23.疾風怒濤のウィノウ社交生活
そこから数日、疾風怒濤のようなウィノウ社交生活が続いた。
帝国劇場で観劇し、幕間にはユリアーナに連れられて、各国の王侯、大貴族たちと芝居の感想を交わす。
宮殿のお茶会で皇女達やウィノウ貴族の令嬢たちと親しく会話し、ランデールの事情を伝える一方、今、ウィノウで人気の貴公子たちの情報を教えてもらう。
お茶会では、リリーのやらかしも話題になり、カタリナも好奇の眼で見られて居心地悪かったが、皇女ヴェロニカがさり気なく流れを変えてくれて助かった。
大貴族のパラッツォで開かれた舞踏会でワルツを踊り、例の記事を見て連絡をくれた修道院の同窓生と再会し、お茶会で旧交を温める。
西大陸随一と言われる公爵夫人のサロンで、古代舞踊の公演を観て。
社交場の仮面舞踏会で、俗謡で踊り倒す。
魔獣闘技場では、闘技士から観客の中でもっとも美しい婦人に捧げる特別なブーケを渡され、競馬場ではパドックで鉢合わせしかけたローランから逃げ回る羽目になった。
ローランは、あれから毎日毎日、手紙をよこしてくるのだ。
一度も返事を出していないのに。
ありがたいことに、たまたま通りがかったルシカ辺境伯の甥のダーリオが巧くごまかしてくれた。
カタリナを見失ったローランは、結局ユリアーナにうざ絡みしたとかで、後で怒られたが。
ちなみに、ピンク髪のダーリオは、ウィノウ魔導学院の卒業生。
水と風魔法の二属性だが、島一番の秀才で、属国地域枠の特待生として入学が許されたそうだ。
ローラン達の2年先輩にあたり、寮も同じだったという。
卒業後は、医学校に進んで医者になるつもりだったが、叔父が辺境伯になったので、医学校を休学して秘書官として叔父を支えているそうだ。
しばらく同道したが、同世代の皇族や大貴族の子女とも気軽に声をかけあっていた。
海賊辺境伯はアレなのに、甥はやたら世慣れていると思ったら、そういうことかとカタリナは納得した。
合間に新しいドレスを造ったり買い物をし、画商のギャラリーを巡る。
ユリアーナが後援している画家に乞われて、半日ほどモデルにもなった。
考える暇もなく、毎日が過ぎていく。
殿方はなんだかんだでチョロいものだと断言したユリアーナは正しかった。
カタリナが視線を向け、眼だけで笑んでみせると、吸い寄せられるようにホイホイとやってくる。
なんなら、勝手にあちらからやってくる。
爆釣も爆釣だ。
そんな風に寄ってきた多数の貴公子たちの中から、カタリナがそれなりに良い印象を持ち、さらにユリアーナのお眼鏡に適ったのは5名。
最初に空中庭園で出会った銀髪の兄弟の弟。
穏やかな兄と活発な弟は、どちらも魅力的で令嬢達に大人気。
黒髪の、流し目がやたら色っぽいウィノウの皇子。
ユリアーナが言うには、母方の身分は低いが、皇子達の中でも際立って優秀で、異父兄である皇太子の信頼も篤く、出世の目は十分あるそうだ。
今は大学に通いながら外交官を目指しているとかで、人当たりが良く、話題も豊富で彼の周りには笑いが絶えない。
ふわっふわの栗色の巻き毛をわしゃわしゃしてみたくなる、大学を卒業したてのエルメネイア帝国の公爵の三男。
こちらはカタリナと同い年で、国外との新たなつながりを増やしたいと、見聞を広める旅を兼ねて、好ましい縁を探しに来たという。
ラウルと同じくらいダンスが巧く、舞踏会では引っ張りだこ。
彼と踊ると、2割増しくらい美人になった気分になれる。
赤毛でがっしりとした身体つきの、パレーティオ王国の侯爵家の跡取り。
身内が相次いで亡くなったことから世を儚んだ婚約者が突然神殿入りしてしまい、「気持ちを切り替えるために」ウィノウ大使を務めている伯父を訪問中とかで、令嬢たちの同情を買っている。
武門重視の家柄とあって、社交儀礼に疎いところもあるが、鍛え上げた身体から発せられる深みのある声はずっと聞いていたくなるほど心地よい。
淡い金髪によく似合う、銀縁眼鏡をかけた、いかにも怜悧そうなフオルマ王国の第七王子。
気楽な立場に甘えて魔導研究に勤しんでいるうちに30歳手前となり、父王に雷を落とされて、慌ててウィノウに婚活しにきたという。
癖はやや強いが、下の兄が魔導理論オタクのカタリナにとっては接しやすい。
いずれも見目麗しく、将来も確かな貴公子達がこぞってカタリナをちやほやし、ダンスやらお出かけやらに誘ってくる。
その他にもあれやこれやとアプローチはあり、毎日毎日、昼前には花束や贈り物でサロンのソファが埋まるほど。
この中の誰かと結婚すれば、ユリアーナだけでなく父も母も祖母もきっと喜ぶだろう、とカタリナは思う。
しかし、逆に誰と結婚すればいいのか、わからなくなってしまった。
