1990年4月岡山
19日〜21日岡山へ。あてもなく、行き当たりばったり。初日は岡山駅近辺をうろつく。オリエント美術館、後楽園など。あまりに順当で、記憶は彼方だ。
2日目倉敷へ。アイビースクエアから大原美術館。エル・グレコの受胎告知はなかなか良かった。天使の表情が気に入った。実際に、どのようにして、マリアに告げたのか想像するだに面白い。また、描かれた手の形、人物の背景、纏う衣装、小物類、と細かくチェックする。興味深い。
倉敷川畔の美観地区の記憶は川面に建物の陰が映り込むくらいしかない。ガイドには必ず写真が載っているのにね。
この日一日中雨が降っており、雨にもめげずに歩いて見つけたものは、カタツムリだった。鶴方山公園にある阿智神社だったはず。神社に向かう道にある草木にカタツムリがいっぱい!雨が降りうれしいのか、彼らにしては、精一杯の速さで上へ上へと登っていく。気になって数えてみると80匹はいた。草木に隠れて見えないカタツムリもいるだろうから、もっともっといるのだろう。こういうの、苦手な人だと、恐怖しかないかも。
ずいぶんあちこち行ったけど、これほどカタツムリをたくさん見たのはこの時だけだ。
初めて木に成っている梅の実を見た。未だ、半分くらいの大きさで、見ていて可愛い。思わず、なでたくなる。
夜ご飯に鯛茶漬けを食す。あつあつご飯の上に、5ミリ厚さの鯛の切り身、芽じそ、もみのり、アサツキ、わさびを載せて、上からお茶をたくさんかける。シンプルな食べ方なのに美味しかった。満足。
3日目は観光マップで紹介されていた吉備路をサイクリングで周ることにする。レンタサイクルは借りた場所でなくとも、指定駅であればどこでも返却可。便利だ。
伯備線の総社駅からレンタサイクルで吉備線備前一宮駅までのんびり走る、と予定を立てる。総社駅を後にしてしばらく、備中国分寺を詣でていた時だった。どこからおいでですか、と70代くらいのSさんという、お爺さんに声を掛けられる。今だとそうでもないが当時はかなりハイカラないでたちに見えた。ジーパンにジージャンと、上下ジーンズ姿。乗っている自転車は、ママチャリではなくロードバイク。いい天気に晴れたので、一走りに出かけてきたそうな。いろいろと話すうちに、最上稲荷経由で備前一宮駅まで案内してくださることになった。
ロードバイクは伊達ではない性能で、すいすい道を
走っていく。私のほうが若くて体力あるはずなのにともすると置いていかれそうになる。
最上稲荷着。日本三大稲荷ということでずいぶん人がいる。秀吉さんに焼かれてしまったけれど、後に再建されたと説明を受ける。一息ついた後、備中一ノ宮である吉備津神社へ。吉備津神社から備前一ノ宮である吉備津彦神社は1キロほどしか離れていない。吉備津彦神社から駅はすぐそこだ。吉備津彦神社で休憩を兼ねてSさんに饅頭をご馳走になる。
Sさんの話しぶりは、なかなか印象的だった。なんというか、そこいら辺りに住んでおられる郷士の方の話しぶりは、このような感じなのかと、思う。
たとえばこんなふうに。
饅頭を食べてください→饅頭を召されい
座ってください→座られい
うーん、ニュアンスが、難しい。
大学の同級生にいた総社出身者は、じゃけん、とか、じゃろ、の語尾だったんだよなぁ。
岡山名物ママカリ(いわしの酢漬け)の話しが出て、是非、食べてみてほしいと推奨される。名物は桃や吉備団子だけではないのだ。
時刻が昼をやや過ぎた頃、名残惜しいが家にお昼が用意されているからとSさんは去って行かれた。
私はというと、岡山駅まで出ると、早速、ママカリ定食を食べ、土産にも買い込んだ。
Sさんから、後日写真入りの手紙をいただいた。何度か手紙をやり取りしたけれど、お会いすることは二度となかった。これぞ一期一会。




