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3.あなた、好きな人がいるんでしょう

 二人きりになると、ユリアーナは、自分が座っているソファの空いているところを扇で指した。

 なるべく離れて浅く腰掛ける。


 ユリアーナはずいっと身を乗り出して、改めてカタリナの顔をしげしげと見た。

 ふふっといたずらっぽい笑みが浮かぶ。


「あなた、好きな人がいるんでしょう」


「ふぁああああああああ!?」


 不意打ちをくらったカタリナは、思わず奇声を挙げてのけぞった。


「小理屈をこね回していたけれど。

 要は王太子妃になりたくない、けれどその理由を家族にも言えないということなら、十中八九、よそにお慕いする方がいるってことじゃない。

 誰なの? キリキリ白状なさい!」


「そそそんな人、いいいいいいるわけがないじゃないですか大伯母様!?」


「そんな、耳まで真っ赤にして『いるわけがない』なんて。

 一体誰が信じるの」


 カタリナは、反射的にびゃっと自分の耳を隠した。

 にんまりと笑みを浮かべたユリアーナは、さらにカタリナに迫る。


「学院の生徒? 親戚の誰か? 支族の者?

 まさか手近な護衛や執事じゃないでしょうね?」


「違います!!」


 カタリナは必死にぶるぶると首を横に振る。

 ユリアーナは傍のテーブルに置いてあった書類挟みを取った。


 学院の男子生徒や、未婚の若い男性貴族の名を、ユリアーナはつらつらと挙げた。

 ノアルスイユや従兄弟のオーギュスト、ジュスティーヌの義弟のドニの名も挙がる。

 どうやら、カタリナの嫁ぎ先を検討し直すための資料のようだ。


 カタリナは違う違うと全力で否定し続けるしかない。

 ノアルスイユはジュリエットに恋をしているし、オーギュストは血が近すぎる上にチャラいし、ドニはジュスティーヌが好きすぎる腹黒ショタ。

 皆、顔はいいが、結婚するのはゴメンだ。


 ふと、ユリアーナは真顔に戻って、カタリナの顔を覗き込んできた。


「わたくしが、せっかくサン・ラザールの娘が堂々と王家に嫁げるようにしたのに、あなたは逃げた。

 あなたは、わたくしには本当のことを説明する義務がある。違う?」


 思わずカタリナは、息を引いた。


 鉱山事業で王国に貢献し続け、サン・ラザール家は、侯爵までは順調に出世した。

 だが、公爵となると、国の危急存亡を救うくらいのことがなければ陞爵しょうしゃくすることはできない。

 経済的には筆頭公爵家を凌ぐほどになっても、きっかけがなければ侯爵のままだ。


 同じ上位貴族であっても、準王族という扱いになる公爵とそうではない侯爵の差は大きい。

 この国だけでなく、近隣国でも、侯爵家の娘が王妃になったことはない。

 王弟の娘など傍系王族ならば侯爵家への降嫁もあるが──実際、ユリアーナの母、カタリナの曾祖母は傍系王族だ──直系の王女が降嫁した例もない。


 さらに権勢を伸ばしていくには、自他国の王家・皇家とのつながりを深めなければならない。

 だがそれは公爵家にならなければ難しい──という手詰まりを打開したのがユリアーナなのだ。


 ユリアーナが15歳の時、当時21歳だった先代ローデオン大公アルブレヒトが、数カ国を巡る親善訪問の一環としてこの国を訪れた。

 舞踏会で初めて顔を合わせた2人は、挨拶もそこそこにひたと見つめあいながら立て続けに四曲も踊り、異例の展開にざわつく観衆の前で、アルブレヒトはそのまま跪いてユリアーナに結婚を乞うた。


