22.生涯を共にしたいと、心から思える方を
サロンに移り、ギュンターにあれこれ言い訳していると、ユリアーナがやってきた。
新聞を見せられたユリアーナは大爆笑。
こんなに大きな記事になったのは、別にユリアーナが仕組んだわけではなく、お偉方のスキャンダル記事が出る直前に潰され、早急に穴埋めが必要になったのだろうと言う。
ちなみに「ダンシング・プリンセス」というのは、ウィノウで流行りまくっている俗謡だそうだ。
昨日も演奏したはずよと、軽くサビを歌ってくれた。
確かに聞き覚えがあった。
めっちゃ踊った覚えもあった。
代わりにリリーとローランのいざこざが書き立てられるよりはマシだとは思うが、帰国したら祖母に雷を落とされ、父に怒られ、母や兄姉やら友人知人にいじられまくる予感しかしない。
アルフォンスは、天然感丸出しで褒めてきそうだ。
というか、昨日会った人々、これから会う人々も記事を読んでいるのかと思うと、この館に立てこもりたい気持ちでいっぱいだ。
「妃殿下、カタリナ様にお花が参りました」
イルマが花束をいっぱい両腕に抱えて現れた。
後ろから、積み重ねた化粧箱を抱えた執事もやって来る。
「そこに並べてちょうだい。
ああ、ギュンターもよく見ておきなさい。
じきに、あなたも贈る側になるのだから」
「はい、お祖母様」
サロンの片隅に置かれたソファとテーブルに、贈り物が並べられる。
赤いハイビスカスの花束に、夏には珍しい黄色い薔薇の花束、白い薔薇の花束、淡い紫のリシアンサスの大きな花束、白百合の花束、ヤマユリの花束と色とりどり。
カタリナは初めて見る花も交じる。
化粧箱の中身の多くは、メレンゲ菓子、オレンジピールにチョコレートをかけたオランジェットなどなど軽く摘める、日持ちのする菓子類だ。
PRを兼ねてか、自国の特産品を贈ってくれた者もいた。
ユリアーナは、贈り物は相手の好みに合うものが一番、わからなければ自分にとっての相手のイメージに近いものを選んで、その旨書き添えるのが上策とギュンターに説明した。
「あなたは薔薇のように美しいって、ただ書くだけよりも、現物があった方が伝わりやすいでしょう?
ま、薔薇とか百合はよく使われるから、もっとぴったりした花に例えた方がよいけれど」
「なるほど。じゃあ、いろんな花を知っておいた方がいいですね」
「そうそう。この中でいえば、カタリナのイメージに一番近い花束ってどれだと思う?」
「んん……これかな? 白い、しゅっとしてるやつ」
ギュンターは、白いカラーをまとめたシンプルな花束を指した。
カードを見ると、昨日空中庭園を案内してくれたリリーの先輩からだ。
「これは、カラーという花。
どうしてこれを?」
「カタリナって、ぐじぐじしてないじゃないですか。
女っぽくないというか」
は?とカタリナは片眉を上げた。
「わたくしのどこが女っぽくないのよ!?
女らしさの極みじゃないの!」
「そういうところだよ!
それに初めて会った時、いきなり関節技をキメて、突き飛ばしてきたじゃないか。
おまけに、自分は悪くないって謝らないし」
初対面の時のことを蒸し返されて、カタリナは思わず赤くなった。
今にして思えば、少々やりすぎた気はする。
「……わかったわよ。謝るわよ。
あの時は、悪いことをしたわ。
ごめんなさい」
へこ、と頭を下げる。
「え。カタリナが素直に謝った!?
お祖母様、明日はウィノウに大雪が降りますよ!」
「なによそれ! せっかく謝ったのに!」
又従姉弟同士のじゃれ合いをハイハイと放置して、ユリアーナとイルマは、手紙やらメッセージカードを仕分けし始めた。
茶会への招待、晩餐会への招待、舞踏会への招待、観劇の招待、サロンへの招待、ウィノウ湾のクルージングやら郊外のピクニックへの招待。
当たり前だが、招待のほとんどはカタリナの保護者であるユリアーナ宛だ。
直接カタリナ宛に招待をよこした不届き者には、イルマが断りを書き、ユリアーナが署名だけする。
スケジュールを確認しながら、ユリアーナが招待を受けるもの、受けないものを決め、ユリアーナの自筆またはイルマの代筆で返信を書き上げていく。
招待が含まれていない手紙については、カタリナが返事を書くが、馴れ馴れしすぎるものはイルマに代筆してもらってサインのみ。
使う便箋、インクの色、封筒、添えるお返しの品なども、いちいち細かくユリアーナから指示された。
最初の段階では、事務的に白無地の便箋で良いが、ほんのりとでも気持ちがあるなら薄い色つきに、もっと親しくなったら香を焚きしめた便箋を使うと良いと教わる。
銀髪の兄弟、ザムエルグ商会長への返事は、カタリナが自分で書いた。
ピンク髪の海賊辺境伯・バルトロメオからも、蒼い琥珀糖を詰めた、貝を象ったガラスのボンボニエールに添えて、今後ともよろしくお願いいたします的なカードが来ていた。
当人はこんなことを思いつかないだろうから、秘書官の差配だろう。
こちらこそよろしくお願いしますと返事をする。
「ローランからだわ」
ユリアーナは文面を一瞥して薄い笑みを浮かべると、カタリナにひょいと手紙を渡してきた。
ローランは、カタリナを愛の女神ヴェヌーシアのように美しいとかなんとか褒めたたえつつ、意味不明な謝罪の言葉をぐだぐだと連ねている。
なんなら、お前が美人すぎるせいで自分がやらかしたんだと、リリーに手荒な真似をした責任をなすりつけようとしている風にも読めて、カタリナはうんざりした。
こんな手紙、返事の書きようがない。
「ローラン卿には、お返事はナシでもよいですか?
