29.どっせい!
そこから先は大騒動になった。
2階の手すりから身を乗り出していた男性が三人、大広間に転落し。
最前列でカタリナ達のワルツを見物していたカップルと、給仕が吹き飛ばされる。
あちこちから一斉に甲高い悲鳴が上がった。
近衛騎士達が聖皇と皇太子の前に幾重にも防御魔法を張り、入口付近にいた騎士が、ジュスティーヌに殺到する。
「賊を!」
騎士達に手向かいせず、素直に取り押さえられながら、ジュスティーヌは吹き抜けから転落した者を指して叫んだ。
見れば、ジュスティーヌのファイアボールに肩やら膝やら撃ち抜かれた者は皆、短いナイフを握りしめていた。
その袖や懐から、似たような投げナイフが何本も転がりだす。
暗器だ。
暗殺者だ。
標的は誰なのか──
逃げ惑う客の間から、どこかの騎士団の制服っぽい姿の若者が、抜刀してカタリナ達の方に駆け向かって来る。
バルトロメオはがぱっと跳ね起き、まだ立ち上がれないカタリナを背にかばいながら、打ち込まれた剣を前腕で素早く受けた。
金属と金属がぶつかり合う音が響く。
バルトロメオは夜会服の下に鎖帷子を着込んでいたのだ。
普通なら、衝撃でバルトロメオの腕が折れるところだが、身体強化魔法をあわせている。
そのままバルトロメオは、驚愕した顔の賊に前蹴りをくらわせた。
横から襲ってきた別の賊にも体重が乗った拳を一発。
そしてもう一人が吹き飛ぶ。
三人とも、一撃で床に転がってうめくばかり。
あまりの強さに、浮足立った残りの賊が逃げ出そうとした。
「どっせい!」
その行く手をミランダがさっと塞ぐと、見事な一本背負いで一人仕留めた。
「どおりゃー!」
夫のマルクが、負けじとラリアットでもう一人吹き飛ばす。
近衛騎士達がだばあとなだれ込んできて、残りの賊も取り押さえ、それぞれ捕縛していく。
とりあえず、大広間の賊は動かなくなった。
「カタリナ!」
ユリアーナが転がるように駆けてきた。
その後ろから、クルトも来る。
ダーリオも人波をかきわけてたどり着き、遅まきながらバルトロメオの背を守る。
「大伯母様!」
あまりの急展開に腰が抜けかかっていたカタリナは、2人に助けられてどうにか立ち上がった。
「カタリナはん、大丈夫け?」
仁王立ちになって、あたりを警戒するように見回していたバルトロメオが振り返って声をかけてくる。
「だ、大丈夫です。閣下」
「えがったえがった。
ごめんしてね、怖い思いさしてしもうた」
カタリナがこくこく頷くと、バルトロメオはまだ転がっていた若者に大股に近づいて、首根っこをひっつかんだ。
「ワシが気に入らんけえ殺したいちゅうのは、わからんこともない。
せやけど、なんでよりによって聖皇様の御宮で襲ってきよったんね。
万万が一、億が一、尊き御方のお身体に、かすり傷ひとつでもつけてまうようなことになってたら、ワシらルシカの島の者、赤ん坊から年寄りまで皆々揃うて首差し出しても追いつきゃあせんのやで!」
ビリビリと胴間声が響き渡り、皆、あっけにとられてバルトロメオを見つめた。
仮に、バルトロメオ本人が聖皇を暗殺したとしても、一族を罪に問うことはあっても、さすがに島民全員を誅することなど、現代ではありえない。
なのに、自分を狙った襲撃で、聖皇にかすり傷でもついていたら、島の者全員の命を差し出さねばならない、とバルトロメオは言った。
それだけ強い尊崇の念を、このピンク髪の海賊辺境伯は聖皇家に抱いているのか。
「そん首ばこの場でへし折ってやりたいが。
この上、御宮を汚すのも畏れ多いことじゃ」
べしっと若者を叩きつけると、バルトロメオは離れた。
近衛騎士が慌てて引っ立てる。
「ルシカ辺境伯」
聖皇が、護衛に囲まれて、いかにも優雅に壇上から降りてきた。
慌てて、バルトロメオが跪く。
「そなたの熱誠、しかと受け取った。
今日の会はここまでとするが、場を替えて少し話そう」
「ひゃ、ひゃい……やのうて!
謹んで承ります!」
聖皇は笑ってバルトロメオを立たせると握手し、軽く二の腕を叩く。
客の間から拍手が起きた。
「そして、レディ・シャラントン」
近衛騎士に囲まれたジュスティーヌに、聖皇は声をかけた。
ジュスティーヌは一歩進み出て、跪礼をする。
「素晴らしい技で、よくぞバルトロメオらの命を救ってくれた。
感謝する。
しばし、寛いで行かれよ」
「お言葉、ありがたく頂戴いたします」
ジュスティーヌの方には、第一皇妃・第二皇妃・第三皇妃が向かう。
彼女達が対応するようだ。
聖皇以下、皇族たちはしずしずと大広間から退出していった。
代わって、侍従達が忙しく走り回り、千人近い客を整理して、本人確認やらボディチェックをした上で帰す段取りをつけていく。
カタリナのところには、侍女が来て、少し休んでからお話をと言われた。
どうやら事情聴取されるらしい。
案内された二階の休憩室でユリアーナ達と休んでいると、テレジアがパニックを起こしかけているとかで、彼らは呼ばれてしまった。
入れ替わりに女性の近衛騎士が二人でやってきて、事情聴取される。
一瞬のことでなにがなにやらだったのにと思ったら、襲撃前から賊はバルトロメオの周辺をうろついていたはずで、バルトロメオを伺っていた不審な者を見なかったかと訊ねられた。
あれやこれやと記憶を引っ張り出して喋り、日付が変わった頃、今夜は帰ってよしとなった。
参照:黒星チーコ先生「【完結】美貌の宰相様が探し求める女性は元気いっぱいの野太い声の持ち主らしい……それ私かもしれない」
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