 ユリアーナはその場で求婚を受けたが、自分と結婚するのなら側妃は娶らないでほしいと願った。


 大暗黒時代以前から連綿と続くローデオン大公国には、側妃制度がある。

 正妃の子でも側妃の子でも、兄弟のうちでもっとも魔力が強い者が次の大公となる。

 そのため、しばしば血みどろの骨肉の争いが発生することで、大公国は悪名高かった。


 アルブレヒトは「では、生涯、私はあなた以外の女性を娶るまい」と軍神アレートスに誓い、たった四曲、ワルツを踊っただけの二人の婚約は公衆の面前で成立。


 そして、泥縄式にサン・ラザール侯爵家の陞爵しょうしゃくも決まった。

 ローデオン大公国は、世継ぎの妻は君主または公爵家・辺境伯家から娶ると定めていたからである。

 王家としてもローデオン大公国との縁を深めたかったし、いい加減サン・ラザール家を公爵に格上げした方が良いと考えていたこともある。


 というわけで電撃的な出会いから3年後、公爵令嬢としてローデオン大公国に嫁いだユリアーナだが、結婚生活は過酷を極めた。


 人口百万人足らずの小国とはいえ、千年に及ぶ歴史を誇るローデオンの人々からすると、ユリアーナは「新興国の侯爵家」の生まれ。

 大公妃として戴くことなどありえない、格下の存在だ。


 ごく少数の改革派を除き、アルブレヒトの母・エリーザベトを筆頭に宮廷はユリアーナをあからさまに敵視した。

 嫌がらせや、悪評を垂れ流されるくらいは序の口、舞踏会で鎮静剤を盛られて昏倒させられた事件まで起きて、次第にユリアーナは離宮に引きこもるようになった。

 本気で暗殺されずに済んだのは、諸侯の前で軍神アレートスに誓った以上、ユリアーナを殺してもアルブレヒトは後妻も側妃も娶らないことがはっきりしていたからに過ぎない。


 アルブレヒトは周囲になにをどう言われてもユリアーナを愛し続けたが、自分を大公にするために多大な犠牲を払った母には逆らいきれないところもあった。

 二人は次々と子に恵まれはしたものの、「子供達は祖母が育てるのが大公国の伝統だ」と三人の男子と長女は、最初の乳を吸わせる前に取り上げられてしまった。

 アルブレヒトがあれやこれやと理屈をつけて、半月に1日だけ、夫婦と子供達だけで過ごす機会を設けるようにはしたそうだが。


 その後もいざこざは続き、結局、ユリアーナは幼い次女と三女を連れて30歳の時に出国。

 以降ローデオン大公国にはほとんど戻らず、聖都ウィノウを中心に大陸各地を渡り歩いて「流浪の大公妃」と呼ばれている。

 二十年前にアルブレヒトは病死したので、今は「流浪の先代大公妃」と言うべきだが。


 ちなみに、次女は西大陸の覇者エルメネイア帝国の皇子、三女は大陸西南端に近い大国パレーティオの王弟に嫁いでいる。

 どちらも傍系だが、国力の差を考えると玉の輿といってもいい。

 縁談を取りまとめたのは、保守的で頑迷な大公家ではなく、各国の要人と人脈を張り巡らせたユリアーナだ。


 カタリナは黙り込んだ。


 別に、カタリナ個人のためにユリアーナが人生を犠牲にしたわけではない。

 大伯母に「本当のこと」を告げる義務などない、と思う。

 だが、尋常ではない苦労をした大伯母を突き放すのは、さすがに憚られた。


「ああ、わかった」


 ユリアーナは扇で自分の膝をぽんと打った。


「あなた、アルフォンス殿下をお慕いしてるのね」


「はいいいいいいい!?」


 誰にも気取らせないつもりで、じっと胸の内に秘めていた思いを言い当てられたカタリナはぶったまげた。

 かああっと耳まで赤くなる。


「お慕いしている方の気持ちがよそにあるのに、政略ゴリ押しで嫁ぐのは、確かに辛いわ」


 ユリアーナは勝手に納得して、うんうん頷いている。


「ち、ち、ちがいますうう!!」


 ユリアーナはもがもがと言い訳するカタリナに扇をさっと突きつけると、扇の先でくいいっと顎を持ち上げた。


「往生際が悪いッ」


 ユリアーナに一喝され、カタリナは自覚した瞬間爆散した初恋を根掘り葉掘りほじくり返される羽目になった。


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