28.斉射(フューサレイド)!
ウィノウお上りさんあるある話をしながら、大広間へと向かう。
ちょうど一曲終わったところだ。
バルトロメオはすみっこで組もうとしたが、カタリナは許さず、ど真ん中まで進んだ。
容貌魁偉なバルトロメオがフロアに出てきたのに気づいて、人々が退いていく。
身の置きどころもなさそうなバルトロメオに、圧の強い笑みを向け、互いにお辞儀をして組む。
流れてきたのは、有名な短調のワルツ。
テンポは早めだが、拍は掴みやすい。
観念したような顔で、バルトロメオは踏み出した。
いち、にーさん、にー、にーさん、ともごもご数え、視線を落として小さく小さくステップを踏む。
カタリナも一緒に拍を数え、バルトロメオのペースに合わせる。
あてどなく漂うように向きが変わっていくにつれ、周囲の人々が目に入ってくる。
重鎮たちに囲まれたまま、「この馬鹿娘」と口の動きで伝えてくる呆れ顔のユリアーナ。
傍に控えるイルマは、ぽかんと小さく口を開けたまま。
扇で口元を隠し、しきりにささやき交わしている皇女達。
明らかに面白がっている聖皇と皇太子、皇妃達。
ただし、第一皇妃は険しい顔だ。
例の貴公子達や、やっとバルトロメオを見つけたダーリオも、皆あっけにとられている。
そして、こちらを食い入るように見つめているローランと、必死にローランの袖を引くリリー。
カタリナは自分で手をあげ、バルトロメオとつないだままの手の下をくぐってターンした。
完璧な孤を描いてドレスの裾がひるがえると、金色のビーズが煌めく。
賛嘆のため息が周囲から漏れた。
カタリナはバルトロメオに笑顔を向けた。
「閣下、もっと笑ってくださらないと。
こんなにゴージャスな宮殿で、こんなに美しいわたくしと踊っているのよ?
楽しくないの?」
ぶふぉっとバルトロメオは噴いた。
「ちょおおおお!? ああたは確かにめちゃめちゃ美人やけど、自分で言う!?」
「仕方ないじゃない。
生まれてみたら美人だったんだから、無駄に謙遜したって逆に嫌味だわ」
カタリナが笑うと、バルトロメオも笑った。
気持ちがほぐれたのか、やたらと縮こまっていたバルトロメオの動きがゆったりと大きくなっていく。
「閣下。ワルツ、お上手じゃないですか」
カタリナは、からかうように微笑みかけた。
「いやいやいや、島の踊りとだいぶちがうけ。
ちゅうか、俺のことは名前で呼んでつかあさい。
バルちゃんでもええで」
「じゃあ……バルちゃん様?」
試しに言ってみると、バルトロメオは声を立てて笑いながら腕を上げ、カタリナをターンさせた。
大広間で踊っているのは、もはやバルトロメオとカタリナだけ。
満座の注目が集まる中、バルトロメオの大きなリードに合わせて、カタリナは翔ぶように舞った。
人混みの中、腕章をつけた記者が必死に書きなぐっているのが見える。
明日の新聞の社交欄トップ確定だ。
やがて曲が終わり、二人はいったん離れてお辞儀をした。
「カタリナはん、あんがと。
おかげで、なんとかかたちになったわ」
「わたくしの方こそ。
バルトロメオ様、素敵なワルツでしたわ」
周りから、ぱちぱちと拍手が起きた。
「それにしても惜しい。
ああたが皇女様やったら、なにがなんでも島へ連れて帰ったのに」
ぼそりと、バルトロメオは呟いた。
「え」
カタリナがバルトロメオを見上げたところで、侍従が新たな客の到着を告げた。
「ランデール王国大使デマレット伯爵閣下、およびランデール王国シャラントン公爵家ジュスティーヌ嬢、御入来!」
ジュスティーヌ。
そういえば、ジュスティーヌもウィノウに来るとかアルフォンスが言っていたのを、すっかり忘れていた。
振り返ると、初老の大使にエスコートされたジュスティーヌが確かにいる。
わずかに紫色がかった白のウィノウ風のドレスに、大聖女に授与された勲位を示す明るい青と白のサッシュを右肩から斜めにかけていた。
カタリナと眼が合った瞬間、ジュスティーヌの顔が、ぱっと明るくなった。
だが、二三歩、こちらに近づきかけて、不意にジュスティーヌの表情が変わる。
険しい顔で左右の手のひらをさっとカタリナ達の方に突き出し、指をいっぱいに広げた。
カタリナは息を引いた。
貴族学院の魔法演習で、何度も見た動きだ。
「伏せて!」
反射的に、カタリナはバルトロメオに飛びついて無理やり押し倒した。
「斉射!」
鋭い叫びとともに、ジュスティーヌは青白く輝く「ファイアボール」を同時に6つ放った。




