45.ダイイング・メッセージ
「ダーリオ卿。ソファの下、そちら側になにか落ちているようですわ」
床の上に身をかがめてソファの下まで見ていたジュスティーヌが、声を上げた。
ダーリオが慌てて覗き込み、ポケットからハンカチを取り出すと、そっと包んで引き出す。
「あ!? まさか」
ダーリオは、立ち上がりながら皆に見せた。
銀色に光る、真ん中に溝を掘った小さな両刃のナイフ。
柄には、ひび割れて光を失った漆黒の魔石が嵌っている。
魔石が割れているということは、使用済みということだ。
「外道イカの魔石を組み込んだ暗器です。
傷そのものではなく、この毒で亡くなったかと。
外道イカの毒は呼吸を阻害しますから、窒息死という見立てとも一致します」
「え!? そんじゃ昨日の賊のアレ!?
なななななんでこんなところに!?
まさか、賊が忍び込んで、ワシらと間違うて、ローランはんにあかんことしたん!?」
「いやいやいやいや。どうやったら閣下やダーリオ先輩と、ローランを間違えるんですか。
顔も体格も全然違うし、髪の色だけでも間違えようがないでしょう」
わたわたするバルトロメオに、クルトが無の表情で突っ込んだ。
「あ、そっか」と、バルトロメオはぐりんぐりんの長いピンク髪をひねくる。
「それに、ここは結界がございますから。
外部の侵入者は考えなくてもよろしいかと。
ところでダーリオ卿、ローラン卿のお身体の下に、他にもなにか残されているかもしれません。
お身体の向きを変えて、確認していただけますか」
ジュスティーヌがダーリオに頼んだ。
ダーリオがそっと遺体を動かすと、ソファの背側からくしゃくしゃになって血に染まったハンカチが出てくる。
ジュスティーヌは素早く、ソファの隙間もチェックした。
隙間には、特になにも残っていないようだ。
「このハンカチは、血止めに使ったんだろうか。
あ? 縫い取りが入っている」
ダーリオは、ハンカチを広げてみせた。
隅に、大文字のRに百合の花が絡んだ文様が刺繍されている。
「あー……それは、リリーが刺繍をして、ローランに贈ったものです」
クルトがせつなげに呟く。
二人の仲が良かったころの遺物ということか。
そっか、とダーリオがローランの身体を元に戻そうとして、手を止めた。
「なんだろう、指がクロスしたままになっている。
死ねば筋肉は弛緩するし、普通はほどけてしまうだろうに」
見ると、右の中指が人差し指に上からがっちり絡んでいる。
ダーリオは慌てて左手も確認した。
そちらも同じだ。
「島じゃ、このポーズは『今、ワシは嘘ついとるでー』っていう意味じゃけど。
くいくいしながら、『ワシはウィノウで氷の貴公子言われてめっちゃモテモテやでー』とかネタにする的なアレで。
ほかには、思い当たる意味はないがの」
バルトロメオが、同じように指をクロスさせて、顔の横でくいくいっと動かしてみせる。
「ウィノウでもそうです」
「ランデールでもです」
皆、顔を見合わせた。
ローランの手首や指に触れながら、ダーリオは首を捻る。
「指の、この部分だけ硬化してる。
もしかしたら、意識を失う寸前に、ローランが魔力で硬化させたのかな」
「ええと、死後硬直?ではないのですか?」
カタリナは訊ねた。
確か、推理小説好きのノアルスイユが、死体は時間が経つと硬くなっていくので、それで死亡推定時刻が割り出せるのだとかなんとか言っていた気がする。
「死後硬直は内臓や首から始まるので、手足の指が硬直するのは最後です。
ローランの手首や肘は、まだ硬直していません」
皆、戸惑ったように顔を見合わせた。
「ローランはんは亡くなる寸前に、これは嘘やぞっつうポーズをわざわざして、自分が死んでもちゃんとそのまま残るようにしはったちゅうことか。
魔法で死んだふりしとるだけで、ほんまは生きとるとかじゃないよね?」
「残念ながら、それはありません」
ダーリオが首を横に振る。
いかにも慎ましやかに眼を伏せていたジュスティーヌが、ふっと眼を上げた。
「皆様に、ご提案があります」
なんぞ? と一同、ジュスティーヌに注目した。
「ローラン卿は急性魔力障害によって亡くなられたことにするとしても、わたくし達の間では、なぜローラン卿が亡くなられたのか、明確な答えが必要ではありませんか?
