4.王宮の舞踏会
数日後、ユリアーナを主賓に迎えた舞踏会が王宮で開かれた。
もちろん、カタリナの父母以下、サン・ラザール公爵家は一族総出で出席する。
ファーストダンスは、アルフォンスとジュスティーヌ。
幼馴染の恋が実った喜びでいっぱいの二人は、いつもにも増して美しく、皆、うっとりと眺めていた。
ユリアーナは、例によって喪色のドレスだが、その左胸には各国から贈られた勲章がびっしりとつけられている。
国を跨いだ合弁事業の調整、魔導師や芸術家の卵の交換留学事業の立ち上げなどなど、社交を通じて成し遂げた業績の証だ。
今回の帰国も、この国の農産物の輸出を強化する目論見があってのことらしく、国王夫妻、宰相ノアルスイユや経済大臣などの重鎮と、優雅に扇を泳がせながら話し込んでいる。
ちなみに、陰口令嬢達の親は、サン・ラザール公爵夫妻が入場した瞬間、挨拶に飛んで来て、あれやこれやとお世辞を言っていた。
せっかくの舞踏会なのに、令嬢たちの姿はない。
先日のやらかしが親バレしたのだろう。
あの雑言、令嬢がぱっと思いつくようなものではなく、普段親が言っていることをつい口走ってしまったようだったけれどと思いつつ、カタリナは生温かくやりとりを眺めた。
婚約者がいないカタリナは、まずはエスコートしてくれた従兄弟のオーギュストと踊り、ユリアーナの愛人かと疑った青年、クルト・ヤーンとも踊った。
クルトは、聖ウィノウ皇国の魔導師。
平民の出だというが、まだ二十一歳なのに、エリート魔導師の組織である聖皇魔導団入りも果たしたという。
そこまで魔力があるのなら、親は平民ということになっていても、どこかの貴族の落し胤の可能性が高い気もするが。
趣味は魔導具開発で、サン・ラザール公爵領の鉱山を見学したいと、今回のユリアーナの旅に同行したそうだ。
穏やかな笑みを含んだ深い青の瞳は、どこか神秘的。
言葉数は少なく、挙措も優美ないわゆる「氷の貴公子」タイプ。
だが見かけより砕けた人柄らしく、ウィノウ語で話しかけると、クルトはあっという間に打ち解けてくれた。
どうもランデール語がおぼつかないので、黙っていただけだったようだ。
曲が終わると、令嬢達がそわそわしながらクルトに近づいてくる。
生まれが平民とはいえ、聖皇魔導団のメンバーなら貴族同等の立場。
伯爵家あたりなら普通に良縁だし、なにしろ美形だ。
カタリナは、令嬢達をクルトに適宜紹介してやった。
クルトと栗毛の伯爵令嬢が踊っているのを眺めながら、友人知人としゃべっていると、アルフォンスが声をかけてきた。
「カタリナ。一曲、つきあってくれるか?」
ちらりと見ると、ジュスティーヌは、ちょうど王妃や王女達とおしゃべりしているようだ。
アルフォンスとしては、ジュスティーヌにくっついていたいだろうが、上位貴族達との交流もしなければならない。
特に、有力な王太子妃候補だったカタリナに対して、王家として含むところは何もないと示す必要がある。
思いを気取られないよう心を鎧ってから、カタリナは「ぜひ」と手を預けた。
ホールの真ん中、無数の魔石をぶら下げた大シャンデリアが燦然と輝く下にするすると進むと、自然、踊っていた者達が遠慮して脇に避けていく。
満座の視線を浴びながら、二人は踊り始めた。
裳裾を長くとったカタリナの真紅のドレスが優雅に広がり、周囲からため息が漏れる。
正直、アルフォンスのダンスはそれほど巧くない。
優秀な教師について、頑張って練習しているのだが、根本的にリズム感がないのだ。
当人もわかっているから、おっかなびっくり踊るところがあった。
だから、アルフォンスと踊る時は気をつけてフォローするようにしていたのに、以前よりもアルフォンスのリードは明らかに良くなっていた。
ジュスティーヌとの恋が成ったことが、自信になっているのか。
自分が報われない恋を抱え込んでいるうちに、これからもアルフォンスはどんどん成長していくのだろう。
ジュスティーヌとともに。
こみ上げてくるせつなさを、カタリナはいかにも晴れやかな笑顔の下に押し込んだ。
「この夏は、大伯母様とウィノウに行くんだって?
