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19.ま、馬子にも衣装だなッ

 誰とどういう会話をしたのか尋問されながら、ユリアーナの館に戻ると、もう夕方。

 留守番だったギュンターも一緒に意識高い系の軽い夕食を手早く摂り、すぐに社交場に行く支度だ。

 一度汗を流し、クリーム色のサテンに同色の糸で花模様を刺繍した夜会用のドレスに着替えて、髪を結い直す。

 今までは祖母の指示で、顔立ちの派手さを弱めるような化粧をされていたが、ユリアーナは逆に太めのアイラインを目尻で跳ね上げるようイルマに命じた。

 ただし、色は黒だとキツすぎるのでダークブラウン。


 鏡を見ると、小生意気そうだがどこか愛嬌のある雰囲気に仕上がっている。

 ユリアーナは、カタリナの肌の色ならモーヴ、カーキ、ネイビーでも合うだろうから、色々試してみると良いと教えてくれた。

 例によって喪色のドレスだが、黒く輝くジェットとグレーのレース、鳥の羽を組み合わせたモノトーンの頭飾り(ファシネーター)をつけているユリアーナ自身も、よく見ると黒ではなくダークグレーのアイラインを引いている。


 化粧が仕上がったところでイヤリングやネックレスをつけ、夜会用バッグも持ってもう一度ユリアーナのチェックを受け、OKが出たので皆で階下に降りる。

 サロンに入ると、絵入り新聞を読んでいたギュンターが、がたたっと立ち上がった。


「ま、馬子にも衣装だなッ」


 なんでか顔を赤らめ、半ギレ気味によくわからないことを言ってくる。


「なによそれ? わたくしの美しさに改めて感心したけれど、認めたくないってこと?」


 カタリナが両腕を組んで軽く睨むと、ギュンターは真っ赤になった。


「そそそそういうことだッ」


 視線をそらして、ギュンターは叫ぶ。

 ユリアーナが扇で口元を隠しながら、声を立てて笑った。


「あら素直。でも、女性を褒めるセンスが根本的に欠けているのは問題ね」


「女性の褒め方なんて、そんな浮ついたこと……」


 ギュンターは口ごもる。


「ま、そのあたりはウィノウで学べばいいわ。

 そうね、まずは一日に5篇、恋をテーマにした十四行詩ソネットを何語にでもいいから翻訳しなさい」


「え!? 宿題増えてる!?」


 ショックを受けているギュンターに、ユリアーナは「まずは褒め言葉を覚えないと、話にならないわ」とダメ押しする。

 あうあうしているギュンターを置いて、ユリアーナはカタリナとイルマを連れて馬車に乗り込んだ。




 馬車は、暗い東ドーナ川を渡り、旧市街へ入る。

 魔導灯を使った街灯が道の両脇に並び、この時間でもまだ開けている店が多いので、夜だと言うのにびっくりするほど灯りが多い。

 ちょうど舞踏会に向かう頃合いだからか、たくさんの馬車が行き交っている。


 馬車は、旧市街の大通りのど真ん中にそびえ立つ、巨大なパラッツォの前で止まった。

 馬車の窓からだと、建物の端も見えない。

 これが西大陸随一と謳われるウィノウの社交場『モンド』か。

 位置といい、規模といい、以前は公爵家あたりの館だったのかもしれない。


 ドアマンが飛んできて、馬車を降りる。


「ユリアーナ妃殿下、ようこそお越し下さいました」


 支配人なのか、黒髪を丁寧に撫でつけ、口ひげの端をぴんと跳ねさせた中年の男が足早にやってきて、ユリアーナをうやうやしくエスコートする。

 幅の広い階段を数段上がり、青銅製の立派な扉が開け放たれたままの玄関に入ると、2階へ続く大きな馬蹄形の階段をめぐらせた大きなホール。

 どこかからか、音楽が聴こえる。


「久しぶりね、グスタフ。

 この娘はランデール王国サン・ラザール公爵家のカタリナ。

 月末までウィノウに滞在します」


「ああ、ご実家の姫君で。

