1.もとは鉱夫の家だもの
──悲劇に先立つこと1ヶ月ほど前。
初夏のランデール王国、王立貴族学院の中庭。
「あーあ。結局、ジュスティーヌ様が王太子妃か」
「入学したときは、いかにもカタリナ様って感じだったのにね」
「だって、サン・ラザールは無理やり公爵家になったとはいえ、もとは鉱夫の家だもの」
くすくすと、忍び笑い。
今日は春季の授業修了日で、式典のみで終わり。
抜けるような青空の下、生徒達が、三々五々と迎えの馬車が来る車寄せに向かっていく。
その流れに乗って車寄せに向かっていたサン・ラザール公爵の三女カタリナは、少し離れたところでたむろしていた令嬢達の会話に眉を寄せ、くるりと踵を返した。
がっつり縦ロールに巻いた濃いめの金髪を揺らして、足早に向かって来るカタリナに気づいた令嬢達が、引きつった顔になって散ろうとするが、ずいと行く手を塞ぐ。
「とっても楽しいお話をされていたようだけれど。
わたくしも混ぜてくださるかしら。
ええと、お名前は……なんておっしゃったかしら?」
唇の端を吊り上げ、いかにも艶冶に微笑んで見せると、カタリナは令嬢達を一人ひとりを笑みを消した眼で見やった。
令嬢達は、へどもどしながら視線を泳がせ、逃げ場を探す。
「どうしたのカタリナ。あなただってご存知でしょう?
クレマン伯爵家のジュリア様、クレマン子爵家のマリー様とアンヌ様、ド・ポー伯爵家のアルベルティーナ様じゃない」
シャラントン公爵家の長女ジュスティーヌが、後ろからひょいと話に加わった。
ジュスティーヌは先日、王太子アルフォンスとの婚約を正式に発表したところ。
使える魔法は火属性一種のみだがやたらめったら強く、おまけに7ヶ国語を操るなど教養にも優れた、開学以来のスーパー才女だ。
カタリナはうんざりした顔をしてみせた。
「言われなくても知ってるわ。
あなた方みたいな雑魚、いちいち名前なんて覚えていませんのよ?ってことにしておけばマウントが取れるし、雑にディスられたことも、この場限りのことにできるじゃない。
家同士の話になったら、こっちだって面倒なんだし」
「あら、ごめんなさい。
あえて名前を知らないふりをすることで、そういう風にできるのね。
勉強になるわ」
銀髪紫眼、切れ長の眼がいかにも理知的な印象を与える美貌から「月の君」とあだ名されているジュスティーヌは、穏やかに微笑む。
ちなみに、金髪碧眼、ぱっきりとした派手顔のカタリナのあだ名は「陽の君」だ。
「というか、あなた、いつの間に湧いたのよ」
公爵家の令嬢同士、というつもりなのか、ジュスティーヌはカタリナに親しく接してくるのだが、カタリナはジュスティーヌとあまり関わりたくない。
だからなるべく距離を取るようにしているつもりだし、今も近くにいると思っていなかったのだが──
「面白そうなお話をされていたから。
あなた、前におっしゃっていたじゃない。
『公爵令嬢たるもの、地獄耳でなければならないのですわ!』って。
わたくしだって、公爵令嬢ですもの」
半年ほど前の舞踏会、「美人は美人だが、あれじゃ芝居の悪役令嬢だ」とこそこそ言っていた貴族達に逆ねじを食らわせた時にカタリナが吐いた迷言を、ジュスティーヌは真似してみせた。
少し上体をそらし、手の甲を口元に添えた、カタリナお得意の高笑いポーズまでつけている。
「さすが姫様! カタリナ様にそっくりです!」
ジュスティーヌにくっついてきた、稀少な光属性魔法持ちなのに、令嬢らしい作法がさっぱり身につかないため「野生の男爵令嬢」と呼ばれているピンク髪のジュリエット・フォルトレスがぱちぱち拍手する。
カタリナは思わず無の表情になった。
とかやっていると、金髪碧眼・超絶美形だが「おおらか」が若干行き過ぎて天然感漂う王太子アルフォンスもやって来た。
アルフォンスの「御学友」のヒョロガリメガネな宰相の次男のノアルスイユ、やたらガタイの良い騎士団長の三男のサン・フォン、サン・フォンの婚約者のレティシアも一緒だ。
ジュスティーヌを見つけたアルフォンスの表情がぱっと明るくなって、足早にこちらに向かってくる。
半歩、カタリナは後ろへ下がった。
アルフォンスをはにかむような笑顔で迎えたジュスティーヌが、「先祖の先祖がなにをしていたのかというお話ですって」と流れを軽く説明した。
ノアルスイユが、くいいっと銀縁眼鏡を持ち上げる。
「興味深いお話ですね。
我がノアルスイユ侯爵家の祖は吟遊詩人として諸国をさすらっていたところ、王家に才を見出され、祐筆として仕えるようになったのが始まりと聞いていますが」
「む。吟遊詩人か。
かっこいいな。
うちはなんだろう、言ってみれば山賊かな??」
王家の祖は、現在の王都近辺の豪族だったと言われている。
魔獣襲来が頻発し、ほとんどの国家が瓦解して天下が麻のように乱れた「大暗黒時代」をどうにか生き延び、人類が大同団結して反攻した「魔獣大討伐」の際、功績を多々上げてこの国を治めることになった。
その後、200年、王家はおおむね穏やかにこの国を統治しているが、弱肉強食の大暗黒時代ならば、時代も時代だし山賊的なこともやっていただろうな感はある。
「そんなところでしょうか」
シャラントン公爵家は、初代国王の次男を祖とする。
要は、王家の分家筋であるジュスティーヌがうなずいた。
「なら、うちは海賊か。
先祖はウーベ島の豪族と聞いているんで」
赤毛でやたらガタイの良いサン・フォンも話に加わる。
この国の上位貴族は、王家の分家か大暗黒時代に豪族などの立場で魔獣大討伐に貢献した家が多い。
陰口令嬢達に「鉱夫」とディスられたサン・ラザール家は、建国時は目立った功績はない。
建国後、農地を開発した功績で最初の爵位を得、さらに自領にあった鉱山を開発することで功績を重ねて出世した家だ。
なので、「魔獣大討伐」で名を挙げた家からはいまだに新興貴族扱いされることがある。
「海賊かー。羨ましいな」
「山賊より海賊の方が、ロマンがあるのはどうしてなんでしょうね」
「私、もし攫われるんだったら、山賊より海賊がいいです!」
「ええええ……ジュリエットを攫うとか、どんだけ強い海賊なんだ」
「ジュリエットなら、光魔法で海賊を制圧して、親玉になる方がありそうな」
「あ! それもいいですねー!
取舵いっぱーい! 全攻撃魔法、全開ー!とかやりたいです!」
アルフォンス達がわいわいと盛り上がる一方、カタリナは立ちすくんだままの陰口令嬢達を横目で眺めた。
顔色は皆、真っ白だ。
普段アルフォンスと親しいわけでもない彼女達が、「王家の祖は山賊」などと言われても同意するわけにはいかないし、王太子に異を唱えることもできない。
そもそも、歴史的な経緯はともあれ、今は格上の公爵家を鉱夫呼ばわりしたことをアルフォンスの前で蒸し返されたら、はなはだまずい。
膝が、がくがく震えはじめている者もいた。
「ところで、君たちの家はどうなんだ?」
キラキラしくアルフォンスが話を振った途端、陰口令嬢の一人がついに失神してしまった。