58.大切な同志
「でも、あなただって、歴史の授業で習ったでしょう?
国同士でも家同士でも、とても仲が良かったはずなのに、ほんの数年でおかしくなって血みどろの争いを繰り広げるなんて、これまでに幾度もあったことだし、これからだって起きることだわ。
それで、父に相談したら、父のグレイヴにどうしても勝ちたいなら、出が速い魔法をとにかく磨くしかないんじゃないかと言われて」
「えええええ……」
カタリナはドン引きした。
父親の倒し方を訊く娘も娘だが、真正面からアドバイスする父親も父親だ。
「それはとにかく。そんな風にわたくしは覚悟していたのだけれど。
でも、どういうわけか、わたくしが殿下と婚約することになった。
……あなたが、殿下のお心を守るために、王太子妃候補から降りたから」
ジュスティーヌの紫の瞳が、カタリナを捉える。
「わたくしは、あなたを、殿下をお守りする大切な同志だと思っているの」
じっと眼を合わせたまま、ジュスティーヌはカタリナに告げた。
そうか。
ジュスティーヌには、カタリナの恋も思惑もバレていたのか。
「……前から、時々思っていたけれど、あなたって随分おかしくない?
特に、殿下のことに関しては」
「あなたほどじゃないと思うけれど」
軽くジュスティーヌに言い返されて、黙って大人しくしていればアルフォンスと結婚できたのにそうしなかったカタリナは黙るしかなかった。
「……なんでもいいけれど、殿下のため殿下のためって頑張りすぎて、殿下ご自身にドン引きされるようなことまでしないようにね」
ユリアーナは、クルトを愛しすぎ、守ろうとしすぎて、結局拒まれてしまった。
実際、ジュスティーヌの強火ぶりはユリアーナと同じくらいイカれている。
ジュスティーヌは少し考えた。
「大丈夫よ。わたくしが殿下のお心を傷つけるようなことをする前に、あなたが止めてくれるでしょう?」
「ええええええ……
わたくしを自分の歯止めとして使うつもりなの!?」
「当たり前じゃない。
親兄弟だって誰だって、殿下のためなら遠慮なく使わせていただくつもりだもの」
ジュスティーヌは、ほがらかに笑う。
カタリナも、アルフォンスに関しては、自分は相当おかしいと思っていたが、ジュスティーヌはその上を行っている。
ジュスティーヌとアルフォンスの寵を争おうとしなくて、本当によかったとカタリナはしみじみ思った。
うっかり、アルフォンスの害になる存在だと認定されたら、とてつもなく酷い目に遭っていた予感しかない。
ふと、ジュスティーヌは真剣な目になった。
「そういえば、一つ、あなたに言いたいことがあったの」
「なによ」
ジュスティーヌは身を乗り出した。
「前も言ったけれど、ウィノウでの件、あなたにまったく責任はないわ。
あの方達は、あなたがいなくても、そのうち破綻していた。
だから……あまり深く受け止めるべきじゃないし、忘れてしまってもいいと思うの」
ジュスティーヌは、静かに言う。
もしカタリナがウィノウに行かなかったとしたら、ユリアーナはローランを塔主候補の座から追い落とすために、別の令嬢を使うなりなんなりしただろう。
だが、カタリナはウィノウに行き、ローランとラウル、リリーに出会ってしまった。
あの夜、事件が起きなければ、ローランは塔の調整に失敗した責任を問われ、塔主候補の地位を失っただろう。
それなら、ユリアーナの目的は穏便に果たされ、今もクルトはユリアーナを養母として素直に慕っていたかもしれない。
でも、カタリナがローランとラウルを惹きつけてしまったから、ラウルはローランを殺してしまった。
カタリナがウィノウに行かなければ。
ユリアーナの駒として良いように使われていなければ。
あの事件は起きなかった。
社交界なんて、相手に駒として使われるか、相手を駒として使うかの争いだ。
