みたいだよ」

「恋?私がか?」

「そうそう。恋なんか誰だってするけど、お前さんのは学生時代に経験するようなものを今更こじらせてる感がするね」

 ガイルはニヤニヤ笑いながら言う。


「……」

 私は何も答えられなくなった。恋。私が?奈央に?

 そうなのかもしれない。あの小柄な娘が来てからというもの、私は彼女が気になって仕方ないのだから。


「そうだとして、どうにかなる状況でもないしなぁ」

「ええ?選り取り見取りのおまえさんが何を言う」

「選り取り見取り?とんでもない」

「おまえさん知らないかもしれないが、学生時代からモテていたぞ」

「そうだとして、奈央に私を選んでもらえなければ何の意味もないではないか」

「ナオ?それは愛しい乙女の名か?」

 ガイルが面白そうだと言わんばかりに会話に乗ってくる。


「……そうだけど」

 奈央。最近、私を捉えて離さない女性の名だ。

「案外、ナオちゃんもおまえのことが好きだったりしてな」

 そうだと嬉しい。そうだといい。


「そんな安直に考えられないよ」

 しかし言葉では反対のことを言った。


「そうだなぁ、おまえさんはもう少し積極的になってもいいと思うぞ」

「積極的?」

「プレゼントをあげるとか」

「もう渡した」

「えっ何を!?」

「私の髪。守護魔法をかけておいた」

「えっ、重いなおまえ…」

 ガイルは少し引いたようだが、あれ以外に咄嗟に渡すものが思いつかなかったのだ。


「んーまぁ、髪の毛は置いといて。あとは許可があればキスの一つでもしてみるとか」

「もうした。許可は取っていない」

「えええっ?手が早くないか!?」

「弟のベルナールの魔法制御が上手くいったお礼にしたまでのことだが」

「うーん。なんか方向性が違うんだよなぁ。もうちょっといい雰囲気を作ってみたら?」

「いい雰囲気とは?」

「えっと、食事に誘うとか、デートに誘うとか?」

 デートか。それは楽しそうだ。


「なぁジュディ、おまえってモテてた割に恋愛に全く興味を示さなかったから、基本的なことが抜けてんのな」

 失敬なと思ったが、実際その通りなので私は何も言わなかった。



 ガイルと別れて午後の任務を終えたあと、私はルビウス山に寄った。今、桜の見頃なのだ。先日、奈央がカレンと見てきたと教えてくれた。美しい花の名をサクラというのだということも教わった。


 ルビウス山の桜は散り始めていたが、それはそれで美しい風景を作り出していた。しばらく散策していると、気配を感じた。カレンの残響魔法のようだ。以前寄った時に残していったのだろう。

 悪いとは思ったが、気になって覗いてみる。どうやら奈央とカレンのやり取りを記録して残したようだ。


 カレンが奈央に何か言っているが、聞き取れない。ボソボソと聞こえてきたのは奈央の声だ。

『……ジュディドさんはカレンの許婚でしょう?良い気はしないよね?』

『うーん、そうだなぁ』

 カレンが奈央の顔を見つめている。何か言いたげだ。気づいてくれとでも言わんばかりに。

 その切ない表情に見覚えがあった。あれは私と同じ恋する人間の顔だ。

 なぜカレンはこんな魔法を残していったのだろうか。そもそもカレンは奈央のことが好きなのだろうか。彼女は女性だ。いや、しかし、恋することに性別は関係ない。それでは私の許婚は私の恋敵になるということなのか。


 

 ジュディドは桜でできたアーチの下をとぼとぼと歩きながら、二人の女性について考えをめぐらせ、途方に暮れていた。


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