25.いかにも殿方が群がりそうな娘
「先代ローデオン大公妃ユリアーナ妃殿下、およびランデール王国サン・ラザール公爵家カタリナ嬢、御入来!」
開け放った扉の脇で従僕が呼ばわると、侍従がさっと迎えに来た。
そのまま、フロアの脇を抜けて聖皇達のもとへと案内される。
波打つ黒髪に白髪が交じっている聖皇は、50代なかば。
眼光の鋭い聖皇の両脇には、タイプも年齢も異なる5人の皇妃達、そして皇太子夫妻が並ぶ。
端に座っていた第三皇妃のベルナルディータが微笑んでくれて、カタリナは軽く目礼した。
口髭を蓄えた聖皇はさっと立ちあがって、足早にユリアーナを迎え、熱っぽい眼をあわせながら手をとって接吻した。
ユリアーナがくすぐったげに笑う。
聖皇も、ユリアーナの「崇拝者」の一人のようだ。
ユリアーナはカタリナを紹介し、カタリナは跪礼で挨拶した。
聖皇は、しげしげとカタリナを眺める。
「これが例の『ダンシング・プリンセス』か」と顔に書いてあるような眺め方で、カタリナはあの記事を書いた記者を改めて呪った。
「レディ・カタリナ。ランデールと比べると、当地は暑かろう。
ウィノウの夏は楽しめているだろうか?」
「お陰様で、愉しく過ごさせていただいております」
にこやかに答えると、淡い金髪の第一皇妃が扇を鳴らした。
聖皇よりも若いはずだが、粉っぽい厚化粧のせいで、むしろ年かさに見える。
「いかにも殿方が群がりそうな娘ね。
自分は成功したと証立てたい者には、ぴったりの飾りだわ」
第一皇妃が居丈高に吐いた言葉に、カタリナは鼻白んだ。
「それがこの娘、17歳にもなって、まだ結婚に心が向けていないようで」
第一皇妃の毒も棘もまるっとスルーして、微笑みながらユリアーナが答える。
「ま! その年で自分の義務も理解できないだなんて。
世の中、どうなってしまうのかしら」
不快気に第一皇妃は眉を顰める。
いまだに夫を惹きつけているユリアーナへの嫉妬を、そのままカタリナに向けているのが丸わかりだ。
「いいじゃありませんか。時代は変わっていくのですから。
彼女の結婚に、家門の存続がかかっているわけではないんでしょう?」
聖皇に顔立ちはよく似ているが、穏やかそうな二十代なかばの皇太子が助け舟を出してくれた。
第三皇妃ベルナルディータが、優雅に扇を使いながら「殿下のおっしゃる通りですわ」と皇太子に頷く。
ベルナルディータとユリアーナがやたら仲良くしているのは、第一皇妃に対する共同戦線という意味もあるのかもしれない。
「またあなたはいい加減なことを」
母と息子の間で言い合いになりかかったところで、さすがに聖皇がたしなめ、空気を変えようと侍従長が次の客を案内してきて、それを潮にユリアーナとカタリナは辞した。
続いて、皇子方、皇女方にも挨拶をする。
妙な流れだったが、これで今日一番の仕事は終わったのだから、後は楽しむだけだと思っていたら──
「紅の塔主・テレジア猊下、および塔主候補ローラン・ルトワ卿、クルト・ヤーン卿、御入来!
