表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

48/60

47.ちゅうことは、犯人が持ってったん??

「ギュンター!? どうしてこんな時に来たの!?」


 手すりから身を乗り出してカタリナは叫んだ。


「ギュンターですって!?」


 ユリアーナが慌てて出てきて、確かにギュンターだと認めると、軽くのけぞった。


「館から見学していたら、『炎鳳』の魔法陣がおかしかったので、お祖母様やカタリナが心配になって、近くまで様子を見に来たんです。

 そうしたら、この馬が、行くか戻るか迷っているように浜辺をうろうろしていて。

 鞍を見たらリリーの馬だし、塔の厩から勝手に出てきてしまったのかなと乗ってきたんですが」


 反応が思っていたのとは違っていたのか、おろっとしながらギュンターは説明した。

 春に「紅の塔」を訪れたと言っていたから、その時に魔導紋を登録していたのだろう。

 外側のフェンスは陸にしか設置されていないので、潮の満ち引きが大きくなる時にだけ現れる砂浜を抜ければ、結界を越えられる。


「リリーの馬が?

 ラウル! あなた、リリーをブランシュ伯爵家まで送っていかなかったの!?」


 ユリアーナは振り返って、ドアの脇の長櫃でうなだれたままのラウルを問いただした。


「いいえ。その……伯爵家の近くまで行った時に、ここでよいと言われて」


「婚約解消で揉めているのに、どうしてそんなことを!

