31.カタリナとお泊りだなんて初めてだわ!
さらに待っていると、テレジアを両脇から支えるようにリリーとユリアーナ、そしてローランとクルトが降りてきた。
ジュスティーヌを離宮に連れてきた、ランデールの大使も一緒だ。
カタリナを見つけたローランの顔がぱっと明るくなり、リリーの目つきが険しくなって、カタリナはげんなりした。
ユリアーナは「夜遅くまで、ありがとう」とリリーをねぎらい、ローランにリリーを送っていくよう頼んだ。
ローランはカタリナを気にしていたが、不承不承、リリーを連れて離れる。
ユリアーナはバルトロメオの方に向き直った。
「ルシカ辺境伯閣下、お連れの方。そしてレディ・ジュスティーヌ。
あなた方には当面、『紅の塔』に移っていただくことになりました。
この離宮に賊を手引した者が捕まっていない以上、閣下がご滞在の聖皇宮殿、レディ・ジュスティーヌが滞在している大神殿、いずれも安全とは言い切れません。
『紅の塔』は、常時結界が張られていて、出入りできる者は非常に限られていますから」
狙われているのはバルトロメオだが、華麗に暗殺を防いだジュスティーヌも報復の対象となりかねない。
ランデールの大使も頷いている。
「ん。テレジアのところに来ればいいの。
ユリアーナとカタリナもお泊りするのよ」
疲れて、眠そうなテレジアは、ふにゃふにゃと言った。
パニックを起こしかけたと聞いたが、いったん顔でも洗ったのかあの強烈な化粧が消えてほぼすっぴん。
目と目の間が少し離れた、あどけない顔立ちなのがよくわかる。
「わたくしも、大伯母様もですか?」
自分たちはほぼ関係ないのにと戸惑うカタリナに、「そういうことになったのよ」とユリアーナが小声で言う。
テレジアが言い出したっぽい雰囲気だ。
確かにテレジアは人見知りが激しそうだし、ユリアーナが付き添った方がよさげではある。
それに、ジュスティーヌも初対面の者ばかりの「紅の塔」に一人で行くのは、さすがに心細いだろう。
リリーを送ったらローランも塔に戻ってくるだろうから、面倒なことになる予感しかないが、アルフォンスにジュスティーヌを助けるように頼まれた覚えもある。
カタリナはしぶしぶ頷いた。
話は決まったとばかりに、ジュスティーヌをユリアーナに託して、大使は辞去する。
すぐに当座の着替えなどを「紅の塔」へ送ってくれるそうだ。
イルマの姿が見えないのは、同じく着替えなどを用意しに、先に館へ戻ったのだろう。
「ユリアーナ、おうちに帰ってもいい?」
「帰りましょう。
明日は炎鳳だし、早く眠らないと」
ユリアーナはテレジアに優しく頷いて、手をつないだ。
炎を図案化した紋章がついた4頭立ての大型馬車がやってくる。
テレジア、クルト、ユリアーナ、カタリナ、ジュスティーヌ、バルトロメオ、ダーリオの7人は、馬車に乗り込んだ。
本来は6人乗りなので、カタリナとジュスティーヌはくっつくようにして無理やり乗る。
前後に、騎乗した護衛がついた。
ユリアーナとバルトロメオの世間話を聞きながらカタリナがうとうとしている間に、馬車は河を渡り、「紅の塔」に着いた。
高い石壁の向こうに、塔のシルエットがそびえ立つ。
大きな門を抜けて少しいった、水路にかけられた短い橋の上で馬車は止まった。
橋の向こうに、もう一重、先を槍のように尖らせた鋳鉄のフェンスが巡らされている。
「初めての子は、降りて。
フェンスに触っちゃだめよ。
バチってなるから」
テレジアは雑にドレスの裾をからげながら馬車を降りると、脇の詰所にカタリナ達を連れて行った。
内側のフェンスを境界として、敷地全体に結界が張ってあるようだ。
