52.なにもかも、符合する
それにしても疲れた。
今日は色々ありすぎたのに、椅子はユリアーナがちゃっかり占領したままだし、まさか遺体が横たわっていたソファに座るわけにもいかない。
バスルームの壁にもたれたカタリナは、ぼんやりと皆を見渡した。
書き物机の前に座り、腕組みをして考え込んでいるユリアーナは常に誰かといたからシロ。
その傍、クローゼットの角に背を預けているクルトは、ユリアーナとバルトロメオの会話を聞きに行くという胡乱なこともしているが、逆にローランを刺しに行く時間的余裕はなかっただろうということで暫定シロ。
窓際に立つダーリオは、シャワーを浴びるふりをしてローランの部屋に忍び込めたかもしれないが、動機があるかと言えば薄すぎる。
学院の寮の先輩後輩だから、なにかトラブルがあったのかもしれないが、そんな風には見えなかった。
それに、もし過去に大きなトラブルがあったのなら、ラウルが指摘しそうなものだ。
バルコニーに出ているヴェロニカとバルトロメオ。
ヴェロニカはリーゼに世話をしてもらいながら風呂に入っていたのだからシロ。
リーゼが席を外した時は一人だったはずだが、その間にローランを殺して戻るのはどう考えても無理だろう。
バルトロメオは、暗器を入手しやすい立場で、今の妙技を見れば、ローランの部屋を往復することは十分できたはず。
だが、縄を手に入れて工作し、クルトとかち合わないようにして自室に戻るとなると、難易度はかなり高いし、動機がなさすぎる。
ローランにうざ絡みされて苛立っていたが、その場で殴り飛ばすとかならともかく、面倒な謀殺をする理由がない。
そもそも皇女を娶り、辺境伯の地位を固めるために彼はウィノウに来たのだ。
ジュスティーヌは、さっき思いついたように屋根伝いに侵入するだけならやってやれないことはないだろうが、こちらもローランを殺す理由がない。
動機、という面から言えば、一番可能性が高いのは婚約解消を突きつけられたリリーだ。
リリーがバルコニーをよじ登る姿は想像つかないが、死にものぐるいでなんとかしたのかもしれないし、巧く玄関から侵入したのかもしれない。
やはり、ユリアーナが言うように、リリーが犯人なのだろうか。
それとも、イルマやリーゼ、ジャーヴィスといった雇い人なのか。
ジュスティーヌやカタリナの世話をしていたイルマには無理だし、動機はない。
ヴェロニカの世話をしていたリーゼは、中抜けしてクルトにローブを届けているが、そのついでにローランを殺す暇はなかっただろう。
ジャーヴィス。
彼は、どんな風に動いていたのか説明する前に、リリーを探しに行ってしまった。
もしかして、本当は犯人で、リリーの捜索を口実に既に逃亡しているのだろうか。
執事など宿下がりをしている他の雇い人が、密かに戻ってきてローランを殺して逃げた可能性だってあるが──
「それにしてもローラン卿は、なにが嘘だと示したかったのかしら」
ジュスティーヌが呟く。
そうだ、そこだ。
末期のローランは「これは嘘だ」というサインでなにを示したかったのだろう。
鍵がかかっていた部屋から、毒暗器と死体が発見された。
毒の効果は呼吸阻害。
死体の所見は窒息死を示唆。
窓には鍵がかかっておらず、バルコニーには縄の跡があり、十分な長さの縄も発見された。
ぱっと見、外から侵入した賊が、毒暗器でローランを刺して殺し、外へ逃げ去ったということになる。
普通なら、これが嘘だと、つまり内部の人間が自分を殺したのだと告発しようとした、と解釈すべきだ。
だが、登録者以外は弾いてしまう結界がある以上、外部からの侵入者説はそもそも成立しない。
そのことは、ローランだって十分わかっていたはずだ。
一体、ローランはなにが「嘘だ」と言いたかったのだろう。
カタリナは、今夜起きたことを改めて思い返した。
リリーの急襲。
ジュスティーヌの唐突な怒り。
兄弟の最後の会話。
無言のまま、よろめきながら帰っていくリリーの後ろ姿。
炎鳳の巨大な魔法陣。
不完全な魔法陣を支えきれなくなって、崩れ落ちるテレジア。
壮麗な光の饗宴。
鍵のかかっていたローランの部屋。
遺体の発見。
窒息死という所見。
かすり傷ひとつで相手を30秒で殺してしまう毒を組み込んだ暗器。
人差し指と中指をクロスさせた、「これは嘘だ」というサイン。
くしゃくしゃになっていた、ローランの血染めのハンカチ。
消えたクッション。
塔主候補とは思えないほどすっきりした書き物机と、描きかけの魔法陣。
やたらごちゃごちゃしたクローゼットと、リリーの刺繍が入ったたくさんのハンカチ。
バルコニーの手すりに残った縄の跡。
浜で迷っていたというリリーの白馬。
縄に足を取られて、わたわたしていたギュンター。
アリバイがあると言っていいのかどうか、どうもはっきりしない男性陣達。
そして、動機らしい動機もない。
警察などが見れば塔主の座を巡るライバルであるクルトに動機があると判断するかもしれないが、クルトは一貫して塔主の地位にこだわりはなく、むしろローランを助けようとしていた。
なにもかも曖昧な状況。
この状況のどこが「嘘」だというのだろう。
「あ」
不意に、カタリナに天啓のように真相がひらめいた。
そうだ、それなら「嘘だ」という告発の意味が通る。
なにもかも、符合する。
それ以外、ありえない。
でも、なぜ。
なぜそんなことをしたのか。
動機がまるでわからない。
この中で一番、ローランを殺しそうにないのに。
カタリナはこくりと喉を鳴らして、皆の顔を見渡した。
疲れてうんざりした顔のユリアーナ。
不安げに足元を見ているクルト。
ちらちらとバルコニーの外を気にしているダーリオ。
じっと考え込んでいるジュスティーヌ。
なかば放心しているように見えるラウル。
戸口のすぐ外でしゃがんでいるリーゼと、寄り添っているイルマ。
本当にこれがローラン殺しの答えなのか、カタリナは眼を伏せてもう一度考えてみた。
やはり、穴はない。
そして、これ以外の答えはない。
一呼吸おいて、意を決したカタリナは顔を上げた。
「ラウル先生、そろそろその長櫃から立っていただけますか。
その中に、ローラン様を殺した証拠が入っているんでしょう?
リリー様のご遺体も」
カタリナ「大変恐縮ですが、ここから先のコメントは、ネタバレ注意でお願いいたします…」




