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26.ぐりぐりぐりーっとしとったら

「ええと、その……

 そもそも俺ら、アレを討伐しちゃろう思うて行ったわけやないんです。

 あにさんと従兄弟らと、ちっこい船三隻で魚獲りに行ったら、普段アレがおる岩礁からだいぶ離れとったのに、いきなり出てきよって。

 おるはずの魚が全然おらんくて、おかしいおかしい言いよったんですけど、真っ昼間から、海が急に盛り上がりだした思うたら、どーん!て」


 どーん、と言いながら、バルトロメオは両手を軽く上げてみせた。


「すんごい波で、船は木の葉みとうにくるくるーってなってしもうて。

 そしたら、兄さんが『お前ら逃げえ!』いうておらびあげて、アレの横っ腹に『水球ウォーター・ボール』ぶっこんだんですわ。

 兄さんは俺らの中では一番魔法が使えるけん、自分が囮になって、俺らだけでも逃がそう思うてそんな無茶をしよって」


「そ、それで!?」


「アレは怒って、なんやぐにゅうってなって反転した思うたら、尻尾でびたーんと、兄さんの船を上から叩いたんですわ。

 もう、一撃で木っ端微塵になってもうて。

 兄さんも他の者も海に投げ出されてしもうたんですわ」


「なんと!」


「まぁ!」


 ミランダとマルクは両手を胸の前で握りしめて、聞き入っている。


 バルトロメオの声は大きい。

 ミランダもマルクも声が大きい。

 近くに居合わせた者も、なんだなんだと集まってきた。


「俺は末っ子で、ぼーっとしとるぼーっとしとるて、子供の頃からよう言われとったんですけど、あん時ばかりは『俺の兄さんになにするんじゃー!』って我を忘れてしもうて。

 なんとか一矢報わにゃいけん思うて、サメが寄ってきた時に突く銛をひっつかんだところで、アレが起こす高波で俺の船の舳先が浮いたんですわ。

 その勢いで、ぽーんと飛んだら、なんやその、アレの尻尾の付け根のあたりにだだーんと降りてしもうて」


 バルトロメオは、銛を掴む手振りをし、ついでに小さく飛んで着地してみせた。


「アレの肌、イルカみとうにつるつるつるーっとしとるんですわ。

 そんで、ぴぎゃー!?なってるうちに、つるつるつるーっと首の付け根の方まで滑ってしもうて、その勢いのまんま、首の付け根に銛を突き刺したいうか突き刺さったいうか、なんやそんなことになってしまい」


 バルトロメオは、なにやらつんのめりながら突き刺すような身振りをした。


「アレは皮が厚うて、魔法も矢もなかなか通しはせんのんですわ。

 せやけど、滑った勢いもあってか、銛は刺さった。

 あっちはもうめちゃくちゃに暴れまくりよるけん、とにかく跳ね飛ばされたら終わりじゃ思うて、銛にすがりついてぐりぐりぐりーっとしとったら、なんやコツンて手応えがあって」


 ぐりぐりぐりーコツンの実演つきだ。


「なんやろ、骨やろか?思うて、もっとぐりぐりーっとしよったら、ピシって手応えがあって。

 いきなりふにゅーとなって、動かんくなってもうたんですわ。

 後で、銛を伝って俺の潜在魔力?が流れ込んで、コアを砕いたんやろて、偉い先生に言われました」


 魔力があっても、コントロールする技術を身に着けなければ、魔法は発動できない。

 漁師の家に生まれたバルトロメオだが、生まれ持った魔力はそれなりにあったということか。


「まあ! まあ! まあ!!」


「ドラゴン単騎討伐ではないですか! 騎士の夢です!」


 大興奮の新婚夫婦は前のめりで褒め称え、気がついたら出来ていた人垣からもどよめきが起きる。

 バルトロメオは、あうあうした。


「その後はどうなりましたの?」


 大事な兄はどうなったのか、気になったカタリナはそっと訊ねた。


「俺の船も転覆しとったですが、なんとかしのぎきった従兄弟の船が皆を拾い集めてくれて。

 救難信号上げたら、近くの漁場におった者が助けに来てくれましてん。

 で、皮から骨から魔石から、島を挙げて解体祭りですわ」


 バルトロメオはにっこにこになった。

 希少素材で、島はめちゃくちゃ潤っただろう。


「ま、兄さんはあちゃこちゃ骨折れてたし、俺はぐりぐりぐりーの時に毒血を浴びて火傷したようになって二ヶ月くらい寝込んでたから、俺ら兄弟は参加できへんかったけど」


 オチのつもりか、バルトロメオはしょんもりしてみせたが、皆は息を引いた。

 身振り手振りつきの上、擬音満載で喋るものだから、愉快なおとぎ話でも聞いているような気分になっていたが、考えてみれば壮絶な死闘である。


 生きるか死ぬかというより、本来なら全員生きて戻れない絶望的な状況。

 噴き上がる毒血に半身を灼かれ、左目を失いながら、巨大な魔獣に一人立ち向かい、倒しきる。

 神話のような戦いをこの男は制し、ルシカの海に平穏をもたらしたのだ。


 眼帯の下から首にかけてのぞく恐ろしげな傷跡も、むしろ神々しく見える。


「まさに、現代の英雄レジェンドですね」


 感に堪えた風で、マルクが言った。

 完全に憧れの人を見る少年のような顔になっている。


 違う違うとバルトロメオは、あわあわ両手を振った。


「いやいやいやいやいや! ほんまに、まっことほんまに、たまたまそないなことになって!

 ちゅうか、あれはもう先の御館様のお導きや思うんですよ。

 御館様、姫様のお嫁入りで本土に行かはった帰りにアレに出くわしたんやけど、最後の最後まで立派に戦われたちゅう話で。

 先の御館様だけやのうて、ルシカ辺境伯家は、何度も何度も討伐隊を出しちゃあ返り討ちにうてきましたけんね。

 なんとしてもアレを倒してしまいたいちゅう、歴代御館様らの一念が、船からぽーんからのぐっさりからのぐりぐりピシィになったんですわ。

 あんなこと、やれ言われても絶対出来やせんもん」


「なんて謙虚な。まことの騎士道を体現されていらっしゃる」


 ミランダがうっとりと呟き、話を聞いていた者達も、口々に褒め称える。

 さらにバルトロメオはあわあわした。


「ままま、そんなこんなで、辺境伯を継ぐいうことになってもうたんです。

 なにぶん、学のない田舎の漁師ですけ、お見苦しいこともたくさんしてしまう思いますけど、どうかどうかルシカ辺境伯領をよろしゅうお頼み申します。

 アレがおらんくなったけん、本土とも行き来がしやすうなりましたけ」


 バルトロメオは両手を膝につけて、深々とお辞儀をした。

 貴族がする礼ではないが、真摯な気持ちは伝わる。

 温かい拍手が起こり、それに応えてもう一度お辞儀をすると、バルトロメオはさも用事があるような顔でカタリナを促し、あれ??という顔をしているミランダ達を残して、その場を離れた。


「くひー……舞踏会ちゅうもんは、ようわからんくて怖すぎるわ。

 はっと見たら、ようけようけ偉い人が聞いとって、どないしょか思うたわ。

 カタリナはん、ちいと外に涼みにいかへん?」


 真っ赤な顔をして額に汗を浮かべているバルトロメオは、テラスの方を指した。


「構いませんけれど」


 きょとりとしながら、カタリナはバルトロメオの左肘をとった。


ジュリエット:カタリナさまああああ! テラスもバルコニーもおんなじですよ!?

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