小さな詰所の中には、真ん中にテーブルがあり、子どもの頭ほどの乳白色の球体が台座の上に載っていた。
魔石なら、上位貴族でも家宝にするくらいの大きさだ。
テレジアはテーブルの奥へ回り込むと、球体に触れた。
球体が虹色に輝き出す。
やはり魔石だ。
「魔導紋を登録するから、手のひらをのっけて、名前を言って」
おろっとしつつ、バルトロメオが先陣を切った。
「バルトロメオ・サルテ」
「私は承認する(ミ・アプロバス)」
テレジアが唱えると、魔石がひときわ強く輝く。
結界とつながっているのだろう。
「ジュスティーヌ・アドリアーナ・ゼルダ・シャラントン」
「カタリナ・アントーニア・キアラ・サン・ラザール」
「ダーリオ・サルテ」
それぞれ結界への登録が終わり、テレジアがなにか操作すると誰もいないのに門が開いた。
再度馬車に乗り込むよう言われて、またぎゅうぎゅうに乗る。
門を越える時に、ぞわわっとしたが、その後はどうということもなく、生い茂る木々に囲まれたゆるやかな坂道を登って玄関に着いた。
暗くてよくわからないが、塔本体ではなくその傍に建てられた建物のようだ。
玄関に入ると、テレジアは「ねんねねんね」と歌いながら、さっさと左手の奥の方に行ってしまった。
代わって、銀髪の中年の婦人とイルマが出てくる。
婦人はさっと跪礼をして、リーゼと名乗った。
テレジアの侍女の一人で、客の饗応を担当していると言う。
ここは塔主候補や研究者が滞在するための施設で、宮殿のようには行き届きませんがご寛恕くださいと、まず深々と頭を下げられた。
ここに住んでいるクルトが、「一種の寮のようなものなので」と補足する。
皆、それは仕方がないと口々に言った。
というか、なんでもいいから横になりたい。
ではお部屋にご案内いたします、とリーゼは玄関ホールの右手へ向かう。
すぐに、なにやら風変わりな造りの、奥行きが長いサロンに出た。
サロンの中央部は吹き抜けになっていて、突き当りの壁は床から天井までガラス張りになっている。
暗くて外は見えないが、海を望む窓なのだろう。
サロンの両脇は、縦格子で天井まで仕切られていて、格子の向こうに扉が並んでいる。
そこが客室のようだ。
縦格子で通路を区切っているのは、客室への出入りがサロンから丸見えにならないようにという配慮か。
通路の両端には、階上へ続く階段があり、縦格子越しに2階にもドアが並んでいるのが見える。
そちらも客室のようだ。
殿方はこちらにと、リーゼはバルトロメオ達をサロンの右側に案内していった。
そちらは、一階に4部屋、二階にも4部屋あるようだ。
バルトロメオが一階の海側の部屋、ダーリオはその隣。
クルトも軽く挨拶をして、一階の端、玄関に近い側の部屋に消える。
「妃殿下、少々問題が」
イルマが声を潜めた。
「どうしたの?」
「ローラン様ラウル様は、右側の二階にお部屋があるとかで。
男女で左右分かれてお使いになるのがよろしかろうということになって、左側は2階に続き部屋が3部屋ございますから、妃殿下、ジュスティーヌ様、カタリナ様にお入りいただければちょうど良いと思っていたのですが。
明日は朝早くヴェロニカ皇女殿下がお見えになり、そのままお泊りになるとかで。
婦人側は、一部屋、空けておかなければなりません」
つまり、一部屋足りないということだ。
「なので、姫様方には相部屋ということでお願いしたいのですが」
え、とカタリナは固まった。
「まあ! カタリナとお泊りだなんて初めてだわ!」
なんでか、ジュスティーヌは前のめりに喜んでいる。
カタリナは引きつりながら、しぶしぶ頷いた。




