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49.あなたの魔力は温かい

「実は、バルトロメオ閣下と妃殿下の様子が気になって……

 窓から外に出て、バルコニーの下をくぐって反対側に行き、撞球室の外からこっそり、中を伺っていました」


「はいいいいいい!? なにそれ!? どゆこと!?」


 バルトロメオがぶったまげる。

 ユリアーナはあっけにとられたまま固まっている。


「その、以前妃殿下と大変親しくされていた紳士が、その……」


 クルトは言い淀んでいる。


「めんどくさいわね。さっさと言いなさいよ!」


 もだもだしているクルトを、カタリナは軽くどついた。


「だから! 閣下は妃殿下のタイプなんだよ!

 なんていうか、大柄で、人懐っこい感じのクマっぽいというか大型犬っぽいというかそんな感じの紳士が!

 相談に乗るとかどうとかいう話をしていた時、妃殿下の様子がいつもとちょっと違っただろ?

 だから、もしかしてそういう気があるんじゃないかと思って」


「ちょっとクルト!? いったいなんの話!?」


 ユリアーナがさすがに真っ赤になる。


 カタリナは、ユリアーナがギュンターを速攻追い返した理由がわかった気がした。


 ユリアーナの子どもたちは、母の華麗なる男性遍歴を許容しているのかもしれないが、多感なお年頃のギュンターに聞かせたくはなかろう。

 ユリアーナの過去のアレコレを知っていて、別に悪いことだと思ってないために、ぽろっとこぼしてしまいそうなクルトと会わせたくないのだ。


「えええと?? クルトはん、ほんまはユリアーナはんの愛人とかなんとかで、自分の立場をワシに奪われるんちゃうか思うて偵察きてたちゅうこと??」


「「いやいやいや!!」」


 クルトとユリアーナは同時にめちゃくちゃ否定した。


「私が心配したのは閣下の方なんです!

 妃殿下は、一時は『親しく』していても、相手が一線を踏み越えると──具体的には結婚したいとか言い出すと、さっと捨ててしまうので」


「あー……」


 イルマが声を漏らして何度も頷き、ユリアーナにギロリと睨まれた。


「なので、さっとシャワーを浴びて、外に出て。

 バルコニーを通れば目立ちますから、バルコニーの下の支柱伝いに撞球室側に出て、窓の外からそっと様子を見ていました。

 少し待っていたら、お二人がいらして。

 5、6分いましたが、まぁまぁ普通に話しているだけだったので、自分の杞憂だったんだと部屋に戻って。

 で、11時になったので、サロンに戻りました」


「ほなら、ユリアーナはんがなんの話をしはったか、覚えとる?」


 クルトは、某国の貴族学院に留学していた王族が、別の国から留学していた令嬢にストーキングをやらかしたのが発覚し、処分をめぐって三国の間でめちゃくちゃ揉めた話を実名つきで語った。


「確かに、その話をいたしました」


 どうにか立ち直ったユリアーナが認め、バルトロメオも「んだんだ」と頷く。


「逆に言えば、そんなことをされていたクルト様は、ローラン卿の部屋に忍び込む余地はなかったということですね」


 ジュスティーヌが確認し、クルトは頷いた。

 ほっとしたリーゼが、くなくなと床の上にへたりこむ。


 カタリナは首を傾げた。


「クルト様は、行きと帰りに、この部屋の下を通ったってことよね?

 なにかおかしなことはなかったの?

 物音を聞いたとか、外に誰かいる気配がしたとか」


「全然。ローランの部屋はカーテンが開きっぱなしで、明るかったのは覚えている」


「縄は?」


「気づかなかった。

 さっきギュンター卿が縄を拾ったあたりは通っていないし」


「10時15分とか20分くらいに出て、40分とか45分とかに戻ってきはったちゅう感じ?」


「時計は見ませんでしたが、そのあたりだったかと」


「犯人、わざわざ鍵をかけとるやん。

 ぱっとこの部屋に入って、ぱっと逃げたんやのうて、この部屋の中でなんやらしよったんやと思うんよ。

 真下の部屋は空き部屋やけど、クルトはんの部屋はこの部屋の斜め下やし、出入りした時になんかしら見聞きしとる可能性、それなりにあるか思うんやけど」


「確かにそうなんですが……」


 クルトは改めて考え込んだが、やがて首を横に振った。

 ふむー、と唸りながら、バルトロメオはちょちょいとジュスティーヌとカタリナを手招きした。


「あんね。ずうっと気になってるんやけど、そっくりさんの双子の片割れが殺されとるちゅうのが引っかかるん。

 弟が兄のふり、兄が弟のふりしても、ワシらころっと騙されそうすぎるやん」


 こそこそとバルトロメオが囁いてくる。


「閣下、聞こえていますよ」


 ラウルが顔を上げて冷たく笑った。


「まさか、私が本当はローランだとでも言うんですか?

 お忘れのようですが、私達は髪の長さが違う。

 取り違えられて気まずい思いをしないように、わざわざ変えているんです。

 それに、魔力がまったく違う。

 魔力循環すれば、すぐにわかることです」


 誰でもどうぞ、と言わんばかりにラウルは長櫃に座ったまま肘を膝に突き、手のひらを上に向けて両手を差し出してみせた。

 残る者は顔を見合わせ、聖皇家側でもルシカ辺境伯側でもない中立的な立場ということで、結局カタリナが進み出て、ラウルと手をつないだ。


 右手から魔力を流し、左手で受け入れる。

 慌てて魔力を絞ったほど、ラウルは「からっぽ」だった。

 魔力を溜める「器」自体はかなり大きい。

 だが、「力」の流れが驚くほどか細い。


 あれほど華麗に魔素を操っていたのが信じられないくらいだ。

 相当な修練を積んだに違いないこの人が、なぜ魔力を失ってしまう運命にあったのだろう。

 残酷にもほどがある。


 カタリナがそっと魔力を流し込んでいくと、かすかにザラついたような感触がほんの少しだけ流れ込んできた。

 これでは、子供が最初に習う初級魔法が発動できるかどうかというところだ。


「レディ・カタリナ。あなたの魔力は温かい」


 眼を伏せたまま、ラウルがぽつりと呟いた。

 カタリナはなにも言えず、ただラウルの手をそっと握った。


「……土の気配が、少し。

 この方は、『紅の塔主』候補、ローラン卿ではありえません」


 振り返って告げると、バルトロメオは色を失ってへどもどと謝りはじめた。


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