表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/60

25.いかにも殿方が群がりそうな娘

「先代ローデオン大公妃ユリアーナ妃殿下、およびランデール王国サン・ラザール公爵家カタリナ嬢、御入来!」

 

 開け放った扉の脇で従僕が呼ばわると、侍従がさっと迎えに来た。

 そのまま、フロアの脇を抜けて聖皇達のもとへと案内される。

 

 波打つ黒髪に白髪が交じっている聖皇は、50代なかば。

 眼光の鋭い聖皇の両脇には、タイプも年齢も異なる5人の皇妃達、そして皇太子夫妻が並ぶ。

 端に座っていた第三皇妃のベルナルディータが微笑んでくれて、カタリナは軽く目礼した。


 口髭を蓄えた聖皇はさっと立ちあがって、足早にユリアーナを迎え、熱っぽい眼をあわせながら手をとって接吻した。

 ユリアーナがくすぐったげに笑う。

 聖皇も、ユリアーナの「崇拝者」の一人のようだ。


 ユリアーナはカタリナを紹介し、カタリナは跪礼で挨拶した。

 聖皇は、しげしげとカタリナを眺める。

 「これが例の『ダンシング・プリンセス』か」と顔に書いてあるような眺め方で、カタリナはあの記事を書いた記者を改めて呪った。


「レディ・カタリナ。ランデールと比べると、当地は暑かろう。

 ウィノウの夏は楽しめているだろうか?」


「お陰様で、愉しく過ごさせていただいております」


 にこやかに答えると、淡い金髪の第一皇妃が扇を鳴らした。

 聖皇よりも若いはずだが、粉っぽい厚化粧のせいで、むしろ年かさに見える。


「いかにも殿方が群がりそうなね。

 自分は成功したとあかし立てたい者には、ぴったりの飾りだわ」


 第一皇妃が居丈高に吐いた言葉に、カタリナは鼻白んだ。


「それがこの娘、17歳にもなって、まだ結婚に心が向けていないようで」


 第一皇妃の毒も棘もまるっとスルーして、微笑みながらユリアーナが答える。


「ま! その年で自分の義務も理解できないだなんて。

 世の中、どうなってしまうのかしら」


 不快気に第一皇妃は眉を顰める。

 いまだに夫を惹きつけているユリアーナへの嫉妬を、そのままカタリナに向けているのが丸わかりだ。


「いいじゃありませんか。時代は変わっていくのですから。

 彼女の結婚に、家門の存続がかかっているわけではないんでしょう?」


 聖皇に顔立ちはよく似ているが、穏やかそうな二十代なかばの皇太子が助け舟を出してくれた。

 第三皇妃ベルナルディータが、優雅に扇を使いながら「殿下のおっしゃる通りですわ」と皇太子に頷く。

 ベルナルディータとユリアーナがやたら仲良くしているのは、第一皇妃に対する共同戦線という意味もあるのかもしれない。


「またあなたはいい加減なことを」


 母と息子の間で言い合いになりかかったところで、さすがに聖皇がたしなめ、空気を変えようと侍従長が次の客を案内してきて、それを潮にユリアーナとカタリナは辞した。

 続いて、皇子方、皇女方にも挨拶をする。


 妙な流れだったが、これで今日一番の仕事は終わったのだから、後は楽しむだけだと思っていたら──


「紅の塔主・テレジア猊下、および塔主候補ローラン・ルトワ卿、クルト・ヤーン卿、御入来!

