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42.「行け(ア・レ)!」

「ラウル、頼む! 魔素を操って欠けをつないでくれ!」


 クルトがラウルに叫んだ


「わ、私が?」


 跳ね飛ばされたまま、呆然と見守っていたラウルが呟く。


「こっちは魔法陣を支えるので精一杯だッ

 魔力操作は、いつだって君が一番だったじゃないか!」


 ラウルはふらりと立ち上がり、両手を掲げた。


 細い、長い指を虚空に差し伸べ、ゆったりと腕を泳がせていく。

 優美な動きは、まるで指揮者のよう。


 魔素が、その動きに応じて、流れを作り始めた。

 細く、細く、か細く。

 巨大な炎鳳の魔法陣、そして皆が出したそれぞれの魔法陣の間で、暴風のように乱れる魔素の間を縫い、大きくくねりながら、金色のごくごく細いきらめきがふわりふわりと伸びていく。


 体内の魔力を操ることは、そう難しくはない。

 体内の魔力を使って流れを作れば、身体の外の魔素を操ることもそれなりにできる。

 だが、体内の魔力がほぼ枯れたというラウルが、身体の外にある魔素をここまで操れるのかとカタリナは眼をみはった。


 やがて、きらめきは、ちぎれた端にすうっとたどり着いたかと思うと、もう一方の端との間を一瞬で結んだ。

 欠落が埋められた途端、5本の矢羽根すべてがピンと伸び、魔法陣全体がカッと強く輝いた。

 力尽きたように、ラウルがへたりこむ。


行け(ア・レ)!」


 片膝を突き、杖にすがりついたままのテレジアが絶叫する。


 魔法陣から、緋色の光の塊が眼にも止まらない速さで向こう側へ飛び出した。


 炎鳳だ。


 巨大な火の鳥、炎鳳があっという間に大神殿の上空に到達して舞い始めた。


 広げた翼は、大神殿を包み込めそうなほど。

 頭の後ろから、金色の長い冠羽が何本も伸び、夜空にそよいでいる。


 その神々しさに、カタリナは、口をぽかんと開いたまま見つめるしかなかった。

 炎鳳の魔法陣は安定し、炎鳳の動きに応じて、右に左にくるくるっと回転している。

 もう大丈夫だとクルトが自分の魔法陣を消し、皆も消した。


 炎鳳より一回り小さい、蒼、翠、黄の鳳も合流し、四色の鳳凰は互いに鳴き交わし、戯れあう。

 旧市街の歓声が、風に乗ってかすかに聞こえた。


「クルト。杖を、」


 テレジアがクルトを呼んだ。

 杖にすがりつくようにしてしゃがみこんでいるテレジアを支えながら、クルトは杖を握る。


あなたが(ヴィ・アヴァス・)杖を持つ(バストノン)


 肩で息をしながら、テレジアは杖の権限をクルトに渡した。


わたしは(ミ・アヴァス・)杖を持つ(バストノン)


 クルトが宣言を受け、師弟は二人、力を合わせながら、この世のものとは思えないほど美しい炎の鳥を操る。

 テレジアが立ち上がろうともがき、慌てて脇からバルトロメオが駆け寄って支えた。


「こんなきれかもん、生まれて初めて見ました」


 バルトロメオが言うと、血の気が失せた顔に脂汗を滴らせたテレジアは、それでも花開くように笑った。


 炎鳳が先導して、四鳳は大神殿の上空から、外へ螺旋を描くようにゆったりと旋回しはじめた。

 宮殿の外を巡り、旧市街を二周して、さらに大きく、四つの塔を結ぶ軌道に入る。


 やがて、紅の塔の上空に炎鳳がやってきた。


 真下から見上げると、首が竦んでしまうほどの巨大さだ。

 炎の羽根から、きらきらと、紅と金の光の粒が降り注いでくる。


 手を差し伸べても、触れる前に光ははかなく消えてゆく。

 だが、それらひとつひとつがカタリナの心に残像を積もらせてゆく。


 無限に舞い散る光は、まるで女神の祝福のよう。


 人の歴史を幾度も塗りつぶそうとしてきた、魔獣襲来が頻発する大暗黒期。

 その地獄を生き延びるために、人は魔法を生み出し、協力し競い合って発展させてきた。

 この塔も、「炎鳳」も魔導技術の極みの一つ。

 人々が、どんな状況でも諦めず、未来を信じて歩みを止めなかったからこそ生まれた成果。


 連綿と続く人と人とのいとなみの結晶は、こんなにも美しく、尊いのか。


 気がついたら、炎鳳を見上げるカタリナの頬には涙が伝っていた。

 ジュスティーヌは跪き、祈りを捧げている。


 そして、翠鳳、蒼鳳、黄鳳が通り過ぎ、ぐるりと巡って四鳳は大神殿の上空へもつれ合いながら戻っていった。


「「天へ(イル・ア・ラ・シエロ)!」」


 テレジアとクルトが声を合わせ、四鳳は互いに競い合うように高く高く空を駆け上がり──

 最後に真昼かと思うほど強い閃光を残し、ウィノウの街を浮かび上がらせて消えた。


 光が消え、月のない星空に戻ったのは一瞬。

 同時に大神殿、宮殿からどーんと魔導花火が上がる。

 それに答えるように、あちこちのパラッツォからも魔導花火が上がり始めた。

 闇を打ち払うため、夜明けまで続く光の饗宴の始まりだ。


 だが、「炎鳳」が消えた途端、テレジアはぐたりと意識を失った。

 バルトロメオが咄嗟に抱き支えるが、顔色は真っ白だ。

 身体がびくんびくんと痙攣し、閉じた眼の端から血が流れ始める。


「テレジア!?」


「猊下!」


 ユリアーナと侍女達が駆け寄り、ラウルが脈をとる。


「まずい、魔石を!」


 侍女が魔石を袋から掴みだし、テレジアの首元にあてがうが、魔石はすぐに光を失ってしまう。

 次々と魔石はあてがわれるが、まるで足りない。


「ここでは無理です!

 猊下のお部屋にお連れしなければ」


 緋色のローブをまとった侍女が、おろおろとあたりを見回した。

 といっても、担架もなにも準備がない。


「畏れ多いことじゃが、ワシが担いで降ろしましょう。

 お姫様だっこは無理やけど、肩に担いで下ろすんなら、なんとかなる」


 バルトロメオが申し出た。


「それが一番早い。お願いします」


 クルトが頷く。


「でも、ここの階段、危いわ」


 ユリアーナが声を上げた。

 手ぶらのカタリナでも、上がるのならまだいいが、下りはちょっと怖いなと思ったくらい、急な階段だ。


「わたくし達が先行して、閣下のまわりを照らし、万一に備えて防御結界の用意もしましょう。

 もし転んでも、ある程度はお支えできるはずです」


 ジュスティーヌが言い、それで行こうということになった。

 少しでも軽くしようと侍女がテレジアのマントや装飾を外し、クルト、ラウルが助けて、跪いたバルトロメオの右肩にテレジアの身体を乗せる。

 右腕で、テレジアの膝裏あたりを支え、バルトロメオは、気合声をかけて片足づつ立ち上がった。

 バルトロメオは巨体だが、テレジアも体重は百キロ近くある。


「ッ……ととと……」


 バルトロメオはたたらを踏んだが、なんとか持ち直して、大丈夫だと頷いてみせた。


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