21.ダンシング・プリンセス
さっきの大階段を、うきうきと登って行くテレジアを追うかたちになった。
「レディ・カタリナ。弟の無礼、本当に申し訳ありません。
あなたのお美しさに、我を忘れたようで」
ラウルが早口で言う。
「驚きました。
ウィノウの高貴な方々から見れば、ランデールの公爵令嬢なんて、所詮田舎娘なのかしら、と」
カタリナは、ほんのりと笑みを浮かべて答えた。
舐めてもらっては困る。
「いや、そういうわけではなく」
焦るラウルを、「早く早く!」とテレジアが急かしてくる。
階段を上がった先の扉を開くと、大きな舞踏室だった。
あんなにひっきりなしに客が階段を上がっていたのに、ワルツを踊っている人達はまばら。
休憩用の、壁際に並んだ椅子もかなり空いている。
ワルツを踊る人々には眼もくれず、どすどすとテレジアはフロアを横切り、従僕が奥の扉を開いた。
大きな中庭を見下ろす回廊だ。
太い円柱の陰に隠れるように、男女が身を寄せ合っている。
敷地いっぱいに建てられた旧市街のパラッツォには、外庭もバルコニーの類もない。
その代わり、中庭を囲む回廊が、恋を囁く場になっているようだ。
回廊を進んだ先の扉が開かれると、ぶわっと音楽が流れ出してきた。
ワルツやポルカではない。
ドンドンドンとドラムの音が強くリズムを刻み、誰かが歌っている。
歌入りの曲?
クルトが俗謡で踊るのが流行っていると言っていたのを、カタリナは思い出した。
どういうわけか、中は薄暗い。
入ってみて、カタリナはぶったまげた。
暗い、かなり大きなフロアの突き当りは舞台。
男女のボーカルが、楽団とコーラスを従えて、恋の歌を歌っている。
舞踏場の楽団よりも金管が多く、打楽器がやたらにいるし、ギターやピアノまで入っていた。
混み混みのフロアで人々が踊っているのは、見たこともないダンス。
異性と組まずに一人で身体を揺らしている者も多い。
前後左右に大きく踏み出し、やたら複雑なステップを踏んでいる者もいる。
壁や床は群青に塗られていて、まるで深海のよう。
フロアの真ん中に吊るされた、魔導シャンデリアが七彩の光を放ちながらゆっくりと回転している。
テレジアは歓声を上げて、フロアに飛び込んだ。
すぐに巨体を前後に揺らすように、激しく踊っている。
ぶるんぶるんとお肉が震えて壮観としか言いようがないが、独特なリズムの捉え方が凄い。
思わず眼を奪われた。
「踊りましょう」
あっけにとられているカタリナの手を、前髪を掻き上げて美しい緑の眼をあらわにしたラウルが取り、カタリナも踊る人々の渦に巻き込まれた。
「え? どうすればいいの?」
ラウルと組み、リズムに合わせて身体を揺らすが、ステップもなにもわからない。
「もう踊れてるじゃないですか」
ラウルは笑って、カタリナの手を高く上げてくる。
カタリナは素早くターンし、すぐ切り返して逆にターンしてみせた。
王宮の舞踏会ならこんな急な動きはしないが、テレジアのスタイルがアリなら全然アリだろう。
ラウルが、お、という眼になった。
案の定、ラウルはかなりダンスが巧い。
おかげで、あっという間にカタリナは場に馴染めた。
ステップとか型とか、余計なことはなにも考えず、他人の眼も気にせず、思いのままにリズムに乗り、身体をくねらせる。
曲によって、サビで合いの手に拍手を入れたり、ジャンプしたりするお約束があるらしく、見様見真似で同じ動きをするのも楽しい。
知っている曲なら、大声で歌いながら踊ったっていい。
自由だ。
とてつもなく自由だ。
初めて知った恋を歌う曲で踊り。
一目惚れの恋を歌う曲で踊り。
惑わされ、悪夢の中を彷徨うような恋を歌う曲で踊り。
気がついたら、カタリナはフロアのど真ん中で、両手を高く差し上げ、派手に踊りまくっていた。
紹介も名乗りも抜きで、眼があった見知らぬ紳士達と次々と組んでは踊り、常連らしいどこかの令嬢だか若夫人とも踊り、勢い余ってテレジアとも踊る。
昼に空中庭園で話した銀髪の兄弟も来ていて、彼らとも踊った。
さすがに喉が乾いてフロアからいったん退くと、クルトとイルマがフロアを囲むボックス席から手を振ってきた。
合流すると、クルトが「ほら、やっぱりモテまくりじゃないか」とからかいながらカーヴァを注いでくれる。
一息に干した。
「大伯母様は?」
イルマに訊ねる。
「リリー様を伯爵家まで送っていかれました。
じきに、こちらにお戻りになるかと」
「大丈夫だったのかしら、リリー様」
「妃殿下とお話されて、少しは落ち着かれたようでしたが」
イルマは言葉を濁した。
「ならよかったけれど。
あんなこと、ゴシップ紙にでも書かれたら大騒動だわ」
「そこは妃殿下がなんとかされるんじゃないかな。
面白おかしく囃し立てられたら、テレジア猊下の御名前にもかかわる」
ずっと全力で踊りっぱなしのテレジアの方をチラ見しながらクルトが言った。
魔力も化け物だが、体力も化け物だ。
「ローラン卿はどうされたの?」
「今日は退くしかないことはわかってくれて、出ていった。
だいぶ荒れてたけどね」
げっそりした顔でクルトが言う。
「カタリナ。ローランは君に本気で一目惚れしたのかもしれない。
『自分が生まれてきた意味が初めてわかった』とか口走って、君の実家のこととか、縁談探しはどうなってるんだとか、根掘り葉掘り聞いてきた」
「はぁ!? あんな失礼なことをしておいて!?