正直、二度とお会いしたくないですし」
「いいの? 少なくとも、離宮の大舞踏会では顔をあわせることになると思うけれど。
それに、一度くらいは紅の塔を訪問しないと。
テレジアに遊びに来いと言われたでしょう?」
「あー……その時はその時で」
ユリアーナは肩を竦めたが、それ以上なにも言わなかった。
「え。ローラン卿って、テレジア猊下のところの?」
なにがあったんだとぱちくりしているギュンターに、昨日のローランとリリー、ラウルのトラブルを説明する。
ギュンターは思いっきり困惑した。
春に、留学の下見にウィノウに来た時、「紅の塔」も訪問し、3人にも会ったそうだ。
その縁でブランシュ伯爵家に招かれ、リリー達姉妹と一緒に海辺で乗馬を楽しんだりもしたという。
当時は双子とリリーは普通に仲良くしていたらしく、リリーがラウルを侮辱したのも信じられないし、ローランがリリーに無体を働いたのも信じられないとギュンターはドン引きした。
「大伯母様。あの二人、どうなるのかしら」
「さあ……ここまでこじれたら、結婚はもう無理じゃないかとは思うのだけど。
でも、昨日、リリーを送っていったついでに伯爵夫妻とも少し話してみたら、かなり怒っていたけれど、ローランとの結婚を諦めきれないところもあるようで。
あれこれ揉めるかもしれないわね」
確かに、婚約解消したらしたで、リリーの行き場がなくなってしまう。
リリーは既に適齢期ぎりぎりと言われる21歳。
この年になってから、しかもあんな騒動を社交場で起こしてしまったリリーが、改めて次代ブランシュ伯爵にふさわしい男性を探して婿入りしてもらうのは、かなり難しい。
新聞に載らなくても、ああいういざこざはあっという間に口伝えで広まるのが社交界だ。
といって、実務は次女の夫が既に担い始めているのに、婚約が決まらないまま長女が家でぶらぶらしているというのも据わりが悪い。
どこかに嫁に出るとか、独り身のまま領地でひっそりと暮らすとか、俗世を捨てて神殿入りするという話になれば、今度は次女夫婦が家を乗っ取って長女を追い出したようにも見えてしまう。
それでなくても次女の婿は、社交に不慣れなのだ。
憶測が飛び交う中で、次代伯爵と披露するのもためらわれるだろう。
「なるほど……
でも、お兄様があんなことを言われたのだから、ローラン卿の側から婚約解消を要求してもおかしくないんじゃないですか?」
「それはそれで難しいのよ。
ローラン側から動けば、伯爵家が今まで使わされたお金をある程度は返せという話になる。
生活費や学費はとにかく、遊びの金まで払わされっぱなしというのはいくらなんでもおかしいでしょう。
仮に塔主になれたとしても、まとまったお金を貰えるわけでもないし、払えやしないわ」
「え、そういうものなんですか?」
カタリナは驚いた。
「『塔主』の体面を保つ予算はつくけど、自由に使える手許金はたいした額じゃない。
それがわかっているから、ローランも強く出られないんじゃないかしら」
「だからと言って、このまま結婚してもお互い不幸になるだけじゃないですか」
ユリアーナは嘆息した。
「まあね。婚約した頃は、あの二人、とても初々しくて仲も良かったのに。
結婚まで長引かせすぎたのが悪かったんだわ」
「あー……時間があったから、お互い色々要求が出てきて、こじれてしまったということですか?」
そうそう、とユリアーナは頷く。
「結婚って、そういうところがあるのよ。
むしろ、えいやっと勢いで結婚してしまう方が良いかもしれない」
「でも、相手の事情がよくわからないまま結婚して、後から苦労するのは厭だわ」
言ってしまってから、ユリアーナの結婚が正にそのパターンだったのに気づいて、カタリナはひやりとした。
ユリアーナは、別の手紙を開きながら微笑む。
「そうね。本当にそうだわ。
ま、家の事情や面倒事はわたくしが調べるから、あなたは殿方を見る眼を磨きなさい。
せっかく相手を選べるんだもの。
生涯を共にしたいと、心から思える方を見つけなければ」




