50.皆、わかっているんでしょう?
ユリアーナが深々とため息をついた。
「皆、わかっているんでしょう?
リリーが戻ってきて、ローランを殺したのよ」
「リリーはんが!?」
驚いたのはバルトロメオだけで、後の者は皆、気まずそうに視線を泳がせた。
「そうとしか考えられないじゃない。
ここにいる者が一人きりになった時間は、長くても30分。
その間に庭に出て縄を調達して、この部屋に忍びこんでローランを刺し、バルコニーから逃げて自分の部屋に戻り、おまけに風呂にも入るなんて無理だわ。
しかも、外に出たクルトが犯人も不審なものも見かけていないのだから、タイミングも限られる。
一旦、家に戻ろうとしたリリーが思い直して戻ってきて、昨日の舞踏会で拾った暗器を使ってローランを刺し、発見が遅れるように鍵をかけて逃げた。
これが一番整合性のある説明。違う?」
ユリアーナは苛立った顔で言う。
確かにそうかもしれない。
リリーがやったとは思いたくはないが、彼女なら時間の余裕は格段にある。
だが、カタリナは厭なことに気がついた。
ジュスティーヌなら、自分が風呂に入り、イルマに髪を洗ってもらっていた間に屋根によじ登って、ローランの部屋に降りることはできなくもないのだ。
どうせ自分達の部屋のバルコニーの傍にも雨樋はあるのだろうし、学院の魔獣討伐演習で、「わたくし、周りの様子を見てまいりますわ」と言い残して、十数メートルの高さの崖をするすると登り、皆を驚かせたジュスティーヌなら余裕だろう。
だが、昨日の舞踏会でいきなり攻撃魔法をぶっ放したジュスティーヌは、即近衛騎士に囲まれ、その後は皇妃達と会場を後にしたのだから、さすがに暗器を拾ったりする暇はなかったはず。
ついでに言えば、縄をどうやって調達したのかという問題もある。
屋根伝いにローランの部屋まで行って殺して戻る、だけなら、デキるスーパー公爵令嬢ジュスティーヌならやってやれなくもないが、これが庭まで降りて縄をとってきて再度よじ登ってとなると、時間的に厳しい。
ま、そもそもジュスティーヌに、ローランを殺す動機はありそうにないが──
ラウルが、妙な半笑いを浮かべた。
「妃殿下。名門ブランシュ伯爵家の令嬢が、2階のバルコニーまでよじ登ったというのは、さすがに無理がありませんか?」
ユリアーナとヴェロニカは顔を見合わせた。
カタリナはリリーの姿を思い浮かべた。
ごつくはないものの、しっかり鍛えているユリアーナやジュスティーヌの腕には、上腕二頭筋の影がある。
確か、リリーの腕にはそんな影はかけらもなかった。
カタリナがバルコニーまで雨樋だか縄だかを使って登れるかといえば無理。
リリーだって深窓の令嬢だ。
バルコニーから降りるのならとにかく、登り切るのは難しいだろう。
「でも、わたくし達は、リーゼがクルトの部屋にローブを持っていったことには全然気がついていなかった。
リリーは玄関からそうっと入ってきて、そうっとドアからローランの部屋に入ったのかもしれないじゃない」
「それはリーゼが侍女だからです。
高貴な生まれの方々は、用事がある時以外、雇い人の存在を意識しないようにする癖がある」
ラウルは、長櫃に座ったまま皆を見回した。
「普通に考えれば、バルトロメオ閣下、あなたがローランを殺したのではないですか?」
「ほげええええええ!?」
「暗器はもともとルシカのもの。
閣下ならば、事前に入手することは容易です。
身体能力に優れて、縄の扱いにも慣れていらっしゃるでしょうから、バルコニーからの侵入も問題ない。
しかも、ユリアーナ妃殿下に相談したいことがあるとおっしゃりつつ、サロンに戻られたのはダーリオ先輩の後だったじゃないですか」
ラウルは淡々とバルトロメオを告発した。
「えええええええ!?
俺は傷の跡に軟膏ぬりぬりせなあかんし、髪洗おう思うたら、めっちゃ絡まって往生したからお待たせしてもうたってあん時言うたやん!
ちゅうか、なんでワシがローランはん殺さなあかんの!?
ここに来て、初めて会うた、赤の他人やん!?」
「閣下に動機があるとすれば……」
ジュスティーヌがちらりとカタリナを見た。
げ、とカタリナは声を漏らしてしまった。
「ないからないから! カタリナはんは年は下やけど、姐さんちゅう感じで、そんな畏れ多いこと思うとらんし!」
顔を真っ赤にしながら、バルトロメオは両手を振って全力否定した。
「ちゅうか、これくらいなら縄なんざいらんし」
言うなり、バルトロメオはバルコニーに出て、手すりを握って強度を確かめると、ひょいと身軽に飛び越えて外にぶら下がり、そのままバルコニーの支柱をするすると伝って芝生の上に降りた。
びっくりして、皆、窓際に寄って眺める。
ラウルですら、長櫃から腰を浮かせた。
そして、バルトロメオは、んせんせと支柱をよじ登ると、またひょいと手すりを飛び越えて部屋に戻ってきた。
「「「「「確かに、縄いらんわ!」」」」」
皆の声が、ルシカ弁で揃った。




