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7.全員、惚れさせるつもりでいきなさい

 航海最終日の夕食くらい、なにか特別なものがでるのかと思っていたら、普通にいつものメニューだった。

 それでも夕食は夕食なので、執事が作法に則ってうやうやしくサーブしてくれる。


 カタリナはユリアーナにウィノウ社交界での動き方について、助言を乞うた。

 クルトの指摘は正しい。

 たしかに、自分には経験が不足している。


「あなたは、礼儀作法や立ち振舞は悪くないから、そんなに気にしなくていいと思うけれど。

 そうね……まず、その場で一番偉い女性にしっかり挨拶して、仁義を通す。

 これはわかっているわね」


「はい」


 社交界の鉄則だ。

 権力をもっているのは男性だが、かといって露骨に男性に媚びると軽く見られる。

 それに、女性同士のネットワークからハブられると、情報が入ってこなくなって後々マズい。


「あなた、お酒はなにが好き?」


「なんでも美味しくいただきますけれど、一番好きなのはヴェルネです」


 ヴェルネは赤ワインの一種だ。

 色が濃く、味も重厚で飲みごたえがある。


「ヴェルネは、せめて晩餐会くらいにしておきなさい。

 苦味、渋味のある酒は、混ぜものをされても気がつきにくい。

 わたくしは、いつもカーヴァにしているの」


 そこまで考えないといけないのかと、カタリナは笑いかけて止めた。

 大伯母は、婚家にいたときに、実際に薬を盛られた経験がある。


 カーヴァというのは白のスパークリングワインだ。

 ごく淡い金色で、喉越しだけの軽い酒。

 確かに、異変に気づきやすそうだ。


「では、わたくしも外ではカーヴァだけにいたします」


 よろしい、とユリアーナは頷く。


「で。ちょっといい雰囲気になった時にバルコニーや庭に誘われることがあるけれど」


 カタリナは、「ちょっといい雰囲気」になったことなど一度もないが、黙っておいた。


「バルコニーならハグとキス止まりだからいいけれど、庭はやめておきなさい。

 物陰が多いから、のっぴきならないことになりがちだわ」


 見ると、イルマもうんうん頷いている。

 庭に出たら、ハグとキス以上のことが起きることもある、らしい。


 一体なにが起きるんだと、カタリナはくらりとした。


「そ、そんなに、ウィノウって治安が悪いんです??」


「どこだって同じよ。

 エルメネイアの公爵家の舞踏会で、真冬だというのに庭でイタしているのを見たことがあるし」


「え? え? ええええ!?」


「妃殿下、その表現は……」


 あわあわするカタリナを見かねて、クルトがたしなめる。


「じゃあどういう表現ならよいと言うの?」


 ユリアーナはさらに不適切な表現を並べ始めたので、カタリナは慌てて「金輪際、庭には出ません!」と叫んだ。


「で、一番大事なこと」


 ユリアーナはずいと身を乗り出して、カタリナと眼をあわせた。


「一緒に踊った殿方、言葉を交わした殿方、なんなら眼が合っただけの殿方まで……

 ウィノウでは、関わった殿方全員、惚れさせるつもりでいきなさい」


「はいいいいい!?」


「でも、結婚したいと思う方以外には、好きだと言わせては駄目」


「どういうことおおおおおおお!?」


 混乱して絶叫するカタリナに、クルトとイルマは呆れ顔。

 ユリアーナはいつの間にやら扇を出して、ほほほと貴婦人らしく上品に笑っている。


「君、うるさいよ。

 いいところの令嬢って、何を言われても柳に風と受け流すもんじゃないの?」


「いや、でも、だって……大伯母様が、とんでもないことを」


 涙目でカタリナはクルトに訴えた。

 祖母、母、修道院や貴族学院の教師達に言われてきたことと、真逆も真逆だ。

 従順であれ、貞淑であれと言われる度に反発していたが、そんなカタリナの感覚からしても、ユリアーナの言うことは度を越している。


「クルト。この間の舞踏会の時、この子をどう思った?」


 涼しい顔でユリアーナはクルトに振る。


「あー……敷居が高いというか、ガードが堅いというか。

 公爵令嬢たる自分にふさわしくない人物は、寄らば斬るぞって感じでしたね。

 実際、妃殿下からお言葉がなければ、私は踊っていただけなかったでしょうし」


「そうでしょうそうでしょう」


 ユリアーナは頷くと、どう見ても邪悪な笑みを浮かべて、じろりとカタリナを見た。


