8.結局、牛や馬みたいじゃない
翌朝──
今日は昼前に上陸する予定なので、カタリナはウィノウ風の白いドレスを着た。
袖はなく、胸下で絞ってすとんと踵まで落ちるデザインで、柔らかいモスリンの感触がここちよい。
髪もイルマに結ってもらう。
カタリナが少し名残惜しい気持ちで朝の海をぼうっと眺めていると、珍しく早起きしてきたクルトが近寄ってきた。
「ああ、見えてきたね」
だいぶ近づいてきた陸の暗緑色の稜線を指してみせる。
眼をこらすと、小さな島の間に、林立する塔らしきシルエットが見えた。
あれが、ウィノウの中心にある大神殿の尖塔か。
聖都ウィノウは、ウィノウ半島の付け根、大河ドーナ河の河口に広がる三角州に発達した城塞都市である。
三角州の真ん中には、一辺3km近くある正三角形に近いかたちの巨大な岩盤がそびえ立つ。
海抜20メートルほどある岩盤の縁には城壁がそびえ立ち、城壁と一体化した聖ウィノウ皇国の宮殿は、中心部にある大聖女がおわす大神殿を守っている。
そして岩盤を囲むように広がる三角州にびっしり立ち並ぶのが小宮殿。
ウィノウのパラッツォは独特で、外庭は設けず、中庭を囲んで地下2階、地上4階建ての巨大な館を敷地いっぱいに建てるのが標準的なスタイルだ。
外側には窓はほとんどなく、魔法や弓矢を放つための細長い狭間が設けられている。
魔獣暴走に対抗するための造りだと、歴史の授業で習った。
パラッツォはもともとは貴族の館だが、現在は商会やホテル、高級アパルトマンとして使われているところが多いという。
このあたりは、聖ウィノウ皇国の凋落も影響しているのだろう。
この三角州の部分を旧市街と呼ぶ。
大暗黒時代の末期、頻発する魔獣暴走に追われて各地から流れ込んできた人々が、最後に立てこもった場所だ。
十数万人が500日以上、大神殿、宮殿、そして大小のパラッツォに分散して籠城し、凄惨な戦いが繰り広げられたという。
岩盤の左右に別れた東ドーナ川、西ドーナ川を越えた丘陵地帯に広がるのが、新市街。
クルトによれば、多くは商会や工房、巡礼向けの宿、庶民の集合住宅などだそうだ。
丘の中腹には、離宮や大貴族の別荘なのか、典雅な造りの大きな建物もいくつか見えた。
三角州の底辺の両脇近くには巨大な塔も見える。
西が「蒼の塔」、東が皇女テレジアが司る「紅の塔」だとクルトは教えてくれた。
三角州の北側に「黄の塔」「翠の塔」があるそうだが、海上からは大神殿と宮殿の陰になるので今は見えない。
かつて、この都に雲霞のように押し寄せた魔獣の群れを、この四つの塔から発された極大魔法が薙ぎ払ったという。
現在でも、四季折々の祭りで、往時を偲ぶ魔導花火を打ち上げるそうだ。
魔導花火というのは、名前の通り、魔力によって打ち上げる巨大な花火で、節目節目に君主が民にみずからの力を示すもの。
カタリナの地元ランデールの場合は、大晦日の夜、国王一家が王宮のバルコニーからカウントダウンを兼ねて打ち上げることになっている。
真上から見れば五芒星のかたちをしているという「紅の塔」は、もともとは島だった岩山の上に建てられたもので、塔そのものはそこまで高くなく、5階建て相当だと言う。
とはいえ、屋上で行う儀式の折には階段を頻繁に上がり下りすることもあるし、地味にキツいのだとクルトは笑った。
三角州の南端にある巨大な港へ近づいていくにつれ、次第にウィノウの町並みがはっきり見えてきた。
建物は大きいものも小さいものも白く塗られ、てっぺんは平らな陸屋根になっている。
まるで、さまざまな大きさの白い箱がどこまでも積み重なっているようだ。
土地が限られているので、屋上も利用するためだろう。
わしゃわしゃと屋上に灌木が茂っている建物もある。
故郷の風景とは、まるで違う。
カタリナは大きくため息をついて、ちらりとドレスを見下ろした。
南方にあるウィノウは大陸の中でも暑い国だ。
そのため、ノースリーブの古代風のドレスが好まれる。
脚が透けないよう、ペチコートを一枚挟むが、コルセットはつけない。
コルセットで身体を締め、スカートを膨らませるクリノリンの上にペチコートを重ねてから、ドレスを着るスタイルに慣れているカタリナとしては、まるで寝巻きのような感覚で、まったくもって落ち着かない。
古代風のドレスは、昼のドレスでも胸元も背中も結構刳りが深い。
髪だって、編み込んで後頭部を膨らませるように結い上げるからうなじが丸見えだし、なんだか不安だ。
扇でもなんでも放り込める深いポケットがついているクリノリン・ドレスと違って、バッグを持ち歩かないといけないのも気に入らない。
「どうかした? ため息なんかついて。
もしかして、上陸せずにこのまま地元に帰りたいのかな?」
気が乗らないカタリナをからかうように、クルトは覗き込んでくる。
「それは無理だってわかってるけど……
おかしくないかしら? このドレス」
カタリナはくるりと回ってみせた。
襞を多めにとっているので、薄手の木綿がふわりと広がる──と思いきや、海風で脚にべったりまとわりついて、いらっとする。
「似合ってる似合ってる」
クルトは棒読み気味に、言わされてる感を醸し出した。
「お兄様みたいなことを言うのね」
カタリナがツンと顎を上げて言うと、クルトはアハハと笑う。
「大丈夫大丈夫。
誰がどう見たって、君は美しい。
みんな君を歓迎するさ」
「……姿かたちのことばかり言われるのに、飽きているのだけれど」
「ん? どういうこと?」
「結局、牛や馬みたいじゃない。
競り市で、肉付きの良し悪し、肌艶の良し悪しで値段を決めるのとどう違うの?
あとは魔力があるかないとか、実家に力があるとかないとか……
どこに行ってもそんな話ばっかり」
「それはまぁ……そうか。そうだね。
ま、ウィノウには面白い社交場がいくつもあるから。
ワルツだけじゃなくて、歌入りの俗謡で好き勝手に踊るのも流行ってる。
楽しく踊れば憂さも晴れるさ」
幼い子供にでもするようにぽんぽんと頭を撫でられて、カタリナはぷきゅっと頬を膨らませた。
ジュリエット:というわけで、カタリナ様のお相手候補になるかも?な銀髪の魔導師クルト様が登場しましたああ!
レティシア:銀髪ですけれど、氷の貴公子系ではなくて、ちょいちょいからかってくるお兄さん的なポジションでしょうか。
ジュリエット:カタリナ様の好みとは違う感じなのかな?て気もするんですけど、どうなんでしょう??
レティシア:そうね。ジュリエットはどう予想する?
ジュリエット:他の出走馬待ちですけど、単勝なら体感5倍くらいですかねー……一番人気ではないけれど、それなりにワンチャンあるかも?的な。複勝ならちょっと絡めておきたいです。
レティシア:そんなところかしら。ウィノウに着いたら、新たな貴公子が出てくると思いますから、また考えてみましょう!