 レディ・カタリナ、なんなりとお申し付けください」


 うやうやしく支配人は頭を下げ、カタリナは「よしなに」と軽く頷いてみせた。

 支配人の後ろを抜け、階段を登っていく客たちが、ユリアーナとカタリナをちらりちらりと見ている。


「テレジア猊下はいらしているかしら。

 ここでお約束しているのだけれど」


「いえ、まだお見えではありません。

 サロンでお待ちになりますか?」


「そうね。頼むわ」


 支配人は従僕を呼んでユリアーナにつけ、奥へと案内させる。

 花をモチーフにしたステンドグラスを嵌め込んだ扉が開かれると、舞踏室にしてもよさそうなくらい大きなサロンだった。

 ソファが何組も並び、半分くらい埋まっている。

 どうやらお見合いをしている雰囲気の客もいた。


 空いていた席の一つに座ると、すぐにカーヴァが来た。

 テレジア猊下は遅くにいらっしゃるでしょうから、のんびりしていましょうとユリアーナは言う。

 どうもテレジアには遅刻癖があるようだ。

 ま、ウィノウ聖皇の姉で「紅の塔主」なら、待たせたらマズい相手は大聖女猊下くらいだ。


 と、ここでウィノウの新聞「聖都新報」の記者が声をかけてきた。

 記者はユリアーナの知り合いらしく、あれよあれよという間に、カタリナは取材を受けることになってしまった。

 社交欄の名物連載「今週のニューフェース」で取り上げたいとのことで、肖像画も掲載したいとか言われる。


 カタリナは、壁際に立ってポーズを取るよう頼まれた。

 ささっと、イルマがカタリナの髪とドレスを整える。


 王太子妃の座を逃して以来、さんざん見合い用の姿絵のモデルになっている。

 指示される前に、画家に対して斜めに立ち、半分振り返るようなポーズをとって微笑んだ。


 新聞社の特約画家が筆を走らせる脇で、記者が趣味や特技などなど矢継ぎ早に聞いてくるので脊髄反射で答えていく。

 趣味は芸術鑑賞。一番好きな画家はリヴェッリ。特技はダンス。好きな花はカトレア。好きな食べ物は、桃の幼果の蜜煮。


「どんなタイプの男性がお好きですか?」


「え??」


 踏み込みすぎだろうと思ったが、ユリアーナは止めもせずに、面白そうにこっちを眺めている。


 なんだろう、とカタリナは視線を泳がせた。

 ここで「顔がいい」とか頭の悪そうなことを雑に答えるわけにはいかない。

 半月遅れでランデールに届く「聖都新報」の社交欄は、祖母だって読んでいるのだ。


 ふと、アルフォンスの、なんにも考えてなさそうな、ぱかっと明るい笑顔が思い浮かんだ。

 王族らしい威厳には欠けているかもしれないが、カタリナはあの笑顔が好きだ。

 見ているだけで、心があたたかくなる。


 アルフォンスは、現国王ほどの魔力はないし、突出した才能があるわけでもない。

 もちろん彼なりに努力はしているが、成績にしてもなんにしても中の上レベル止まりだ。


 ただ、彼は他人を妬んだり、否定するようなことは一切しない。

 身分の上下、能力のあるなしに関わらず、周りの者皆に、常に敬意を持って接している。

 そこが、アルフォンスの凄いところなのだとカタリナは思う。

 そういう心の現れが、あの笑顔なのだろう──


「『笑顔の素敵な、おおらかな方』かしら」


 アルフォンスの笑顔を思い出して、自然に柔らかい表情になりながら、カタリナは答えた。


「いいですね……」


 画家がぽわぽわっとつぶやき、慌てて咳払いする。

 他にも二三、質問に答えて、取材は無事終わった。


 ユリアーナは、扇で口元を隠して、記者とひそひそ話を始めた。

 手持ち無沙汰なカタリナは、他の席の客を眺めながら、ウィノウの流行についてイルマに訊ねたりするしかない。


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