30.美人の友達は美人
と言われても、ユリアーナはまだ取込み中のようだ。
閑散とした玄関ホールの隅のベンチに座って待っていると、先にジュスティーヌがやってきた。
ジュスティーヌがここでよいと手を振り、案内の侍女が離れる。
「カタリナ! びっくりしたわ!
あなたを見つけたと思ったら、暗殺者に囲まれているんですもの」
「びっくりしたのはこっちよ。
いきなり斉射を打ってくるだなんて」
「斉射」とは、詠唱を極限まで縮めた魔法を同時に複数放つもの。
ランデールでは、現在「斉射」を打てるのはジュスティーヌだけだ。
彼女の場合、打つのは火属性下級魔法「ファイアボール」だが、そもそも彼女のファイアボールは射出速度が異常に速い上に、温度も高くて青白く輝くほど。
しかも軌道はコントロールでき、射程距離も数キロに及ぶ。
赤黒い火の玉がどーんと一直線に、せいぜい数十メートル飛んだら終わりの普通のファイアボールとは完全に別物。
それが同時に六発飛んでくるのだ。
騎士だろうが魔導師だろうが、あれに対応できる者はそうそういない。
「だって、もう言葉で止められるタイミングではなかったし。
あなたなら巧く避けてくれると思って」
カタリナの隣に遠慮がちに座ったジュスティーヌは、もじもじと言った。
「あんなめちゃくちゃ魔法、いつも反応できると思わないで頂戴!
あ。でも……ありがとう、助けてくれて」
カタリナは思わず逆ギレしかけたが、ジュスティーヌがいなければバルトロメオも自分も危なかったことをぎりぎりで思い出した。
「ちょうど居合わせて良かったわ」
ジュスティーヌは穏やかに微笑む。
「ところで、なぜルシカ辺境伯は襲われたのかしら?
あなた、なにか聞いている?」
「閣下からは、特に聞いていなかったけれど……」
とはいえ、事情聴取を受けている間に小耳に挟んだことはある。
二人は、皇妃や近衛騎士達からちょいちょいと漏れ聞いたことをつなぎ合わせていった。
代々、旧辺境伯家の娘の多くは、島外の貴族に嫁いでいた。
彼女達の子孫の中に、自分こそ辺境伯を継ぐべきだと考える輩がおり、外来者がめちゃくちゃに目立つ島では手が出しにくいが、ウィノウならワンチャンあるだろうと愚挙に及んだらしい。
暗殺なのだから少数で潜入して、目立たないところでさっと殺してさっと逃げればよさそうなものだが、発注者が素人で、やたらめったら万全を期してしまったのだろうか。
いずれにせよ、招待状が必要な離宮の大舞踏会で襲ったということは、手引をした者が宮中にいるはず。
陰謀の匂いがぷんぷんする。
聖皇家のメンツを傷つけたい何者かの企みと考えると、独立運動が盛り上がっている某属州や、長年色々色々あった某帝国とか某々国あたりか。
ジュスティーヌが言うには大神殿と聖皇家の間にも、内々に対立があるらしい。
ついでに言えば、聖皇家も一枚岩では全然なく、皇妃同士の争い、皇太子争いの遺恨など、色々色々降り積もっている。
ま、そのうち聖皇家からなんらかの動きがあるだろうから、その反応でどの筋だったのかある程度は察せそうではあるが。
とか、ひそひそ話していると、バルトロメオがダーリオを連れ、近衛騎士に囲まれて2階から降りてきた。
カタリナとジュスティーヌを見つけて、大股に寄ってくる。
「あぁあぁ、良かった。
お礼を言う前に、お帰りになっとったらどないしようか思いよった」
例によって胴間声で言うと、バルトロメオはがばぁとジュスティーヌに頭を下げた。
慌てて二人で立つ。
「この度は、まっことありがとうございました!
あなた様は命の恩人や。
一生このご恩は忘れんです」
ジュスティーヌは、一瞬びっくりした顔になったが、すぐにいつもの穏やかな微笑みに戻る。
「大騒動にしてしまって、かえって恐縮ですわ。
てっきりカタリナが狙われているのかと、焦ってしまって」
「いやいやいやいや……
とっさに六人も斃してしまうとか、ほんま尊敬しかないですわ。
あ、ワシはバルトロメオ言います。
よんどころなしにルシカ辺境伯いうことになってもうた右も左もわからん田舎者じゃけど、よろしゅうよろしゅう」
続いて、バルトロメオはダーリオも紹介した。
「わたくし、ランデール王国シャラントン公爵家のジュスティーヌと申します。
どうぞよしなに」
ジュスティーヌはバルトロメオに右手を差し出した。
バルトロメオはその手を両手でとって跪き、自分の額につけた。
本来は自分より上位の女性にする礼だから、辺境伯が公爵令嬢にするには大仰すぎるが、命の恩人と考えるとギリセーフか。
「ジュスティーヌはん。お名前までシュッとしてはるわ……」
バルトロメオはジュスティーヌの手をとったまま、キラキラと憧れの目で見上げている。
カタリナは、こほんと咳払いをした。
「あー……念のため申し上げておくけれど。
ジュスティーヌは、ランデールのアルフォンス王太子殿下と婚約しているので」
一応、釘を刺しておく。
ここでうっかり「運命の恋」とか始まってしまったら、後が面倒だ。
「そんじゃ、将来の王妃様ちゅうことですか。
こんなに強い王妃様がおったら、先々、お国も安泰ですなぁ」
呵々と笑って、バルトロメオは立ち上がる。
「にしても……こりゃまた、きれか姫さんやね。
美人の友達は美人や言うけど、ほんまやわ」
しげしげとジュスティーヌとカタリナを眺めたあげく、バルトロメオはそんな言葉を吐いた。
「ふふ。嬉しいお言葉、ありがとうございます」
ジュスティーヌは、カタリナをちらっと見て珍しく照れている。
どうもカタリナと友達と言われたのが嬉しいらしい。
カタリナは「光栄ですわ」と半笑いするしかなかった。
ジュリエット:ギュンター様がばれー!って思ってたら、海賊辺境伯が実質バルコニー初連れ出し〜からの、華麗にワルツ〜からの、なんか匂わせー!とかかましてくるし!! どうするんですかこれ!?
レティシア:イケメン貴公子の皆さん、ジュスティーヌ様無双の後、一体なにをぼけーっとしてるのかと! ミランダ様ご夫妻はきっちりご活躍されているのに!!
ジュリエット:ていうか、姫様と辺境伯がくっついたりしないように、カタリナ様が釘を刺しに行ってるのって、辺境伯のことをなにげに意識してるんじゃ……
レティシア:そうね。本人ご自覚なさそうだけれど、そうとしか思えないわよね。
ジュリエット:あーん、カタリナ様が女海賊になっちゃうよー!(じたばた)
レティシア:って、次章からようやく事件発生〜からの、推理編に突入するようですので、わたくし達はここまでです。
ジュリエット:もう犯人の察しがついちゃってる方も多いと思いますが、引き続きよろしくお願いいたします!




