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捌:反逆

 宴会が終盤に差し掛かった頃、竜胆が椿の前にやって来た。


「……おめでとう。まさか、椿が樹様の婚約者になるなんてな……」


 意味深な様子でそう呟く竜胆に、椿は曖昧に笑った。


「私もビックリしてる。でも、決めたからには頑張るよ」

「……お前がそれで良いのなら、俺は応援するよ」


 竜胆は、何故か痛みを堪えるような顔でそう言い残し、身を翻して去っていった。そのまま、部屋を退出してしまう。


「……神無月の当主と仲が良いのか?」

「え? ああ、分家同士の集まりの時とか、梅が癇癪起こして私に当たるとよく止めに入ってくれてたの。でも、梅は私を庇う人がいる事さえ気に食わなくて、止めに入られると家に帰った後更に酷い目に遭わされる事になるから、何度も放っておいてって言ってたんだけどね」

「……ふぅん」


 樹は何か言いたげな顔で鼻を鳴らした。


 その時、廊下から何やら騒がしい声が響いてきた。


「困ります! 今は樹様と真当主のみの宴会です!」

「煩い! 使用人のくせに私に指図するな!」


 キンキンと響く金切り声と、どすどすという足音。


 嫌な予感に青褪める椿の手を、樹はそっと握った。


 その直後、ばん、と部屋の出入り口である障子が乱暴に開け放たれた。

 そこには、肩で息をする梅と、その後ろでおろおろしている菖蒲の姿がある。


「椿! どういうことよ! アンタが樹様の婚約者になるなんて! 私が絶対に許さないわ!」


 鬼のような形相で声を荒らげる梅に、真家長の者たちも流石に絶句する。


「……俺が自分の婚約者を決めるのに、何故お前の許可が要る?」


 樹は、これ以上ないほどに冷たい眼差しで梅を睨む。

 しかし、興奮している梅はその眼差しに怯むことなく、ズカズカと広間に入り、樹の前に立った。


「樹様! 樹様は騙されているのです! 椿は男にだらしがなく、いつも複数の男と夜を共にするような女です! 樹様の花嫁として、真当主としても相応しくありません!」


 ここまで嘘をすらすら言えるのはある意味凄い。姉の迫力に気圧されつつも、半ば感心してしまう椿だ。


「樹、私そんなこと……」


 念のため否定しようとした椿の手を、樹はぎゅっと握って微笑んだ。


「大丈夫だ。わかってる」

「いいえ! わかっていらっしゃいません! 椿は、椿は……っ!」

「黙れ」


 尚も言い募ろうとした梅を、怒気を孕んだ声で一喝する。


「お前の発言は、暦家当主である俺への侮辱であり、本家に対する反逆だ」

「そんなこと……!」

「お前は、俺が女に騙されるような馬鹿だと、真家長の前で宣言した。違うか?」


 樹は淡々と言葉をはく。

 梅はようやく自分の言動が何を意味するのかを理解し、さっと青褪めた。


「わ、私は、そんなつもりじゃ……」

「ならどういうつもりだ? 真当主の前で妹を貶めれば、自分が俺の婚約者になれるとでも思ったか? 念のために言っておくが、もしも仮に椿がお前の言うような女だったとしても、俺がお前を選ぶことは断じてない。絶対にだ」


 それは、樹の花嫁になることだけを夢見て努力してきた梅の、人生の全てが否定された瞬間だった。


 愕然と、梅は言葉を失ってその場に膝をつく。


「根元」

「はい」


 呼ばれてすぐに応じたのは、上座側の障子から入ってきた黒いスーツの男だった。

 三十代半ばほどの、精悍な顔つきでがっしりとした体つきをしている。まるで要人のボディーガードだ。


「コイツを摘み出せ」

「承知いたしました」


 樹に一礼して、根元と呼ばれた男が梅の腕を掴む。

 ぐっと抵抗して腕に力を入れた梅の様子に、樹が眉を顰める。


「如月梅、金輪際、暦家の敷居を跨ぐことを禁じる。二度と俺に顔を見せるな」


 本家への出入り禁止と当主との接見禁止は、分家に生まれた者にとってはかなり重い罰だ。

 本家当主を、本気で怒らせた。その報いである。


「そんな……っ!」


 悲痛な顔をする梅を後ろ手にさせて、根本は引き摺るようにして広間を後にした。


「……皐月菖蒲、お前は何をしている?」


 樹が、梅の後に続いて広間に入ってきて、ずっとおろおろしていた彼女を一瞥する。

 菖蒲はひっと小さく息を呑んだ。


「……い、いえ、何も……」

「次はない。この言葉の意味がわかるか?」

「は、はいっ!」


 樹は、彼女が梅に「椿が樹の婚約者になった」ということを伝えたと悟っている。

 しかし、菖蒲の罪は現状それだけだ。

 かつて梅と一緒になって椿を虐げていたことについては、知っていたとしても、今になって罰することはできない。


 実際、菖蒲はこの広間に乗り込んできた梅に対して、煽る訳でも便乗するでもなく、ただ狼狽していただけだ。

 流石に、梅がこの宴会に乗り込んで樹に対してあんな口を利くとは思わなかったのだろう。


 だから、次に菖蒲が樹や椿ではなく梅に利するような動きを見せたら、その時は改めて罰を下す。

 

 樹の意図を正確に汲み取った菖蒲は、青くなりながらも樹と椿の前に出て、膝を折ると手を床について深々と頭を下げた。


「樹様、椿様におかれましては、私の至らなさで不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした」


 菖蒲は、これ以上梅を擁護すれば皐月家の立場がなくなることを痛感した。


 梅と一緒になって椿を虐げていたのは、梅があまりにも椿を蔑むので、本当に椿が出来損ないで、梅に迷惑をかけているのだと思っていたからだ。


 しかし、暦家の使用人の制止を振り切って、真当主でもないのにこの広間にズカズカ踏み入り、樹に対してあのような口を利く梅を見て、自分が今まで蔑んできた椿こそが、実はとてもまともな人間だったのではないかと思えてしまった。

 そうなれば、常識も礼節もなっていない梅と、今後も友人ではいられない。自分は皐月家の真当主なのだから。


「……椿、お前はこれで良いか? 何か言いたいことは?」


 樹が椿を振り返る。椿は自分の前で手をついて謝罪する菖蒲を一瞥し、小さく首を横に振った。


「私は大丈夫。ありがとう」

「礼なんて要らない。守るって言っただろう?」


 不敵な笑みを浮かべる樹に、胸が高鳴る。

 紅くなった頬を誤魔化すために、椿は膳に乗っていた烏龍茶を一気に飲み干した。



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