ブランシュ伯爵夫妻、およびリリー嬢、御入来!」
フロアに降りたところで、従僕が呼ばわるのが聞こえた。
入口に、例によって真っ赤っ赤のテレジア、正装したクルト、ローランとリリーの姿が見えた。
こういう場が苦手なのか、テレジアは妙におどおどしていて、クルトはテレジアを気遣っている。
ローランは、リリーを一応エスコートしているが、やたらキョロキョロしていた。
リリーはリリーで、警戒心を剥き出しにした険しい表情だ。
リリーの両親、ブランシュ伯爵夫妻らしき中年の夫婦は仏頂面。
「うげ」
カタリナは令嬢らしからぬ声を漏らした。
ささっと扇で顔を隠す。
「あらあら。だから返事を出しておけばよかったのに」
「でもあんな手紙、返事のしようがないじゃないですか」
返事を考えるのが面倒だと放置しているうちに、毎朝必ず届くローランからの手紙は、呪いのようなものになっていた。
カタリナこそが運命だとかなんとか、あれから一度も言葉を交わしていないのに、一方的に送られてくるのだから結構な恐怖だ。
「最初の手紙に『誤解されているようですので、お会いしたくありません』と返事をしておけば、後は封を切らずに送り返すだけで良かったのに」
んだんだとイルマも頷いている。
「え。そんなことをしてもよかったんですか!?
それ、あの時に教えてくださってたら……」
「先にあなたが返事をしたくないと言い出したんじゃない。
おかげで、ローランと顔をあわせる度に、わたくしがあなたとの恋路を邪魔しているんだろうと絡まれるし。
面倒ったらありゃしない」
「と、とにかくわたくしは逃げます!」
呆れ顔のユリアーナ達を残して、カタリナはそそくさと人混みに紛れた。
侍従の案内で、聖皇達の方へ向かっているテレジアとは逆方向を目指す。
「カタリナ!」
大声で呼び止められて、カタリナは肝が冷えた。
振り返ると、伸び上がるようにして手をぶんぶん振っているのは、令嬢学校の先輩、ミランダだった。
夫のエルザス大公国の公子マルクと一緒だ。
カタリナより2歳上のミランダは、ウィノウからさらに西にあるインザ辺境伯の次女。
豊かな金髪に丸顔、ぷくぷくしたほっぺが愛くるしいミランダは、子どもの頃から婚約していたマルクと今年の春に結婚し、新婚旅行でウィノウに滞在している。
そして、例の「ダンシング・プリンセス」記事でカタリナも来ているのを知り、連絡をくれたのだ。
先日、令嬢学校つながりのメンバーでお茶会も行い、大いに盛り上がったのだが──
「しーーー! ミランダお姉様、今、目立つとまずいのよ」
「え? まさか、例の勘違い男も来ているの?」
「そそそそそ……マルク様のお背中、お借りしてもいいかしら?」
「構わないわ。いいわよね? あなた」
頷いてくれたので、カタリナは「えええ?」と戸惑っているマルクの背に隠れた。
ミランダはちんまりとしているが、ダークブラウンの髪を短く整え、口髭を生やしたマルクは縦にも横にも大きな熊系なので、隠れるのにちょうどいい。
「ええと……とりあえず、隣の広間に行こう」
マルクは壁に平行に横歩きし、カタリナはその影に隠れて大広間の隣のホールにこそこそと入った。
大広間ほど広くはないが、こちらも何組もワルツを踊っている。
さらに向こうは、テラスのようだ。
角度によっては大広間から見えるかもしれない扉周辺を避け、そそくさと壁にへばりつく。
「ありゃ、カタリナはん。ご機嫌いかがかいね」
「あ? ルシカ辺境伯閣下!?」
へばりついた隣には、ピンク髪の海賊辺境伯こと、バルトロメオがへばりついていた。
今日もびっくりするほど夜会服が似合っていない。
「え? ルシカ辺境伯閣下!?
海龍を討伐された!?」
こう見えて、先祖代々伝わる謎の体術で鍛えているミランダが、食いついてきた。
同じく、武を尊ぶ家に育ったマルクもびっくりして目を瞠っている。
「へ、へえ。そうどす。
なんちゅうか、ただの漁師なのに成り行きでそないなことになってもうて……その」
バルトロメオは巨体を縮めて、へどもどする。
カタリナは、ぱぱっと両者を紹介した。
「あの……討伐された時のこと、おうかがいしてもよろしゅうございますか?」
「何度も何度もお話されているとは思いますが、なにとぞ!」
脳筋新婚夫婦は、目をキラキラさせてねだる。
バルトロメオは戸惑いながら、おずおずと口を開いた。
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