「それじゃだめなのよ。

 社交界における女の戦闘力は、婚家と実家と産んだ子とついでに愛人で決まるけれど、最後は有力な崇拝者をどれだけ抱えているかにかかってくる。

 それには、勘違いした殿方を量産するのが手っ取り早い。

 わたくしが大公国から歳費を貰わなくてもやっていけるのは、彼らがちょいちょい美味しい話に噛ませてくれて、持参金を巧く膨らませたから。

 この船だって、自分の船が欲しいなぁあああと言っていたら、手頃な商船が売りに出ると教えてもらって、ついでに改修も巧い具合にやってもらえたんだもの」


「黒い! 黒いです大伯母様ー!」


 カタリナは耳を塞いで叫ぶ。

 乙女が聞いていい話ではない。


「あらなぜ? なんだかんだで、殿方は女が好き。

 美しい女はなおのこと好き。

 あなたは幸い、とても見栄えがよいのだから活かさないと。

 簡単なことよ。

 目が合ったら、『あら、素敵な方がいらっしゃるわ』ってちょっと微笑んでみせればいいだけ。

 わざわざ媚びるようなことをしなくたって、向こうから寄ってきて、勝手に恋に落ちてくれるから」


「ええええええ……

 殿方の恋のハードル、低すぎやしませんか!?」


「殿方なんて、たいていそんなものよ。

 全員とは言わないけれど」


 ユリアーナはきっぱりと断言した。


 クルトは、居心地悪そうに視線を泳がせている。

 もしかして、ほんとのほんとにそんなものなのだろうか。


「今のあなたは、分厚い金属鎧でガチガチに全身を固めた大昔の騎士のようなもの。

 見た目は強そうだけれど、鎧通しを一本、鎧の隙間から刺されたら簡単に倒されてしまう。

 お高く振る舞って、殿方を寄せつけなかった令嬢が、ほんっとにしょうもない男に引っかかって面倒を起こした例なんていくらでもあるじゃない」


 うんうんとイルマが頷いている。

 めっちゃ頷いている。


「ほら、魔獣闘技士は、鎧もつけずに、魔石を縫い付けた布で魔獣の気を引いて翻弄し、レイピア一本で倒すでしょう?

 殿方を惹きつけ、踏み込まれすぎる前に巧くいなして、思いのままに操ることを考えなさい」


「おっしゃりたいことは、わかりましたけれど。

 わたくしには、高度すぎるのでは……

 だいたい『好きだと言わせてはならない』というのはどういうことなんです?」


「言わせてしまったら、相手の気持ちに応える責任が生まれるじゃない。

 断ってしまえば、それで縁は切れる。

 はぐらかしたまま、別の方と親しくなれば、もてあそんだのかとなる。

 でも、そもそも言わせなければ、永遠に気持ちを引っ張り続けられるでしょう?

 殿方は夢見がちだから、結婚して時が経とうが、おじいちゃんになろうが、一度抱いた思いを忘れないもの」


「そういうもの、なんですの?」


 カタリナはクルトに訊ねた。

 クルトは、「どうだろう」と困り顔だ。


「余計なことはなにも考えずに、親が選んだ方と結婚して、夫に添い婚家に添い、良妻賢母として家を守っていくような人生なら関係ない話だけれど。

 あなた、そんな生き方ができるの?」


「それはそれで、無理……ですけれど」


 カタリナはため息をついた。


「でしょう?

 ま、我を通す生き方をしたいなら、なにかあった時に自分の側に立ってくれる者を作りなさい。

 男でも女でも、できるだけ力がある者を、できるだけたくさん。

 わたくしのようにね」


 パチリと扇を鳴らすと、ユリアーナは高らかに笑った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] >「でも、結婚したいと思う方以外には、好きだと言わせては駄目」 おおお!! これはすごい駆け引きの手ほどき!! 『ルールズ』(←知ってます笑?)なんかより、ずーっと面白く学べたよ。 す…
[一言]  ああ、この大叔母様のキャラクターでは、お話が長くなりそうです。登場したら、簡単には引っ込んでくれませんよね。いろいろやらかして、混乱させてくれそう。  カタリナ様と一緒に、大叔母様の顔色を…
[良い点] 面白いです。 大叔母様の、渡って来た人生で熟成された人生観に危機感。宮中の人心に伴う権勢の細やかな描写。 最初のプロローグの事件へと、階段を一段一段上がって辿り着く臨場感に、リアタイでわく…
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