36.そないしてお誘いするものなん?
と、言われても、暇である。
「ええと……皆様、散歩でもいかがでしょう?」
クルトが皆を見回して提案した。
「ええ、ぜひ」
ジュスティーヌがまず頷いた。
ヴェロニカは、着替えもあるし、図書室で読みたいものがあるから気にせずいってらっしゃいと退く。
ジュスティーヌとカタリナ、バルトロメオとダーリオを、クルトとラウルが案内するかたちで、ぞろぞろと「紅の塔」お庭一周ツアーとなった。
まず、バルコニーに皆でどやどやと出る。
太陽の位置からすると、バルコニーは南西向き。
商船、旅客船、貨物船が行き来するウィノウ湾を、遠くけぶる水平線まで一望できる眺めが素晴らしい。
手すりの下を見ると、7、8mほどの崖になっていて、カタリナはびっくりした。
下は岩場で、岩の間に木道が渡されている。
今日は新月で大潮だから、潮が引けば砂浜が現れるとラウルが教えてくれた。
客室棟と呼ばれているこの建物は、崖っぷちに建っていて、バルコニーは崖の上に突き出す形になっているようだ。
カタリナ達が泊まっている南東側も崖、バルトロメオ達男性陣が泊まっている北西側が、なだらかな坂になっていて、庭も玄関もそちら側にある。
というわけで、一同、バルコニーの端にある階段から庭へ降りた。
クルトの部屋やバルトロメオ達が泊まっている客室のすぐ外はテラスになっていて、二階の同じ位置の部屋のバルコニーが日除けのように張り出していた。
狭い芝生を挟んで、夾竹桃が茂る植え込みになっている。
その間の小道を抜けると、縄で区切った花壇が広がっていた。
さまざまな色のランタナが、可愛らしく咲いている。
テレジアが可憐な花を好むので、庭師がいろんな品種を集めているそうだ。
坂を下りきった海際から、バルコニーが張り出した崖の方に向かって、人がすれ違えるくらいの遊歩道が続いている。
さきほど上から見た、岩の間に木の杭を打ち込んで、板を並べたシンプルな木道で、手すりの類はない。
ダーリオがカタリナの方に振り返った。
「レディ・カタリナ。お手をどうぞ。
日傘もお持ちしましょう」
「ありがとうございます」
カタリナがダーリオの肘のあたりに掴まると、クルトが「お、ダーリオ先輩、素早い!」とからかってきた。
「こっちはずっと叔父上の付き添いなんだから、たまには良い思いをさせてもらわないと」
ダーリオは逆に胸を張り、カタリナは笑ってしまった。
「え、え、え。そないしてお誘いするものなん?
ほんなら、ジュスティーヌはん、どうぞ??」
バルトロメオが真似るが、ジュスティーヌが反応する前に「叔父上は体が大きいから、この木道で並ぶと、却って歩きにくいでしょう」とダーリオがツッコミを入れる。
結局、クルトがジュスティーヌをエスコートすることになり、ラウルの先導で、六人はゆるゆると海際を歩いていった。
進むにつれて岩場は広くなり、木道は沖の方へ伸びてゆく。
海側には塀はないが、光の加減で淡い、虹のような輝きが時折見えた。
結界だ。
海から塔に接近しようとしても、認証を済ませてない者は弾かれるのだろう。
海鳥は自由に行き交っているから、弾くのは人間だけのようだ。
キラキラときらめく穏やかな海に、さわやかな潮風が吹き抜ける。
昨夜の修羅場が信じられないくらいのどかだ。
「レディ・カタリナ。昨日はありがとうございました。
叔父はなにか、不躾なことをしなかったでしょうか?」
先へ行く皆と距離が空いたところで、ダーリオは少し声を潜めて訊ねてきた。
「いえ、ちっとも。むしろわたくしの方が失礼なことをしたわ。
いきなり押し倒したりして」
ダーリオは声を立てて笑う。
「あれには驚きました。
叔父を見失って必死で探していたら、いつの間にかあなたと踊っているし。
その後は、あの大騒動で」
ふふ、とカタリナは笑った。
「それにしても、早く落ち着くとよいですね。
閣下のご縁談の件もありますし」
はぁあああああ、とダーリオはため息をついた。
「それなんですよ。
最初、聖皇家の方から、嫁がせる姫君はこちらで選んでおくというお達しがあったんです。
なのに、叔父も父も、それでいらした方が島の暮らしに合わなければお互い辛いことになるんじゃないかと心配して、叔父と実際に会い島の様子も十分ご説明した上で、ご納得いただいた方を頂戴したいと曲げてお願いしたんですが。
無理でしたね。思っていたより、全然無理でした!」
後半、なんだか半ギレだ。
「あらららら……」