自分が未熟だったから、あの事件は起きた。
「心配しないで。自分のせいだなんて考えていないから」
カタリナは、微笑んでみせた。
「なら、いいのだけれど」
ジュスティーヌはカタリナをじいっと見つめている。
カタリナは、大丈夫大丈夫と頷いてみせた。
「それにしても、あなたとバルトロメオ閣下のワルツ、もっと見たかったわ。
最後のあたりしか見られなかったけれど、本当に素敵だった」
「そう?」
「あなた、いつもよりもっとキラキラして見えたわ。
なんというか……生きる喜び、としか言いようのないものに溢れていて。
見ているだけで幸せな気分になったくらい。
男も女も、ぽーっとなってみんなあなたに見とれていた。
賊がルシカ辺境伯暗殺に失敗したのは、あなたに魅入られていたせいよ」
「本当に?」
思わずカタリナは笑いだし、笑いだしてからはたと気がついた。
確かに、あの事件が起きるまでは、カタリナはとても楽しかった。
会う人会う人、好もしく見え、皆がカタリナを熱心に賛美してくれるのが心地よかった。
もともと、ユリアーナがクルトを連れてランデールに帰ってきたのは、クルトに自分の故郷を見せ、一度サン・ラザール公爵家に引き合わせておきたかったのだろう。
ユリアーナだっていい年だ。
クルトの行く末が決まる前に自分が倒れるようなことになれば、サン・ラザール公爵家が後ろ盾となるよう、内密に依頼することも考えていたのかもしれない。
だが、ユリアーナは、ランデールの王宮の舞踏会で、一見華やかげに振る舞いながら、カタリナが深い鬱屈を抱えていることに気がついた。
ユリアーナは、カタリナをウィノウに連れてゆき、かりそめの自由を与えた。
鳥籠に閉じ込められていた小鳥が、閉め切った部屋の中に解き放たれたように、カタリナは喜んで飛びまわり、高らかにさえずった。
そのさえずりに、聖皇家の血を引きながら魔力を失ったラウルも、ブランシュ伯爵家にダメ出しされ続けて苛立っていたローランも惹きつけられてしまった。
彼らもまた、ままならない立場からの解放を求めていたから。
最後の謎が解けた、とカタリナは思った。
確かに自分は、人目を惹く容貌をしている。
実家も太いし、貴族の子息にとって結婚相手として条件の良い令嬢だと見られることが多い。
しかし、ウィノウならそんな令嬢はそこそこいるのに、なぜラウルとローランが二人とも自分に執着してしまったのか、そこがわからなかった。
ユリアーナには、自分が双子の兄弟の眼にどう映るのか、わかっていたのだ。
だから、ユリアーナはカタリナをローランへの最後の一撃として選んだのだ。
先代ローデオン大公妃ユリアーナ。
ローデオン大公アルブレヒトを初対面で射止めて、一族の悲願だった公爵への陞爵を実現し。
婚家では過酷な目に遭いながら、アルブレヒトの子を何人も産んで役目を果たし。
夫と別居中の小国の妃という寄る辺ない立場で、大陸の社交界を巧みに泳いでいた女。
今のカタリナには、到底歯が立たない化け物だ。
「……そろそろ、行きましょうか」
「ええ。戻りましょう。
わたくし達の国へ」
カタリナとジュスティーヌは席を立ち、護衛たちに声をかけると、馬に跨った。
のどかな峠道を、ぽくぽくと下っていく。
美しく華やかな「恋の都」ウィノウに背を向け、アルフォンスが待つランデールへ──
次回で完結です!
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ジュスティーヌ「王太子妃争いで、あなたが退かなかった世界線は色々大変なことになってましたものね…」
カタリナ「ええええ!? わたくしのせいにするの!?」
※下記リンクから、「公爵令嬢カタリナの推理」「公爵令嬢カタリナの災難」をご参照ください!




