51.どんだけルシカを舐めとるん!?
「ま、この縄が出てきたけん、ワシがバルコニーから出入りしたんやろ思われたんは、わからんこともないけど。
それを狙って、犯人がこれみよがしに手すりに跡をつけて、そのへん放りだしたんちゃう?
けどな、それいくらなんでも雑すぎやろ」
「そ、その……」
ラウルがとすんと長櫃に腰を落としながら、言葉に詰まる。
「や、ラウルはん一人がどうこうちゅう言う話やない。
ウィノウ全体の話よ。
そもそも、島に来てくれる方ならどんな方でもええてこっちは言うとるのに、姫様方には避けられまくるし。
あげくの果てに、こんな雑なやりようで罪をなすりつけちゃろうとか、どういうこっちゃ。
いくらワシがど田舎の漁師やいうても、こんな、すぐ見つかるところに証拠を放り投げとくとか、そこまでアホなことするわけないやん!
どんだけルシカを舐めとるん!?」
ギロリとバルトロメオが睨む。
皆が視線を泳がせる中、すっとヴェロニカが背筋を伸ばして半歩前に出た。
「わたくし共、ウィノウ聖皇家の無礼、お詫びいたします。
ですが、バルトロメオ様。『誰でもいいから嫁いで来い』というのは、酷すぎやしませんか?」
「ほへ?」
バルトロメオはあっけにとられた顔で、ヴェロニカを眺めた。
「わたくし達、ウィノウの皇女は命じられればどこにでも嫁ぐ覚悟をしております。
わたくし達には、聖皇家の血を引いていること以外、なに一つ価値はないのですから」
「は? いや、そんなことあらへんでしょ!?」
「あります! わたくしたちは血と魔力で評価され、結婚で取引される皇家の資産にすぎません。
生まれた時に、決まっていたことです。
とっくの昔に諦めていることです。
でも、」
ヴェロニカは、そこで言葉を詰まらせた。
胸元に手を置いて、自分を励ますようにぎゅっと握る。
「でも、せめて夫となる方には、『ウィノウの皇女であれば誰でもいい』ではなく、『あなたに嫁いできてほしい』と言ってほしい。
嘘でもいい、他の誰かではなく、自分が望まれて嫁ぐのだと思いたいのです。
たったそれだけのことも、わたくしたちには許されないのですか!?」
淡い翠の瞳を涙できらめかせながら、ヴェロニカは叫んだ。
首元や頬が、怒りでまだらに染まっている。
美しい。
自分の、というより皇女たちの宿命のために怒るヴェロニカは、途方もなく美しかった。
バルトロメオは、ふらふらっとよろめいた。
「え、あ。……その……
すんません。大変な考え違いをしちょりました」
そのままなかば崩れ落ちるように、バルトロメオはヴェロニカの前に両手を突いた。
「ワシはこんな身体やし、学もなんにもないど田舎の漁師や。
この方がええとか、これこれこういう方がええとか、こちらから指名するような、条件をつけるようなことは畏れ多くて到底できやせん思うとりました」
バルトロメオは、ふっと顔を上げた。
ヴェロニカにまっすぐ眼をあわせる。
「いま、ようやっとわかりました。
ワシは、ワシが間違うた時に、そりゃ違うでってちゃーんと言うてくれる方がええ。
そういう方に、ルシカに嫁いできてほしい。
世の中のこと、なんにもわかっとらんワシを助けてほしい」
バルトロメオは、片膝を立て、がっと右手を差し出した。
「ヴェロニカ皇女殿下様! ワシと結婚してつかあさい!
なにとぞなにとぞ、お願い申し上げます!
一生、大事に大事にさしてもらいますけ!」
戦場で名乗りを上げるような勢いの大音声プロポーズに、ヴェロニカはのけぞった。
「は!? え!? なななななんでそういう話に!?
わ、わたくしもう、27で、もうすぐ28で!
28になれば、閣下より4つも年上じゃありませんか!?」
「27でも8でも、まだまだ若い!
だーいじょうぶ、なんにも問題ないわ」
子供を6人産んでいるユリアーナが、雑に太鼓判を押す。
「でも、でもでもでも! 身体の弱い母がいるのです。
母一人子一人なのに、ウィノウを離れるわけには」
ダーリオがくいいっと丸眼鏡を持ち上げた。
「いや、それならなおのこと、母君をお連れになって島にいらしてください。
今の辺境伯家の館は、元は聖皇家の離宮。
特に肺を病んだ方が療養されていたんです。
確か、殿下の母君は気管支がよろしくないんですよね?」
「え!? どうしてそんなことまでご存知なんです!?」
ダーリオは「これでもルシカ辺境伯秘書官ですから」とドヤる。
「島の空気は濃いけんね。身体の弱い方にはめっさええんです。
ちゅうか、本土に来てからどうもうっすらダルいし、力が出んのよね」
バルトロメオも頷く。
舞踏会の乱闘では、前蹴り一発、拳一発で賊を沈めていたが、あれで力が出ていないのなら、島ではどうなるのだ。
「え!? でも!? あの!?」
ヴェロニカは完全にパニックに陥っている。
しかし、自分が結婚する可能性を考えていなかっただけで、なんだかんだでバルトロメオが無理とかそういうわけでもなさそうだ。
「ヴェロニカ殿下。申し訳ありませんけれど、状況が状況ですので。
ここから先の話は、どうぞそちらで」
カタリナはヴェロニカの肩に触れ、そっとバルコニーへ押し出した。
ダーリオもバルトロメオをバルコニーに追い立て、掃き出し窓をカラカラと閉じ、カーテンもシャッと閉じてしまう。
「わたくしも、あちこちの宮廷でいろんなものを見てきたけれど。
殺人事件の現場で求婚する殿方なんて初めて見たわ」
ユリアーナが余計なことをぼそりと呟いた。




