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第2話 楽士の初仕事

「弟がすまなかったな」

 ジュディドさんは魔法でお茶をささっと淹れながら詫びた。

「彼、弟さんなんですね。そっくり」

「よく言われるよ。親子と間違われることもあるんだ。参るよ」

「確かに親子みたい」


「ベルナールは」

 淹れたお茶を私に寄こす。

「ああ見えてあの子は私より秘めた魔力の力が強いんだ。制御できなくて家族で困っている」

「それは魔力が暴走するということでしょうか?」

「ああ。制御の仕方がまだわかっていないから」

「それで、どうしてベルナールさんのことで私に相談なんですか?」

 そこの繋がりがよくわからない。


「魔力を制御するのに音楽は相性がいいんだ。だからあいつに音楽を教えてやってほしい。いきなりあいつが演奏するのは難しかろうから、手始めに聴かせてやってほしいんだ」

「なるほど。それならなんなりと」

 私はにこりと笑って応えた。そういうことなら私も役に立てるだろう。

「明日は親戚の子どもたちも呼んでいるから、簡単な演奏会を開こうと思っている。私は楽器はてんでダメだから、私の姉を呼んだ。彼女はピアノを演奏できるんだ。」

「ピアノですか。それは有り難いです。ちょうど伴奏が欲しかったところなんです」

「それなら良かった」

 ジュディドさんはふわりとした笑顔をこちらにむ向けた。何となく憧れの先輩と重なる柔らかい笑顔に、思わず胸がキュンとする。こんな笑顔のためなら何だってしたくなる。

「できる限りのこと、させていただきますね」

「ありがとう。頼もしいな。楽士の初仕事だな」

「はい」

 


 翌日の早朝から、私とエミルさんとで演奏の練習をした。エミルさんはジュディドさんのお姉さんで、ピアノが巧い上に美人だ。どことなく横顔がジュディドさんに似ているのはやはり姉弟だからだろう。エミルさんと演奏するとドキドキした。それはエミルさんの演奏が魅力的なのもあるし、ジュディドさんに、ひいては憧れの先輩にどことなく似ているのもある。


「奈央、あなたって努力家なのね」

 合奏を終えてエミルさんが感嘆の声を出す。

「そうですね、音楽に関しては誰にも負けたくないっていう気持ちでやってきました」

「まぁ。だからこんなに若いのにこんな素敵な音が出せるのね」

「ありがとうございます。音楽以外はまっるきり何にもできないですけど」

 私は照れ笑いをしながら言った。

「あなたの音は魅惑的よ。天使が歌うように軽やかなのに、夜の女性が誘うように色っぽい。どこでそんな表現を学んだの?」


「先輩が…先輩というのは目上の人のことを言うんですが、その先輩がとても素敵な演奏をするので、憧れて真似したのが始まりです」

「そう。でも真似ごとだけではない、きちんとあなたの表現だわ。素敵」

 エミルさんは手放しで褒めるので思わず顔が赤くなる。

「姉さん、準備はどうだい?」

 ジュディドさんが練習を覗きにきた。

「ジュディ!上々よ」

「それは何より」

「素敵な演奏を期待して頂戴。ジュディド、あなたの弟子は期待以上よ」

「これは楽しみだな。そろそろ子どもたちを集めようか」

「じゃあ私は会場の準備をささっと済ませるわ」

 

 そう言うと、エミルさんは魔法で庭に簡単な演奏会場を作ってしまった。中央に演奏場所、ここは小さな神殿のようになっている。その周りにぐるっと客席。親類だけの演奏会だが、百人くらいは客席がありそうだ。

「すごい」

「奈央、姉さんの力はこれだけじゃないんだ」

「そうなんですか?」

「まぁ、そのうちに目の当たりにすると思うよ」

 ジュディドさんは含んだ目つきで私を見た。色っぽいな、と思わずどきりとする。



「演奏を始めましょう」

 エミルさんに促されて神殿の中央にフルートを持って立つ。

 子どもたちが客席に着いた。と言っても大人しく着席できない小さな子もいた。それならそれでいい。今日は堅苦しいコンサートじゃない。


 ピアノの伴奏から始まりフルートのメロディが追いかける。最初の一曲は子守唄のようなゆっくりとした優しい曲。子どもたちの視線が集まる。アップテンポの曲では一緒に身体を動かしていた。30分も演奏すると、私もエミルさんも少し息を切らして身体が温かくなっていた。


「そろそろ休憩ね」

 エミルさんが宣言する。とその時。

 ベルナールが何かの呪文を唱え始めた。大量の花が無造作に空から降ってきた。

「ブラボー!」

 ベルナールは叫んだが、花は止みそうにない。


「ベルナール、気持ちは伝わったから、そろそろお花をお終いにして頂戴」

 エミルさんが叫んだが、やはり止まらない。

「だって、これ、呪文を唱えても止まないんだ」

 ベルナールは泣きそうな声で弱々しく言う。

「ごめんなさい…」

 そうしている間にも花が見る見るうちに会場を埋め尽くしていく。

「奈央!」

 ジュディドさんが私を呼んだ。

「演奏を続けてくれ!」

「えっ?」


「いいから。おまえの演奏には癒しの力があるはずだ」

 よくわからなかったが、私はジュディドさんの言う通りに従った。

 先ほど演奏したものをもう一度吹いてみた。しかし花は止まない。それでは、と、先ほどの曲とは違う、アニメソングを演奏してみた。たぶんベルナールは知らないだろけれど。


 だがその曲は効果があった。弱々しく狼狽えていたベルナールは元気を取り戻し、正しい呪文を唱えられたようで、会場に降ってくる花は止んだのだ。

「ベルナール!あなた呪文を制御できたのね!」

 エミルさんがベルナールに駆け寄る。

「うん。奈央の演奏を聴いていたら落ち着いて元気が出たんだ」

「そう。奈央に感謝しなきゃ」

「奈央、ありがとう」


 ベルナールは可愛らしい笑顔をこちらに向けた。

 私は演奏を終わらせ、ベルナールのところに駆け寄った。

「どういたしまして」

 と、ベルナールが私の頬にキスをした。可愛らしい小さなキスだ。

「本当にありがとう」

 優しい気持ちが心に広がっていく。

「よくやったな、奈央!」

 ジュディドさんも駆け寄ってきた。

 すると突然、ジュディドさんが私を抱きしめた。包まれたマントから花とも石鹸とも言えるような香りがした。


「奈央は間違いなく私の一番弟子だ。魔法が使えなくても。これは祝福の証」

 そう言って私のおでこにキスをする。

「こちらははお礼」

 それからベルナールとは反対の頬に。

 こんなに甘い一面を見せつけられて、私は胸がぎゅうぎゅうになって息が苦しくなった。


「ジュディ、年頃のレディにいきなりキスしてはダメよ」

 エミルさんが嗜めたが

「そうか?」

 ジュディドさんは気にも留めなかった。私は心臓がバクバクしていた。

「何はともあれ、私からもお礼を言うわ。ありがとう奈央」

「ベルナールが自分の魔力を制御できるようになることは彼の課題だからな」

 ジュディドさんがベルナールに向かって言った。

「今日は疲れたでしょう、ゆっくりお風呂に浸かって休むといいわ」

 エミルさんは労わるように言うと、お風呂場に連れて行ってくれた。


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