57.自分の面倒は自分で
だが、クルトが成長するにつれ、新たな問題が出てきた。
クルトは、四属性持ち。
他の男子は、現大公も含め三属性だ。
ローデオンの法では、クルトこそが大公とならなければならない。
しかし、今更、現大公である長男から大公位を奪うわけにもいかない。
大公家を混乱させずに、クルトの出自と能力にふさわしい地位を与えるとしたら、平民の出であっても力があれば就くことができ、君主も跪くウィノウの塔主しかない。
幸か不幸か、クルトには十分な才能があった。
なにがなんでもクルトを塔主にしたい。
その妄執が、ラウルがローランを殺し、リリーも殺されかけたこの惨事の原因になったのだ。
クルトは、もう何を言われてもユリアーナを受け入れないだろう。
無理に押しても、こじれるばかりだ。
今は彼の言う通り、「紅の塔」を離れるしかない。
カタリナはユリアーナをなんとか部屋に連れ戻すと、イルマに館へ戻る支度をするよう言いつけた。
ジュスティーヌを起こし、迎えに来たランデール大使に託して、カタリナは虚脱しているユリアーナとイルマと共に、ユリアーナの館へ戻った。
例によって手紙やら花やら贈り物やら大量に届いていてうんざりしたが、とりあえずユリアーナに鎮静剤を飲ませて寝かしつける。
ギュンターには、とりあえずリリーは無事だったこと、ローランが魔力障害を起こして亡くなったこと、テレジアは魔力枯渇して寝込んでいると説明し、詳しいことはどこまで喋ってよいのか自分にはわからないから、聞かないでほしいと開き直った。
ギュンターは、穴だらけのカタリナの説明にも、嘆き悲しんでいる様子のユリアーナにも戸惑っていたが、大公家の長男だけあって、あれこれ質問してカタリナやユリアーナを苦しめることはなかった。
お誘いのたぐいは、すべてユリアーナの体調がよくないので、と断った。
実際、ユリアーナは例のルーティンもしなくなり、食べる量も目に見えて減っていた。
ギュンターがあれこれ話しかけたり、詩の翻訳を見てもらったりする時だけ、瞳に生気が戻る。
そうは言っても、ギュンターはもうじき魔導学院の寮に入らなければならないし、カタリナだって、ランデールに戻らないといけない。
イルマや家宰と相談して、ユリアーナが気力を取り戻すまで、パレーティオの娘のところに滞在するのがよいのではないかということになった。
それならクルトの希望にも叶う。
ユリアーナはさして抵抗せずに、同意した。
というわけで、後はカタリナがどうやってランデールに帰るかである。
学院の始まりに遅れてしまうかもしれないが、ランデール大使に馬車と付添の手配を頼むしかないかと思っていたら、ジュスティーヌの帰国にのっかることになった。
ジュスティーヌと一緒に、ヴェロニカとバルトロメオに挨拶に行ったら、気がついたらそうなってしまったのだ。
行きのユリアーナとの船旅もハードだったが、馬車なら2週間近くかかる陸路を、替え馬をしながら1週間で踏破するジュスティーヌとの旅はもっとハードだった。
護衛はシャラントン公爵家の精鋭がついているが、侍女はナシ。
荷物は最低限で、服は簡素な巡礼服と寝間着のみ。
しかも、自分の面倒は自分で見なければならない。
早朝、馬で神殿を出立して、昼は街道筋の食堂で庶民に混じって食べるか、ちょうどいいところに店がない時はパンとチーズをくるんだだけの弁当で済ませる。
夕方、次の神殿に着いたら、まず女神フローラに祈りを捧げ、豆のスープとパンの夕食を摂ると、水浴びをして巡礼達と雑魚寝。
もちろん泊まるたびに喜捨はするが、「客」ではないので仕えてくれる者はいない。
人手が足りなければ料理や配膳を手伝うこともあるし、掃除やベッドメイク、洗濯まで自分でする。
家事に関しては完全に無能だが、火風水の魔法が使えるカタリナは、魔法で洗濯物の水分を抜いて温風を当てられるので、神官や巡礼達に洗濯物の乾燥係として重宝された。
その間、なんでもできるジュスティーヌは料理から縫い物から大工仕事までてきぱきと手伝いまくり、近くに魔獣の巣が湧いていると聞けば、護衛を連れて速攻殲滅していた。
カタリナも乗馬は得意な方だが、毎日毎日何時間も乗るのはキツい。
一日の終わりにはもうクタクタで、余計なことを考えずに爆睡できるのは助かった。
旅が終わりに近づき、明日はランデール王国に入るという日の昼下がり。
カタリナとジュスティーヌは、峠を越えたところにある、見晴らしのよい茶屋のテラス席で、昼食を食べた。
眼下は、牧草地が広がるのどかな風景だ。
この地方の名物だという、蕎麦粉の生地を薄焼きにし、卵やベーコンを載せて焼いたガレットという料理を頼んでみたら、なかなか美味しかった。
食後の茶を飲みながら、カタリナは、ジュスティーヌに聞いておきたいことがあったのを思い出した。
「ところで、前から不思議だったのだけれど。
どうしてあなた、わたくしによくしてくれるの?」
ん?とジュスティーヌは小首を傾げた。
「今更蒸し返すのもなんだけれど、わたくしは将来、王太子妃になるって言われていたじゃない。
家同士だって別に仲が良いわけじゃないし、本当だったら敵対してもおかしくないのに。
勝者の余裕ってことなのかしら?」
「勝者だなんて、まさか」
首を小さく横に振って、ジュスティーヌは困ったような笑みを浮かべた。
「わたくしは、将来王太子妃になるのはあなた、だから別の道を考えなさいと言われて育ったの。
実際、あなたと会う度に、納得したわ。
あなたは、華やかで、自信に満ちあふれていて……
わたくしとはなにもかも違う、完璧なお姫様だったから。
だからわたくしは神殿入りして、魔獣と戦って国を護り、遠くから殿下をお支えしようと思っていたの」
カタリナはぶったまげた。
誰がどう見たって、ジュスティーヌこそ完璧な令嬢ではないか。
「ええと……あ? もしかして、斉射を覚えたのはそのため?」
「いえ、それは別。万万が一、殿下のために父を倒さなければならなくなった時の手段が必要だと思ったから。
わたくしが父の薙刀の間合いの中にいたらまだダメだけど、間合いから三歩外れていればわたくしが勝てるわ」
ジュスティーヌの父、シャラントン公爵は薙刀の達人として知られ、魔羆くらいなら一撃で首を刎ね飛ばす剛の者だ。
対人戦でも、相手が騎士であれ魔導師であれ、国内最強と見られている。
「はああああああ!? あなた、お父様と仲が悪いわけじゃないわよね!?」
「ええ。父はいつだってわたくしのことを愛してくれているわ」
「じゃあ、なんでわざわざそんなことを考えるのよ。
そもそも、シャラントンと王家が対立するとかありえなくない??
代々、ランデールで一番の王党派なのに」
混乱しているカタリナが面白かったのか、ふふっとジュスティーヌは笑った。