当たり障りのない「上品な会話」はつるつると滑らかすぎて、この人とずっと一緒にいたいと思えるきっかけなどどこにも見当たらない。
言葉を尽くして褒めそやされても、誰か別の令嬢のことではないかと思ってしまう。
逆に、自分が本当はどういう人間なのか、伝えられる気もしない。
誰もが羨む華やかな生活を送っているはずなのに、気持ちは次第に沈んでいった。
ウィノウにはこれだけ素晴らしい貴公子がたくさんいるのに、アルフォンスのような人はいない。
きっと、彼のようにカタリナの心を温めてくれる人はどこにもいないのだ。
ならば、結婚相手なんて誰でもいいのではないか。
どうしても結婚しろというのなら、もうユリアーナが勝手に決めればいい。
そんなやさぐれた思いが表に出ていたのか、ギュンターがいつになく強く主張して、離宮の大舞踏会の前日、ユリアーナから休みをもぎ取ってくれた。
空は晴れ渡り、日差しは強いが、風が良く抜ける過ごしやすい日だった。
うっかり街なかに出かけると誰かに会ってしまうかもしれないので、若い侍女を一人連れ、ギュンターと館の近辺をぶらぶら散歩する。
気分の赴くままに野の花や風景をスケッチしたり、岩場の間の狭い浜辺に降りて波と戯れ、浜に打ち上げられたクラゲを恐る恐る木の枝でつついたりするうちに、カタリナはだいぶ人心地がついた。
ギュンターと、ベンチ代わりの流木に並んで座り、もこもこした夏雲の下、沖合を行き交う船をぼへーと眺める。
さほど遠くないところにある「紅の塔」は、間にある岩山が邪魔で見えなかったが、旧市街を挟んだ向こうに「蒼の塔」がなかば霞んで見えた。
サンドイッチを食べ、お互い自分の国の話や、家族の話もした。
ローデオン大公国は、大陸最大の山脈、メネア山脈に連なる高原にある山国。
湖のほとりにある宮殿で生まれ育ったギュンターは、今年の春にウィノウに留学の下見に来て、生まれて初めて海を見たという。
海がこんなに広く、しかも舐めたらしょっぱいとかいまだ腑に落ちないとぶつくさ言い、カタリナは笑ってしまった。
「ギュンター、今日はありがとう。
だいぶ気が晴れたわ。
なにかお礼がしたいけれど、なにがいい?」
母から結構な額の小遣いを貰ってきたのに、外出の合間に家族や友人への土産を買ったくらいで、遣う機会が全然ない。
この際、記念になるようなちょっと良い小物でも贈るつもりで訊ねると、ギュンターはあわあわと照れた。
「そんなの、気にしなくていいよ。
ああでも、俺の絵を描いてくれたら嬉しい。
落書きで全然いいから」
「そんなことでいいの?」
カタリナの絵は、なにかと口うるさい家族にもわりと評判がいい。
貴族学院のコンテストで入選したこともある。
だが、所詮は令嬢の趣味。
ギュンターはこれでも大公国の公子なのだから、いつでも宮廷画家に絵姿を描かせられるのに。
「ほら、カタリナは絵が巧いし。
妹達のお手本にしたいし。うん」
ギュンターは、うっすら赤くなりながら言い訳がましく理由を重ねる。
「そんなに言うなら、描こうかしら」
せっかくの海辺なんだからと海に向かって岩に腰掛け、こちらに振り返るようなポーズをとってもらった。
なんでか、ギュンターは真顔でこちらをじいっと見つめている。
「そんなキメ顔してないで、普通に笑ってよ」
「え。そんな変な顔してた?」
くしゃくしゃっと照れ笑いした一瞬を捉えて、ささっと描いていく。
悪くない感じに仕上がったスケッチに、軽く色も乗せると思いの外喜んでもらえた。
調子に乗って、もう1枚、バストアップくらいの大きさで描く。
こちらは、ぱかっと大笑いした表情。
陽がだいぶ傾いたところで館に戻り、ユリアーナに画帳を見せると驚かれた。
「絵が得意とは聞いていたけれど、ここまで描けるだなんて。
特に、ギュンターのスケッチがいい。
こんな自然な表情、宮廷画家には描けないわ」
芸術家のパトロネスとして名高い、目利きのユリアーナに褒められて、カタリナの鼻はぐいぐいぐい高くなる。
「お祖母様、この絵は僕が貰ったんです」
あまりにユリアーナが褒めるので、警戒したギュンターが画帳を取り戻そうとし、ユリアーナが「まだ見ているのに」と子どものように口先を尖らせて抗議する。
「ええと……この際、大伯母様とギュンターの絵もお描きしましょうか?」
つい口にしてしまったのが運の尽き。
気がついたらカタリナは、ユリアーナの手元に残す用、ローデオン大公に送る用、エルメネイアに住む次女に送る用、パレーティオに住む三女に送る用、画壇の重鎮に見せる用と、ポーズを変え衣装を替え、イルマが「そろそろお休みにならないと」と進言してくれるまで、延々スケッチを描かされることになってしまった。