 一人にしたら、ふらふらっと良からぬ気を起こすかもと考えなかったの!?」


「だから、リリーはもう落ち着いていたんです。

 それに私が伯爵家に顔を出せば、また揉め事になる」


 ラウルは困惑しながら説明する。


「まったくもう……なんてこと。リリーはどこに行ってしまったのかしら。

 人を出して探させるにしても、テレジアの世話で皆いっぱいいっぱいだろうし」


 ユリアーナは、ぱしぱしと自分の手のひらを扇で叩きながらイライラと考え込んでいる。


 ジャーヴィスが「お許しいただければ、私が手すきの者とあたりを見てきます」と申し出て、ユリアーナがそれでいいかとヴェロニカに訊ねた。

 ヴェロニカが頷いて、すぐにジャーヴィスがラウルにリリーと別れた場所を訊ね、足早に部屋を出ていく。


「ギュンター、馬はとりあえずそのへんにつないで、こっちに来なさいよ。

 なんていうか、大変なことになっているんだけど」


「あ、ああ」


 カタリナが声をかけると、戸惑いながらギュンターは馬を降り、手近な柵に手綱をからめた。


「って、なんだこれ!?」


 玄関の方に向かおうとしてなにかに足を取られたのか、わたわたとよくわからない動きをしている。

 すぐにギュンターは草むらからなにか拾い上げた。


「縄だ。結構長いな」


「縄!? ちょっとそれ、持ってきて!」


 カタリナはギュンターに頼んで、部屋に戻った。


 ジュスティーヌは、粛々と書き物机のあたりを確認している。


 机は作り付けのもので、かなり幅があり奥行きも深い。

 机周辺の壁には本棚が何段もあるが、大学の教科書が雑に並んでいるくらいで、後は製図台の上に、なにか魔法陣の図を描いた大判の紙が広げられているだけだ。


 カタリナは少し意外な気がした。

 魔法オタクの下の兄の部屋なんて、机も本棚も魔導書で埋もれ、床の上にも積まれて酷いことになっているのに。


 ゴミ箱には丸めた紙が何枚か入っており、広げてみるとブランシュ伯爵に出した婚約解消の手紙の書き損じだった。


 続いて、ジュスティーヌはクローゼットの引き戸を開けた。


 魔導師の正装であるローブも何種類かかかっているが、夜会服やら乗馬服やらでぎゅうぎゅうだ。

 特に靴は、今年流行し始めた、先をやたら尖らせたデザインのものが10足以上並んでいた。

 高級素材である魔獣の革を用いたものも多い。

 きっと、ブランシュ伯爵家に買わせたものなのだろう。

 隅には、初等用の魔導書や辞書、ポロの道具などガラクタが雑に積んである。


 小引き出しをジュスティーヌが開くと、Rと百合を組み合わせた刺繍をしたハンカチが何十枚も綺麗に畳まれていて、カタリナは目をそらした。

 これだけローランのために刺繍をしたリリーの思いもさることながら、ローランはリリーが刺繍したハンカチを大切に扱っていたのがうかがえる。

 ハンカチを使い捨てにする者だっているのに、これだけたくさん残っているのだ。

 どうして婚約解消だのなんだのという話になってしまったのだろう。


 後は、扉の脇の長櫃だが、ラウルが座ったままなので、勝手に検分するわけにもいかない。

 長櫃は船旅用のもので、長さは1m半、高さと奥行きは50cmくらいある大きなもの。

 深緑に塗られているが、だいぶ色褪せている。

 ラウルのローブの背に入っている家紋が側面に入っていた。

 兄弟がこの塔に移ってきた時に、実家から持ち込んだものだろうか。


「カタリナ、縄を持ってきたぞ」


 飛び込んできたギュンターは、部屋の中に知らない人がたくさんいるのに気づいて、びっくりして固まった。


「わたくしの孫のギュンターです」


 ユリアーナが皆に一言で紹介し、中を見せまいとするように廊下に押し出した。


「ギュンター、ローランが亡くなってしまったの」


「え!? それで、炎鳳がおかしかったんですか!?」


「いえ、それとは別。

 そのことも大変なのだけど、夕食の後、リリーがここに来て、すぐに帰ったの。

 でも、リリーの馬が外にいたっていうことは、伯爵家に戻っていないのかもしれない」


「えっと……じゃあ、彼女は一体どこに?」


 ギュンターは見るからに混乱している。


「それがわからないのよ。

 ギュンター、お願い。あの馬でブランシュ伯爵家に行って、リリーが帰っているかどうか確かめて頂戴。

 まだ帰っていなかったら早急に探すように伝えて、無事に帰っていたら馬が迷っていたので届けに来たことだけ言って、館に戻って」


「伯爵家の返答を、こちらに知らせに来なくていいんですか?」


「大丈夫。もし帰っていなかったら、伯爵家から誰かこちらに来るでしょうし」


「わかりました、お祖母様。行ってきます」


 戸惑いながらも、とにかくリリーの安否を確認するのが先だとギュンターは判断したようだ。


「気をつけて」


 ギュンターは頷くと、「これをカタリナに」と縄を渡して、足早に降りていった。


「大伯母様、縄を見せていただけますか?」


 カタリナは進み出て、雑に束ねられた縄をジュスティーヌと一緒に受け取った。


「かなり長いわね」


 ジュスティーヌは縄の端を持って両手で広げ、また両手で広げては巻き取って、長さを確かめた。

 両手を広げた長さは、だいたい身長と同じ。

 ジュスティーヌは5回両手を広げ、余りもかなりあったので10メートル弱はある、という結論になった。

 二階のバルコニーから降りるのなら十分だ。


 ジュスティーヌは、顔を寄せて縄を観察しはじめた。

 クルトも寄ってきて、ジュスティーヌと一緒にチェックする。


「土の匂いがします」


 クンクンと匂いまで嗅いで、ジュスティーヌは呟いた。


「庭で使われていた縄かもしれない。

 花壇の仕切りとか」


 だとしたら、この結界内にいた者なら、庭に出れば誰でも取ってこれたはずだ。


「あ〜の〜……ワシら暇やし、リリーはん探しに行こうか思うんやけど、ええでしょうか?」


 バルトロメオが、ひょいと身体を横に曲げて視界に入ってくる、あざとかわいい仕草つきで訊ねてきた。


「ああ、すみません。

 皆様が今夜、どういう風に動かれたか、整理してからでもよろしいですか?」


 ジュスティーヌが微笑みながら言う。


「さいですか。

 ほならちょっと早回しで……どうも厭な予感がするんですわ。

 なーんや後ろ首がチリチリしよるん」


 バルトロメオは不安げに視線を泳がせる。


「あら? ソファのクッションが一つ足りなくない?」


 ふと、カタリナは、ローランが横たわっていた三人がけのソファに2つしかクッションがないことに気がついた。

 残っている2つのサイズは同じで、ソファの背もたれに合わせたものだ。


「あ! そうですね。3つ並んでいたはずです。

 どうしたんでしょう」


 リーゼが声を上げる。


「いつなくなったのかしら」


「いえ……昼に入った時は、気が付きませんでした。

 寝台の方にございませんか?」


 さっとダーリオが寝台の周囲を確認した。

 書き物机の椅子に戻っていたユリアーナも、机の下をチェックする。

 ジュスティーヌがさっとクローゼットを開き、カタリナは念の為バスルームをもう一度見たが、やはりクッションはなかった。


「ちゅうことは、犯人が持ってったん??」


「なんでそんなことをするんです?」


 バルトロメオとダーリオがこそこそ話している。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