43.ドアを破りましょう
バルトロメオは「足元全然見えん〜怖い〜」と泣き言を言いつつ、よいせ、よいせと声に出してリズムを取りながら、慎重に地下まで降りていった。
途中、知らせを受けた執事や従僕が迎えに来たが、あわあわと見守ることしかできない。
地下まで降りると、サロンと逆側の扉から階段を上がり、塔主棟に入る。
塔主棟は客室棟と違い、宮殿のようにごてごてと飾られていた。
雇い人達が右往左往している一階の奥、テレジアの私室にバルトロメオは誘導され、大量の魔石を転がした寝台に、テレジアの巨体をどうにか横たえた。
ユリアーナとラウルが左右からテレジアの手を握り、呼びかけるが反応はない。
下働きが身体を温めるためか大量の湯を持ってきて、侍女達が、後はわたくし達がお世話いたしますと宣言し、おろおろするだけのカタリナ達は追い出された。
魔力枯渇は、魔石があるなら魔石で魔力を吸えるだけ吸って、とにかく休養をとる以外、対応策はない。
後は当人の気力体力次第だ。
まさかこれで亡くなるということもないだろうが、あの様子はただ事ではなかった。
皆、暗い顔をしたまま、三々五々、地下の通路をサロンに向かっていたところ──
不意に、ユリアーナが、あ!と声を上げた。
「そうだ、ローラン!
ローランはどこ!?
あのバカがちゃんと回路を確認していなかったから、こんなことになったんじゃないの!?
テレジアをあんな目に遭わせて……許さないわ!」
先を歩いていた者を追い抜いて、小走りに急ぐ。
あまりの剣幕に、皆慌てて後を追った。
ラウルは真っ青だ。
「リーゼ! ローランは!?」
サロンの入口で、リーゼがおろおろしていた。
「それが、何度ノックしてもお返事がなく、ドアに鍵がかかっておりまして」
「は? まだ寝てるのあのバカ!?
鍵はどうしたの! マスターキーがあるはずでしょ!?」
「マスターキーは、普段、客室棟の執事が身につけているのですが、今日は他出しておりまして。
鍵の置き場には、見当たらないんです。
執事の部屋には鍵がかかっていて入れませんし。
庭からローラン様のお部屋を見ると、窓が開いていて、明かりもついているようなんですが」
「なにを悠長なことをやっているの!」
ユリアーナはリーゼを突き除けるようにして、二階へと駆け上がった。
玄関側から上がってすぐがラウルの部屋、その隣がローランの部屋だ。
イルマがその後を追い、つられて皆も二階へ上がる。
サロン付きの従僕もついてきた。
ユリアーナは、声もかけずにいきなりドアノブを回そうとしたが、やはり鍵がかかっているようだ。
ドンドンドンドン、とユリアーナはドアを思いっきり連打する。
「ローラン! 出てきなさい!」
叫んでおいて、ドアに耳をつけ、中の様子をうかがう。
「……いないのかしら」
反応がないらしい。
皆、顔を見合わせた。
疲れて寝落ちしてしまったにしてもおかしい。
「そもそも、ローランは部屋にいる時も、外に出る時も、ほとんど鍵をかけていないはずです。
どうせ掃除係が入りますから」
ラウルが戸惑いながら言い、クルトも頷いた。
「そうなの? そうだ、あなたがリリーを送って行った時は?」
問われて、ラウルは首を捻ってその時の流れを思い出そうとした。
「いや、かけていないと思います。
鍵が回る音がしたら、不審に思ったでしょうし」
なんだろう、妙な話だ。
重要な行事に立ち会わず、普段かけてない鍵をかけて、部屋に閉じこもっている──
まず思いつくのは、自死だ。
テレジアが塔の魔法陣を起動しきれなかったのは、おそらく昼にローランが十分な魔力を通しておかなかったせいだろう。
魔法陣の展開がおかしかったのは、他の塔や宮殿からも見えただろうし、テレジアを危険に晒したわけだから、責任を問われて塔主候補を降ろされることも十分考えられる。
そこで絶望して──と考えて、カタリナは首を傾げた。
ローランが自分が失敗したことに気づいていたのなら、事前にテレジアに報告したはずだ。
最悪、塔の暴発までありえる事案なのだし。
ちゃんと報告すれば、クルトが調整しなおすなど適宜対応しただろう。
テレジアはローランをいきなり放り出したりしないだろうし、そのうち挽回するチャンスだってくれたのではないか。
なにしろ伯母と甥なのだ。
なにも告げずに死ぬ必要はまったくない。
それとも、どこかに出かけてしまったのか。
たとえば、家に帰ったリリーを追って、ブランシュ伯爵家に向かったとか。
しかし、よりによってこのタイミングで行くはずがない。
クルトが扉の前に腰をかがめて、鍵のあたりを覗き込んだ。
「やっぱり、ボルトが刺さっている。
鍵穴も塞がっているみたいだ」
「こうしていても埒が明かない。
ドアを破りましょう」
脇からダーリオが言う。
クルトが頷いて、皆に下がるように手ぶりで示した。
クルト自身も縦格子に背をつけるようにしてドアから距離を取り、右の手のひらをドアノブのあたりに突き出し、「風の剣」と唱える。
ごく小さな緑色の魔法陣が一瞬光った、と思ったら、スパンと音がした。
ドアのわずかな隙間から、デッドボルトだけを切り落としたようだ。
ユリアーナがノブを左手で掴んで引くと、ドアは普通に開いた。
挿さったままの鍵からぶら下がっている、キーリングが揺れて小さな音を立てる。
「え?」
部屋に入ろうとしたユリアーナが立ちすくんだ。
脇からのぞきこんだリーゼが、甲高い悲鳴を上げる。
「紅の塔」塔主候補、ローラン・ルトワ卿は、白いシャツ姿で部屋の中央に置かれたソファに仰向けに横たわっていた。
その左の胸元には血が滲んでおり、片腕はだらりと床の上に垂れたまま。
リーゼの悲鳴にもぴくりとも動かない。
そして、赤黒く鬱血した、眼を閉じたままの顔を見れば──
彼が死んでいることは、誰の眼にも明らかだった。




