1997年2月西吉野
15日大宇陀のSさんに誘われて福寿草の自生地へと足を運んだ。吉野口で待ち合わせて、初めてJR和歌山線に乗り、五条駅まで行く。そこから、五新線となる予定だった専用道路を走るバスに乗って終点の城戸(西吉野)まで。なかなか良い眺めだった。
城戸から丹生川沿いに北へ少し歩いたところで東への道に入る。陰地を越してその先へ。山間いの土地を丁寧に開いて小さな畑を作っている。そんな斜面にある冬枯れた畑の脇を歩いて行く。人は数えるほどもいない。そんなところで福寿草の黄色い花は光を受けて輝いて見える。福寿草はかたまって咲いておらず、あちらこちらと散在していた。
寒い中、畑で小さな硬い芽の付いた枝を切り出しているのを見かける。雪柳か猫柳かと思い、道端で枝を束ねるご老人に尋ねてみる。桃の枝だそうで、切り口を水に浸けて温室に入れておくと枯れることなく3月3日のひな祭りに合わせて出荷出来るそうな。山深く、田は作れず、畑や林業で活計を立てている暮らしぶりが偲ばれる。
帰りの電車でSさんに五条駅の次、北宇智駅で珍しいスイッチバックを見ることが出来ると教えてもらう。朝は五条へ通学する高校生達がいっぱいで姦しく、何か話すところではなかったのだ。スイッチバックは見ている方は興味深いが、運転手さんにとっては、電車の端から端まで移動せねばならないので、大変な作業だ。




