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肆:鍵

 全ての宝玉が見つけ出され、《選定の儀》が終了したのは昼を過ぎた頃だった。


 再び広間に戻ると、席の並びが変えられていた。


 上座に向かって、十二の座布団が前後六枚ずつに分けて並べられ、その後ろに少し間を開けて、座布団が等間隔に置かれている。


 一目で、宝玉を手にした真当主が前に出て、それ以外の者が後ろだとわかる配置だ。


 紅色の宝玉を手にした睦月家の少女が、上座から見て前列の左端に座ったので、椿はその隣におすおずと腰を下ろした。


「椿、アンタ一番に見つけるなんてやるじゃん。見直したよ」


 ショートヘアでボーイッシュな少女が、にかっと笑う。

 睦月雛菊、確か向日葵と同年齢の十八歳。

 あまり話したことはないが、さっぱりとした毒のない性格だと認識している。


「あ、ありがとう」


 曖昧に笑ってやり過ごす。


 皆が着座したところで、周囲を見る。

 普段全国に散っている分家同士の交流は最低限しかないが、それでも年に一度、新年の集会があるため、皆顔馴染みだ。


 真当主となった者たちは、やはり以前から実力があると謳われていた者ばかりである。

 ちなみに、向日葵の他、長月と神無月、師走はこれまでの当主がそのまま真当主になったようだ。


 と、樹が部屋に入ってきた。


「真当主となった十二名は、睦月雛菊、如月椿、弥生桃、卯月桜、皐月菖蒲、水無月百合、文月蓮、葉月向日葵、長月紫苑、神無月竜胆、霜月紅葉、師走柘榴」


 名を呼ばれた者が一礼する。


「お前たちはこれより新たな家長として、暦と連携を図り、これまで以上にこの国を守っていくことになる。よろしく頼む」

「はい!」


 気合の入った返事をした真当主たちを見渡し、樹は小さく頷いた。


「では続いて、《鍵》の選定を行う」


 その言葉に、一堂が居住まいを正す。


 《鍵》とは、暦の当主が変わるたびに選出される分家の代表のようなものだ。


 かつて、暦の先祖は三人の弟子と共に、途轍もなく強い悪鬼を封印した。

 強すぎるそれを祓うことはできず、力を無力化して封じ込めるのが精一杯だったのだ。


 しかもその封印は永遠ではない。

 暦の当主が代替わりする度に、新たに封印をし直す《継承の儀》を行う必要があるのだ。


 その儀式には、封印を施した時と同様に、暦の血を引く人間の他、三人の《鍵》が必要となるため、三人の弟子から派生した十二の分家の中から、最も優れた三人を選出するのだ。


 分家に生まれた者にとって、《鍵》に選ばれるのは非常に名誉なことであり、《鍵》を輩出することはその家にとって最高の栄誉である。


 ちなみに、先代の鍵は葉月家、長月家、師走家から選ばれている。


「第三の《鍵》、長月紫苑」

「承知いたしました」


 向日葵の隣に座していた黒髪の美女が、無表情で頷き、一礼する。


「第二の《鍵》、葉月向日葵」


 その名が呼ばれた瞬間、分家の者達の視線が一斉に泳いだ。

 誰もが、分家最強と謳われる向日葵は第一の《鍵》に選出されると思っていたのだ。


「承知いたしました」


 向日葵自身はその結果に不満などないようで、優美な所作で一礼する。


「第一の《鍵》……」


 樹が一旦言葉を切る。


 皆が固唾を飲んで見守る中、樹は椿を一瞥した。


「如月椿」


 名を呼ばれ、椿はぎょっとする。

 自分には、《鍵》の役目を果たせるほどの霊力などないはずだ。


 ずっと、ずっと、生まれてから今まで、父親と梅から、役立たず、落ち零れだと言われ続けてきたのだから。


 何かの間違いだ、辞退しなければ。


 そう思う反面、他の分家の者たちがじっと見つめてくるこの状況で、暦家当主である樹の決定に異を唱える度胸など椿にはない。


「し、承知いたしました」


 ぺこりと頭を下げると、樹は満足げに頷いた。


「《継承の儀》は明日執り行う。真当主のみ、今日は本家に滞在し、それ以外の者は帰宅しろ。解散!」


 樹がそう言葉を発して退出する。

 それを合図に、後ろにいた分家の者たちが立ち上がり、次々と一礼して部屋を出て行く。


 後ろから自分を睨んでいる梅の視線を感じていた椿は振り返ることもできずに、ただその場に留まっていた。


「椿! 《鍵》の選出おめでとう! 一緒に頑張ろう!」


 向日葵がすっと椿に寄り添って声を掛ける。

 その様子を、弥生と卯月の真当主が、羨ましそうに見つめて来る。


 二人は従姉妹同士でもあり、非常に仲が良く、揃って向日葵に心酔している。

 しかし、二人が椿に向けるのはあくまでも羨望の眼差しで、嫉妬のような負の感情はそこにない。


「良いなぁ、向日葵さんに声かけてもらえて」

「仕方ないわよ。だって椿だもの」


 そんな会話が聞こえる。


「……出来損ないのくせに《鍵》が務まるの?」


 彼女たちとは別の方向から、ぼそりと呟かれた言葉を聞いてしまい、椿がはっとすると、こちらを睨んでいる少女と目が合った。

 皐月菖蒲、皐月家の真当主になった、梅と仲の良い少女だ。

 梅の発する椿への言葉をすべて真に受けており、椿は彼女からも幾度となく侮蔑の言葉を投げられてきた。


 萎縮する椿の肩を、向日葵は優しく叩いた。


「その出来損ないに負けたのは誰? そもそも本当に出来損ないなら、《鍵》には選ばれないよ。菖蒲、貴方は樹様の意向に背くつもり?」


 冷たく言い放った向日葵に、菖蒲は言葉に詰まった。


 分家にとって、本家の当主は絶対的な主人だ。

 その主人の決定に背くことが何を意味するのか、分家の者は皆良く知っている。


「……っ!」


 菖蒲が悔しそうに舌打ちして、踵を返して去っていく。

 

「気にすることないよ。ただの僻みだから」


 ふっと微笑む向日葵に、椿は俯く。


「……でも、本当に私なんかに《鍵》が務まるのかな……」

「樹様の決定よ。樹様が、椿を選んだの。胸を張りな」


 軽く背中を叩き、向日葵は椿を室外へ促した。

 今にも掴みかかってきそうな梅が、向日葵を見て拳を握り締めている。


「……梅、貴方は早く帰りな。真当主以外は帰宅しろと言われたでしょう?」


 向日葵は言いながら、梅と、その背後にいる彼女の父である前如月家当主の万作を一瞥する。

 万作は向日葵の視線に息を呑み、梅の肩を掴むと、半ば強引に連れて行き、そのまま退出していった。

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