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10.でもわたくしは、謝りませんから

 いきなり貴様よばわりされたカタリナはカチンと来た。

 思わずにらみつけると、少年の頬が、みるみる赤くなっていく。


「サン・ラザール公爵家のカタリナだけれど。

 あなたこそ誰?」


 腕組みをして、カタリナは聞き返した。


「サン・ラザール? お祖母様の実家の?」


 少年の口ぶりからすると、ユリアーナの孫、カタリナには又従兄弟ということになるのか。

 そういえばユリアーナが、ローデオンの孫がウィノウの学院に秋から留学するとかなんとか言っていた気がする。


「そ。ところで、わたくしは名乗ったのに、あなたは名乗らないの?」


 扇があったら、パチリと鳴らしてやりたいところだ。


「お、俺はローデオン大公国公子、ギュンターだ。

 お祖母様がウィノウにお戻りになったと聞いて、大使のところからこっちに移ってきたところだ」


 赤毛の少年は名乗る。


「ああ、ギュンター様」


 ギュンターという名には覚えがあった。

 現大公の長男で、カタリナの2つ下の15歳。

 魔力が水土の二属性なので、大公家は下の子が継ぐのだろうとかなんとか父が言っていた気がする。


「又従姉妹、てことになるのか。

 それにしても……お前、お祖母様が嫁入りされた時の肖像画にそっくりだ」


 ギュンターは、ふらふらっとカタリナに近づいてきた。

 無遠慮に顔に手を伸ばしてくる。


「え、なに??」


 カタリナは上半身を泳がせて避けると、反射的にその手首を両手で捉えた。

 そのまま、内側から外側へくるりと返す。


「あぎゃあああああ!?」


 雑な護身術で手首の関節をキメられたギュンターは悲鳴を上げた。


「公子だかなんだか知らないけど、勝手に触ろうとするだなんて成敗だわ!」


「なにをするッ

 たかが公爵令嬢の癖に!

 こっちは大公家の……」


 なにかめんどくさいことを言い始めた少年の手首をぐいいいいっと下げて、さらにひねる。

 勢いをつければ身体ごと投げられるのだが、投げてしまうと後が面倒なので、あえて投げない。


「あががががが!?」


「千年の伝統を誇るローデオンの大公子様が、こんな無作法をするわけがないじゃない。

 不審者だわ不審者ー!

 きゃー誰か助けてー! たかが公爵令嬢が襲われてますううう!」


 カタリナはあざ笑う。


「なんの騒ぎ?」


 ユリアーナが書斎から出てきた。

 カタリナに小手返しをくらってもがくギュンターを見て、さすがにびっくりした顔で立ち止まる。


「まともに名乗りもせずに、勝手に人の顔に触れようとする無礼者がおりましたので、ちょっと仕置きを」


 カタリナはしれっと言いながら、ギュンターの手首を勢いをつけて離した。

 ギュンターは床の上に転がって、「お祖母様ぁ」と涙目だ。


「あなたたち!」


 ユリアーナはブチ切れた。


「カタリナ! 仮にも大公家の子を痛めつけて、なんですかそのドヤ顔は!

 そもそも、うかつに殿方に手を出したら、本気で反撃されることだってあるのよ!

 恐れ知らずにもほどがある。

 まずは逃げろと教えられているでしょう?

 自分から手を出すのは、相手を殺して自分も死ぬ覚悟がある時だけにしなさい!」


 ひょあ、とカタリナは首を竦める。


「で、ギュンター。

 初対面の令嬢に勝手に触れようとしたとかどういうこと!?

 おまけに、『たかが公爵令嬢』とかいう言い草はなに?

 相手が公爵令嬢でも平民の娘でも、そんな頭の悪い軽んじ方をする馬鹿は、ウィノウの社交界では即死よ!

 ローデオンでは、そんなことを言っても、誰も叱ってくれなかったの?」


「え。えええと……」


 ギュンターはうろたえる。


「それに、わたくしは生まれた時は侯爵家の娘だった。

 あなたは『たかが侯爵令嬢』の孫。

 あなた、わたくしの孫であることを汚点だとでも思っているの?」


 見下ろす眼は、祖母が孫を見る目とは思えないほど冷たい。

 ギュンターは、さああっと青ざめた。


「そ、そんなことはないです!

 お祖母様は、僕たちの大切なお祖母様です!」


「考えなしにもほどがある!」


 ユリアーナは一喝すると、カタリナの方に顎をしゃくってみせた。


 あわあわしながらギュンターは立ち上がると、カタリナに向き直る。


「レディ・カタリナ。

 大変、その、無礼なことをしてしまいました。

 どうか、私をお許しください」


 一呼吸置いて、ギュンターは自分の胸に右手を重ね、深々と頭を下げてきた。

 ごちゃごちゃ言わずに即謝ってくるあたり、根は素直なのかもしれない。


「謝罪を受け入れます。

 でもわたくしは、謝りませんから」


 カタリナがつんと澄まして言うと、ギュンターはびっくりしてユリアーナの方を見た。


「ま、謝りたくないのなら、別にいいわ」


「ええええええ……お祖母様、僕にだけ厳しくないですか!?」


「仕方ないでしょ?

 あなたには厳しくしてほしいと言われてるもの」


 ユリアーナは口元だけで笑うと、踵を返しかけて足を止めた。


「ああそうだ、念のため最初に言っておくけれど。

 二人とも、結婚相手はよそで探しなさい。

 又従兄弟とはいえ血が重なってしまうし、ローデオンにもサン・ラザールにも、今は縁を結び直す意味はあまりないのだから」


 カタリナは、ぱぁあと良い笑顔になった。


「安心いたしました!

 親戚だからって、こんなお子ちゃまを押し付けられるのなら、神殿に駆け込んで女神フローラにお仕えする道を選ぶしかありませんもの」


「ぼ、僕だってこんな暴力女、願い下げです!」


 ギュンターも負けじと主張する。


「ま、二人が深く思いあって、どうしても一緒になりたいとなったら話は別だけれど。

 まだ片付けないといけない用事があるから、喧嘩せずに大人しくしていてちょうだい。

 ギュンター、ピアノを弾いてもいいわよ」


「え!? あ!? は、はい……」


 慌てるギュンターを、からかうような流し目で見ると、ユリアーナは引っ込んだ。


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