 ブランシュ伯爵夫妻、およびリリー嬢、御入来!」


 フロアに降りたところで、従僕が呼ばわるのが聞こえた。

 入口に、例によって真っ赤っ赤のテレジア、正装したクルト、ローランとリリーの姿が見えた。

 こういう場が苦手なのか、テレジアは妙におどおどしていて、クルトはテレジアを気遣っている。

 ローランは、リリーを一応エスコートしているが、やたらキョロキョロしていた。

 リリーはリリーで、警戒心を剥き出しにした険しい表情だ。

 リリーの両親、ブランシュ伯爵夫妻らしき中年の夫婦は仏頂面。


「うげ」


 カタリナは令嬢らしからぬ声を漏らした。

 ささっと扇で顔を隠す。


「あらあら。だから返事を出しておけばよかったのに」


「でもあんな手紙、返事のしようがないじゃないですか」


 返事を考えるのが面倒だと放置しているうちに、毎朝必ず届くローランからの手紙は、呪いのようなものになっていた。

 カタリナこそが運命だとかなんとか、あれから一度も言葉を交わしていないのに、一方的に送られてくるのだから結構な恐怖だ。


「最初の手紙に『誤解されているようですので、お会いしたくありません』と返事をしておけば、後は封を切らずに送り返すだけで良かったのに」


 んだんだとイルマも頷いている。


「え。そんなことをしてもよかったんですか!?

 それ、あの時に教えてくださってたら……」


「先にあなたが返事をしたくないと言い出したんじゃない。

 おかげで、ローランと顔をあわせる度に、わたくしがあなたとの恋路を邪魔しているんだろうと絡まれるし。

 面倒ったらありゃしない」


「と、とにかくわたくしは逃げます!」


 呆れ顔のユリアーナ達を残して、カタリナはそそくさと人混みに紛れた。

 侍従の案内で、聖皇達の方へ向かっているテレジアとは逆方向を目指す。


「カタリナ!」


 大声で呼び止められて、カタリナは肝が冷えた。

 振り返ると、伸び上がるようにして手をぶんぶん振っているのは、令嬢学校の先輩、ミランダだった。

 夫のエルザス大公国の公子マルクと一緒だ。


 カタリナより2歳上のミランダは、ウィノウからさらに西にあるインザ辺境伯の次女。

 豊かな金髪に丸顔、ぷくぷくしたほっぺが愛くるしいミランダは、子どもの頃から婚約していたマルクと今年の春に結婚し、新婚旅行でウィノウに滞在している。

 そして、例の「ダンシング・プリンセス」記事でカタリナも来ているのを知り、連絡をくれたのだ。

 先日、令嬢学校つながりのメンバーでお茶会も行い、大いに盛り上がったのだが──


「しーーー! ミランダお姉様、今、目立つとまずいのよ」


「え? まさか、例の勘違い男も来ているの?」


「そそそそそ……マルク様のお背中、お借りしてもいいかしら?」


「構わないわ。いいわよね? あなた」


 頷いてくれたので、カタリナは「えええ?」と戸惑っているマルクの背に隠れた。

 ミランダはちんまりとしているが、ダークブラウンの髪を短く整え、口髭を生やしたマルクは縦にも横にも大きな熊系なので、隠れるのにちょうどいい。


「ええと……とりあえず、隣の広間に行こう」


 マルクは壁に平行に横歩きし、カタリナはその影に隠れて大広間の隣のホールにこそこそと入った。

 大広間ほど広くはないが、こちらも何組もワルツを踊っている。

 さらに向こうは、テラスのようだ。


 角度によっては大広間から見えるかもしれない扉周辺を避け、そそくさと壁にへばりつく。


「ありゃ、カタリナはん。ご機嫌いかがかいね」


「あ? ルシカ辺境伯閣下!?」


 へばりついた隣には、ピンク髪の海賊辺境伯こと、バルトロメオがへばりついていた。

 今日もびっくりするほど夜会服が似合っていない。


「え? ルシカ辺境伯閣下!?

 海龍を討伐された!?」


 こう見えて、先祖代々伝わる謎の体術で鍛えているミランダが、食いついてきた。

 同じく、武を尊ぶ家に育ったマルクもびっくりして目をみはっている。


「へ、へえ。そうどす。

 なんちゅうか、ただの漁師なのに成り行きでそないなことになってもうて……その」


 バルトロメオは巨体を縮めて、へどもどする。

 カタリナは、ぱぱっと両者を紹介した。


「あの……討伐された時のこと、おうかがいしてもよろしゅうございますか?」


「何度も何度もお話されているとは思いますが、なにとぞ!」


 脳筋新婚夫婦は、目をキラキラさせてねだる。

 バルトロメオは戸惑いながら、おずおずと口を開いた。


誤字報告ありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