お見合い、ということなのかな?」
「さあ? 特に相手が決まっている話でもないみたいで。
いろんな方と引き合わせて、合いそうな方を探すとかなんとか」
気がついたら、なんでかユリアーナに連れられて聖都ウィノウで夏休みを過ごすことになっていたのだ。
領地の館でカタリナを躾け直すつもりだった祖母は不満げだが、ユリアーナの意向には逆らえない。
数日後の出立に間に合わせるべく、公爵家お抱えのお針子達はウィノウ風のドレスを必死で縫っている。
「えええええ……そんな風にいろんな人と会ったら、どんどん目が肥えて、逆に縁遠くなるんじゃないか??」
「そこは母も心配してるみたいですけれど」
なぜそういう話になったのか、よくわかっていないので、おぼつかない答え方しかできない。
なにかにつけて「王太子妃の座を逃した大馬鹿娘」扱いされるのにも飽きてきたから、ほとぼりを冷ますにはちょうど良いのだが。
「ああでも、ウィノウは『恋の都』と呼ばれているくらいだから、素晴らしい紳士と出会って、あっという間に結婚、となるかもしれないな」
大暗黒期が終わった後の再開拓時代に急拡大し、一時は西大陸の4分の1近くを支配していた聖ウィノウ皇国は、後継者争いからあっという間に求心力を失い、諸侯が相次いで独立して、今はこの国の半分もない小国、名ばかりの皇国となっている。
といっても、大聖女がおわす大神殿は健在だし、国家間で揉め事が起きると、聖皇が「大聖女の守護者」として仲裁に入ることも多い。
大聖女とは、各国の神殿を統括する聖女達のトップにして女神フローラの代理人。
もともとウィノウは大聖女の御座所を守るための都なのだ。
だから、外交的見地からすれば、聖ウィノウ皇国は今でも重要国。
西大陸ならどこの国の貴族でも、教養としてウィノウ語が喋れることになっている。
そのため、ウィノウの伝統と文化を学ばせるため、大陸各地の王族や貴族、富裕な平民が子息子女を遊学させることも多い。
さまざまな国から集まった人々が、活発に社交を繰り広げていることで有名なのだ。
カタリナは半笑いした。
「わたくしのような我儘娘を好いてくださる物好きな殿方なんて、ひと夏滞在するくらいじゃ見つかりっこありませんわ」
「なにを言っている。
君は華やかで、とても魅力的じゃないか。
求婚者が殺到して、整理券を配ることになるかもしれないぞ?」
アルフォンスは笑ったが、ふと眉を曇らせた。
「しかし、君が遠い国に嫁いだら、寂しくなるな。
……いや。それは我が儘がすぎるか。
君の良さを大切にしてくれる人に巡りあって、幸せな結婚をするのが一番だ」
改めて、カタリナは悟った。
アルフォンスは、カタリナの気持ちにまったく気づいていない。
でなければ、こんな残酷なことを言えるはずがない。
「どうなることやら」
カタリナは、ことさらに艶やかに微笑んで誤魔化した。
ゆるやかにターンすると、こちらを見ているジュスティーヌが目に入った。
いつものように穏やかな微笑みを浮かべているジュスティーヌだが、その表情がほんのわずか、憂わしげに見える。
やけに親しげに接してくるが、本当のところ、ジュスティーヌはカタリナをどう思っているのだろう。
ジュスティーヌは物静かなたちで、髪や瞳の色、まとう衣装も淡く、はかなげな印象が強い。
舞踏会や式典といった公の場では、派手なカタリナの方が映える。
表には出さなくとも、カタリナが邪魔だと感じているのだろうか。
どっちにしても、今更アルフォンスを盗めやしないし、盗むつもりもないのに、とカタリナは内心毒づいた。
「ああそうだ、ジュスティーヌもウィノウに行くはずだ。
大聖女猊下に謁見が許されたとかで」
「は??」
「ジュスティーヌはよく神殿の魔獣討伐に参加しているだろう?
それで、勲章を貰うことになったんだ」
「えええええええ……」
せっかくだから、アルフォンスのことを忘れて、ウィノウで遊び倒そうと思っていたのに。
どうして恋敵のジュスティーヌも来るのだ。
「どういう予定になるか、まだはっきりしてないらしいが。
もし一緒になることがあったら、助けてやってくれ。
ジュスティーヌは少し、人見知りするところがあるから」
「あ……はい」
カタリナは涙目で頷くほかなかった。
レティシア:今回、私達の出番はこれで終わりなので、途中まで、カタリナ様が誰に行くか大予想!トークをしたいと思います。
ジュリエット:恋愛リアリティ番組のスタジオトーク部分みたいな感じでご覧いただけると嬉しいです! 読者の皆様も、コメント欄にお願いしまっす!
レティシア:って、カタリナ様、既発表作品「公爵令嬢カタリナの計略」で、25歳時点で未婚なのが確定してますけれどね……
ジュリエット:ままま、さりげに世界線がズレてるかもしれないですし! イケメン貴公子の皆さん、頑張ってください!!