48.疑問点が3つございます
ぱん、とユリアーナが手を叩いた。
「とりあえず、誰がどういう風に今夜動いていたのか、整理しましょう。
ジュスティーヌ。リリーが来てから、塔に向かうまででいいのかしら」
「はい。リリー様がいらしたのは、8時半過ぎくらいでしたよね。
そして、皆様がサロンに揃ったのは11時過ぎ」
皆、頷いた。
「わたくしはそのすぐ後に部屋に引き上げて、風呂に入りました。
9時半くらいに上がって、イルマに手伝ってもらって身支度をして。
少し涼んでいたら、カタリナが戻って来たのですけれど。
カタリナ、あなたが戻ってきたのは10時頃だったかしら」
「確かそうよ」
カタリナは頷いた。
リリーを送ったラウルが戻って来た時に、時計を見て慌てた覚えがある。
「あなたが部屋に上がった後、30分?くらいして、ラウル先生がローラン様の部屋の様子を見にいらして。
しばらくして……20分くらい後だったかしら? リリー様を送って行かれて、3、40分くらいで戻っていらした。
そういう流れでいいのかしら」
そんなものだったろうと皆頷いた。
「つまり──
8時半過ぎ:リリーが乗り込んでくる
?8時40分頃:ローランとリリーがローランの部屋で話し合う
?9時頃:ラウルがローランの部屋に向かう
?9時15分頃:ラウルがリリーを送っていく
10時前:ラウルが戻ってくる
以降、各自沐浴に入った、ということでいいかしら。
どなたか、時間をはっきり覚えていらっしゃるとよいのだけれど」
メモをとっていたユリアーナが、読み上げて皆に訊ねた。
あ、とダーリオが手を上げた。
「ラウルがレディ・リリーを送っていったのは9時20分です。
9時半になったら、沐浴に行こうと思っていたので時計を見ました。
で、まだもう少し喋っていてもいいだろうと思ったのですが、そこから盛り上がってしまって」
「じゃあ、9時20分:ラウルがリリーを送っていく、としておきましょう」
ユリアーナがメモを訂正した。
「ここを出た時の、リリー様のご様子は?」
先に部屋に引っ込んだので、その後がわからないジュスティーヌがカタリナに聞いてきた。
「わたくしたちは、サロンのバルコニー側にいたからお顔は見ていないけれど、ふらふらっと歩いていらして、大丈夫かしらと思ったわ」
「ローラン様は?」
「お声だけ。ラウル先生に、リリー様をよろしくとおっしゃったんだったかしら。
でも落ち着いている感じだったわ」
「そう。じゃあ、それからのことはどなたが把握していらっしゃるのかしら」
はい、とユリアーナが手を軽く挙げた。
「わたくしとラウルはサロンで喋っていて。
10時30分前に、沐浴を済ませたダーリオ卿がいらした。
10時30分過ぎに、バルトロメオ閣下。
それで、わたくしと閣下は、撞球室に移って、襲撃犯をルシカ島で裁くにはどうすればよいのか話し合って。
サロンに戻ったのは11時過ぎ。その時はローラン以外、皆揃っていたわよね?」
「妃殿下と叔父上が撞球室に移動された後、私はラウルと茶を飲んでいました。
11時前に、カタリナ様とジュスティーヌ様がイルマを連れて降りていらして、すぐにクルト、ヴェロニカ殿下とリーゼ、最後に妃殿下と叔父上が揃った……という順序だったでしょうか」
ダーリオが皆に確認し、それぞれ頷いた。
「ラウル様がリリー様を送って出られたのが9時20分。
その後は皆様で喋っていて、どなたも席を立っていない。
皆様がバラけたのは、10時前にラウル様が戻っていらしてから。
わたくし達の部屋にはイルマ、ヴェロニカ殿下にはリーゼがついておりましたけれど、ラウル様以外、殿方はそれぞれお一人の時間が30分以上あった、という認識でよろしゅうございますか?」
ジュスティーヌは皆を見回しながら確認した。
つまり、女性陣には互いにアリバイがあるが、男性陣にはないということだ。
バルトロメオ、ダーリオ、クルトはしぶしぶ頷いた。
「加えて、疑問点が3つございます。
(1)ローラン卿は、なにを『嘘だ』と伝えたかったのか
(2)なぜ、普段鍵がかかっていない部屋に、鍵がかかっていたのか
(3)縄が部屋の出入りに使われたとして、どうしてすぐわかるところに放り出されていたのか
ほかにも、クッションの消失など確認したい点はございますけれど、まずこの3つが、わたくしひっかかります」
カタリナは首を傾げた。
「(1)についてだけれど。パッと見、外から賊が来て、そのへんの縄を使って部屋に侵入し、ローラン様を殺めて、発見が遅れるように中から鍵をかけて逃げた、ということになるわよね。
そうじゃない、ってローラン様は言いたかったってことなのかしら?」
「そこが腑に落ちないのよ。
結界があるのだから、そんなことができたはずはないって、お互いわかっているのに」
ジュスティーヌは考え込む。
「あ、あの……」
リーゼが視線を泳がせながら、声を上げた。
「申し上げなければならないことがございます。
私、10時半前、ヴェロニカ殿下のお支度の合間に、クルト様のお部屋にローブをお届けにあがったのです。
午前中、ローブをお召しになった時に裾がほつれておりましたので、お預かりして直しましたのに、お渡しそびれていたのを思い出して。
クルト様はいらっしゃらなかったので、ソファに置いて、殿下のお部屋に戻りました」
「「「「は!?」」」」
皆、あっけに取られた。
「リーゼ! あなた自分がなにを言っているのかわかっているの!?」
ユリアーナが悲鳴を上げる。
「ユリアーナ様、本当に申し訳ありません。
お優しいクルト様が、こんな恐ろしいことをなさったとは私、まったく考えておりません。
ですが、ローラン様はテレジア猊下の大切な甥御様。
確かめなければ、猊下に申し訳が立ちません」
リーゼは勇気を振り絞って、クルトに目を合わせた。
「クルト様、あの時、一体どこにいらっしゃったのですか?」
クルトは視線をそらして、薄っすらと笑みを浮かべた。
「シャワーを浴びていたから聞こえなかったとか……」
ダーリオがフォローしようとしたが、途中で言葉が途切れた。
ちょうどシャワーを浴びていて、リーゼの声が聞こえなかったのなら、シャワーの音がリーゼに聞こえたはずだ。
クルトは黙り込んだままだ。
「クルト様。ご説明いただけなければ、あなたがローラン卿を殺めたことになりますが」
ジュスティーヌが静かな声で促した。
「違う。そんなことはしていない」
クルトは首を横に振った。
ユリアーナは真っ青で、今にも倒れそうだ。
「クルト様! ちゃんとおっしゃって!」
カタリナが強く声をかけると、クルトは深々とため息をついて視線を落とした。