でないと、時が過ぎ、自分は無実であると証だてられなくなってから、実はローラン卿の殺人者であると告発されて、結局、国が不利益を被ることもありえます」
ジュスティーヌは、一人一人と眼を合わせながら言う。
そう言われれば、そうだ。
ユリアーナはローデオン先代大公妃。
ヴェロニカはウィノウ皇女。
バルトロメオはルシカ辺境伯。
クルトは紅の塔主になる可能性が高く、ジュスティーヌ自身は未来のランデール王妃だ。
いずれも君主の一族か、またはそれに準ずる者。
政治的な存在であり、国の威信を背負う立場だ。
ああ、とユリアーナが嘆息した。
「そうね。後になってから、ローラン殺害犯と指弾されるリスクは潰しておくべきだわ。
ジュスティーヌ。王太子妃教育は順調なようね」
「ありがとうございます」
ジュスティーヌは、ユリアーナにしとやかに頭を下げた。
そんな可能性など思いもよらなかったカタリナは眼をそらす。
「えとえと?? 要は、ワシらで探偵して、犯人突き止めなあかんちゅうこと?」
バルトロメオが首をひねりながら訊ねる。
「突き止められるかどうかはわかりませんが。
少なくとも、なにが起きたのかできる限り把握すべきかと」
「しかし、もし話し合っているうちに犯人が判明して……
たとえば私達の中に犯人がいたら、どうするんですか?」
クルトが戸惑いながら問うた。
「署名入りの供述書をいただければ、後はその方の好きになさればよい、と思います。
少なくともわたくしは、他人様を裁く立場ではございませんから」
カタリナはぎょっとした。
侍女や従僕、外部の者ならば、当然警察に突き出すという話になるはず。
ジュスティーヌは、自分たちの中に犯人がいると思っているのだ。
だが、よく考えてみれば、その可能性は高い。
登録していない者を弾く結界がある以上、外部から賊の侵入があったとは考えにくい。
しかし昨夜の賊が持っていた暗器でローランは殺されているのだから、犯人は舞踏会で、この暗器を入手したのではないか。
となると、今ここにいる者だと、バルトロメオ、ダーリオ、ヴェロニカ、ユリアーナ、クルト、ジュスティーヌ、カタリナ、そしてイルマ。
出席していないラウルとリーゼ、従僕が暗器を入手するとしたら、実は賊とつながりがあるとかそういう裏がなければならない。
四塔は、ウィノウの宝。
ここに仕えているのは身元の確かな者だろうし、容易に買収されたりしないよう策を講じているはずだ。
「まずは、部屋の中に不審なものがないか、あるはずの物がなくなっていないか、犯人の痕跡がないか確認いたしましょう」
「そうですね。
ラウル、この部屋を少し調べます。
それで、いいかしら」
ヴェロニカが意を決したように頷き、ラウルにそっと話しかけた。
「仕方ありません。
ただ、せめてローランの顔に、覆いをかけていただければ」
「すまない。気が付かなかった」
慌ててダーリオが自分のハンカチを引っ張り出し、ローランの顔にかけた。
推理小説好きのノアルスイユ「ミステリ好きの読者様におかれましては、某超有名作を思い出された方もいらっしゃると思いますが、ここは一つ、オマージュということでででで…もちろん、某作品とはまったく異なる解が提示されます」(びゃっとお辞儀)