バッカじゃないの!?」
カタリナはキレた。
まあね、とクルトは溜息をつく。
「リリー様とは良いお友達になれるかもって思っていたのに、あれじゃもう無理無理無理だし……
ローラン卿に『あなたに嫁ぐとか、絶対にないから安心しろ』って言っておいてちょうだい」
「私から? それは微妙だな。
それでなくても一応ライバルなんだから、私が君に気があって邪魔してると思い込んで、君を私の魔の手から救い出さなければ!とか、なりかねないよ」
「そういうタイプなの?」
カタリナはぞっとした。
以前、貴族学院で、その手の騒動が起きたことがある。
どうだろう、とクルトはイルマと顔を見合わせた。
「ま、それは言い過ぎか。
ただ、ローランもラウルも、こじらせがちじゃある。
二人は聖皇陛下の甥なのに、父君が……だいぶ変わった方だし、リリーと婚約してからは、ブランシュ伯爵家からあれこれ注文をつけられて、事あるごとにダメ出しされてきたからね。
おまけに、伯爵夫妻は、ラウルの魔力障害を露骨に嫌がって、今じゃ彼をほとんど無視している。
正直、あの態度は酷すぎだ」
「そういうこと……」
聖皇家の血を引きながら、中途半端で曖昧な立場。
魔導学院のような、同年代の皇族貴族が集まる集団の中では、辛い思いもしただろう。
それに加えて、ラウルの魔力障害。
昼のリリーの話では、とにかくローランが自分勝手だという印象だったが、ローラン達にもそれなりの言い分があるようだ。
「ま、ローランじゃ到底かなわないような貴公子と仲良くなって、盾にすればいいんじゃないかな」
「馬鹿言わないで。
あの方、紅の塔主になるつもりなんでしょう?
塔主より上の立場って言ったら、大聖女猊下と聖皇陛下くらいじゃないの」
カタリナは苦笑した。
確かに、とクルトも笑う。
「せっかくだから、もう少し踊ってくるわ。
クルト様は?」
「ん。ダンスは得意じゃないけど、ここは一つ、挑戦してみるかな」
クルトは立ち上がり、カタリナをフロアにエスコートしようとして、固まった。
7、8人の紳士達がずらりと仲良く並んで、「次の曲はぜひ自分と」と、カタリナに笑いながら手を差し出している。
その真中で、両脇から銀髪の兄弟に挟まれたラウルが困惑している。
カタリナを誘いに来たラウルに、他の紳士達が気づいて面白半分に乗っかってきたらしい。
「ええと、整理券を配った方がいいかな?」
クルトは笑い、カタリナはクルトを扇でぶつ真似をした。
ユリアーナが戻ってきたのは、真夜中を回ってからだった。
そこから、なんでかテレジアとユリアーナがダンス対決するとか色々色々斜め上な出来事があったが、テレジア達は「塔」へ、カタリナ達は館へと無事帰還した。
翌朝の昼前──
寝坊したカタリナが朝食室で一人もそもそと意識の高いブランチを食べていると、ギュンターがやってきた。
「おはよう、カタリナ。昨日はお楽しみだったみたいだけど……
ダンシング・プリンセスって、さすがにダサくないか??」
「は? なんの話?」
「ほら、ここ」
ギュンターは、「聖都新報」の社交欄を開いてよこした。
トップには「まさにダンシング・プリンセス! カタリナ・サン・ラザール公爵令嬢、『モンド』を征服!」という見出しがデカデカと踊っていた。
サロンで描かれた肖像画に加えて、跪いて手を差し出している貴公子にカタリナがぐるりと囲まれている挿絵までついている。
「なによこれ!?」
カタリナはのけぞった。
Abba - Dancing Queen 1976
https://www.youtube.com/watch?v=XN9lgrT8eVc
※スウェーデン王カール16世グスタフ結婚祝賀会でのパフォーマンス
ジュリエット:イケメン銀髪兄弟が速攻再登場なのに、名前がまだ出ないですー!! どういうことー!?
レティシア:そして黒髪の美形双子が登場と思ったら、ラウル様は魔力障害でカタリナ様が嫁ぐのは無理筋、ローラン様はどう見てもクソ野郎。どうしろっつうのこの企画!?(扇をへし折る)
ジュリエット:というかギュンター様、かわゆくないですか??
レティシア:でも、カタリナ様はさっぱり意識していらっしゃらないようだし。クルト様、次章こそは頑張ってくださいね!
ジュリエット:このままじゃカタリナ様が女海賊になっちゃうんで、よろしくです!