「実は、魔導学院の縁で知己を得た、剛毅にして大胆不敵な姫君がいらっしゃいまして。
その方ならばお受けくださるのではないかと内々にお話して、まずは叔父に会ってみたいとおっしゃっていただいたのですが。
母君が大変なご反対で、私が叔父を島に迎えに行っている間に、他国との縁談をまとめて、花嫁修業だと連れて行ってしまわれたんです」
「ええええ!? なんというか……すごい早業ね」
「びっくりですよ、ほんと」
かくりとうなだれるダーリオを慰める言葉もない。
「そんな風に逃げられたことを、他の姫君方もご存知ですから。
よっぽど酷い嫁ぎ先なんだろうと、頭から警戒されているんです。
身内贔屓かもしれませんが、叔父は叔父で、良いところもあると思うんですが」
「良いところはたくさんあるじゃないですか。
そうでなきゃ、わたくしだって踊りましょうなんて言わなかったもの」
「は? レディ・カタリナからお誘いいただいたんですか!?」
「ええ。こう見えてわたくしも大胆不敵なたちなので」
驚くダーリオに、カタリナはいたずらっぽく笑ってみせた。
「レディ・カタリナ!」
すっかり案内人役になっているラウルが、少し苛立った表情で、声を上げて手を振っている。
皆、小さな広場のようになっているところで、二人を待っていた。
二人が足を早めて、追いついたところでラウルは芝居っ気たっぷりに「あちらを御覧ください」と後ろを指した。
「でっか!!」
バルトロメオが叫ぶ。
カタリナも思わず声を漏らしそうになった。
紺碧の空に「紅の塔」は黒黒とそびえ立っていた。
ごつごつした石を積んで造られた塔は、岩山から生えた異形のようにも見える。
「敷地内だと、ここからが『紅の塔』が一番良く見えるんですよ」
上から見ると五芒星のかたちなのだとクルトは言っていたが、角の一つがこちらにまっすぐ突き出て、その左右に別の角が張り出しているのが見て取れる。
五芒星の一辺は20mくらいはありそうだ。
距離を置いてみると、カタリナ達が滞在している客室棟は、その角と角の間に挟まるように建てられているのがわかった。
着いた時は暗かったのでよくわからなかったが、玄関部分が角のすぐ傍にあり、入って左手に行けば塔、右手に行けばサロンに出て、サロンの突き当りが海に向かうバルコニーとなっている。
ここから見えない裏側に、塔主の私室や従者の部屋がある棟が別途あるという。
窓のない塔は居住性がかなり悪く、熱や蒸気が出る厨房や浴室は設けにくい。
塔主が生活しやすいよう、後から塔にくっつけて塔主棟を建て、そのうち塔主の弟子や研究者が滞在する場所を作ろうと客室棟も出来たのだとラウルは教えてくれた。
それにしても、「紅の塔」という名なのに、なぜ外壁は黒いのだろうとカタリナが訝しく思っていたら、ちょうど角のところが、上から下に向かって線でも引いたように赤黒く光り始めた。
陽射しが強いのでわかりにくいが、壁面にも、まるで葉脈のように分岐しながら赤っぽい光が広がり、息づくように強まったり弱まったりしている。
ジュスティーヌも気づいたのか、手庇をして、塔をじっと見つめている。
「あのうにょんうにょんしとる光は、なんやろ?」
バルトロメオが訊ねる。
「ローランが流している魔力です。
猊下が流すと、塔は緋色に輝くんですが」
心配そうに見守りながら、クルトが答えた。
「こんなに大きな回路に一人で魔力を流すなんて、あの方、枯渇は大丈夫なんですか?」
ジュスティーヌが驚いて訊ねる。
「回路は総延長5km以上と言われているんですが、魔力を細く細く伸ばしていけばなんとか。
制御しやすくする装置も組み込まれていますし。
ま、その技術も含めて、ウィノウの魔導技術を内外にアピールする祭りなんです」
「今では、観光イベントだと言う声もありますがね」
クルトの説明に、ラウルが皮肉めいた補足をした。
「あ? 発動するところを見学させてもらうちゅうことは、逆に猊下の魔力でこのバカでかい塔が真っ赤に輝くところは見られへんちゅうこと?」
皆は顔を見合わせた。
確かに、塔の中にいたら、塔が輝くところは見られない。
「ままま、炎鳳の魔法陣が展開するところを間近で見られますから!
凄いですよあれは!」
「それに、向かいの『蒼の塔』が青く輝くところも見られます!
他の鳳との絡みもよく見えます!
この塔が一番の特等席です!」
クルトとラウルがなんでか必死にフォローしようとし、皆で笑ってしまった。




