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参:入らずの森

 暦家の敷地にある広大な森は、普段は暦家の当主以外の立ち入りが禁じられており、通称《らずの森》と呼ばれている。


 《選定の儀》は、暦家の当主以外の者が立ち入ることが許される数少ない機会である。

 また、この森では当主の許可なく術を行使することは原則禁止されている。


 足を踏み入れると、その森は鬱蒼としており、普段人の手が入っていないであろうことが如実に現れていた。


「ブーツで良かった……」


 袴に合わせる履き物は草履かブーツかの選択肢がある中で、椿はこだわりもなく歩きやすいというだけでブーツを選択していた。


 梅は見栄えがいいからという理由で、紅色の高級草履を用意させていたが、まさか今日《選定の儀》を行うとは思ってもいなかっただろう。

 きっと今頃、この足元の悪い森の中を悪態つきながら歩いているのだろうな。


 そんなことをぼんやりと思いながら、椿は辺りを見渡した。


「椿!」


 声をかけられ、びくりとして振り返る。

 そこには、分家の中でも昔から馴染み深い人物が駆け寄ってくる姿があった。

 小柄だがスラリとした体型で短髪、爽やかな印象の青年だ。

 

 洗朱色の着物に煤色の袴を纏っている。


「竜胆!」


 彼は神無月家の現当主である竜胆だ。弱冠二十歳にして、少し前に先代から当主の座を引き継いだと聞いた。

 

 彼は昔から椿をよく気にかけてくれており、分家の集まりで梅から酷い扱いをされていると必ず割って入って、椿を庇ってくれてきた。


 ただ、それが気に食わない梅から、帰宅後に更に罵倒される事になるので、椿は彼の気遣いがありがたい反面、あまり分家の集まりで声をかけられたくないと思ってしまっていた。


「大丈夫か? さっきの広間でお前が入ってきた時、梅が凄い顔してたけど……」

「うん。ちょっと、ね。いつものことよ。気にしないで」

「……何かあったら言えよ。俺も神無月家の当主になれるくらいの力はつけたんだ」

「ありがとう。でも、この《選定の儀》で負けたら当主じゃなくなっちゃうんだから、私と話してる暇はないよ?」


 暗に「早くどっか行け」と訴える椿だが、竜胆は眉を下げた。


「それはそうなんだけど……お前が心配で」

「私なら大丈夫! そもそも私は当主になんてなりたいと思ってないから!」

「でも、もしも梅が真当主になったりしたら……」

「そうなれば、梅だって忙しくなって、きっと私に構わなくなるよ」


 ね、と強調して、彼を送り出す。


 竜胆はまだ何か言いたそうにしながらも、渋々森の中に消えていった。


 彼の優しさは、必ずしも椿の助けにはならない。それが伝わらないのがもどかしい。


 彼は梅が癇癪を起こして椿にキツく当たると割って入ってはくれたが、梅を叱ってくれる訳でもなければ、ぶち負かして懲らしめてくれる訳でもなかった。

 分家同士は、原則互いの家に干渉しない。それが暗黙の了解だからだ。


 だったらいっそ、何も口出ししないでくれた方が椿の平穏のためには良かったりする。


「……はぁ」


 彼の背中が見えなくなったところで、小さく溜め息を吐き、辺りを見渡した。

 

 まだそんなに奥まで来ていない。

 あまり深く入ると戻るのも手間になるし、この辺りで時間を潰そう。

 自分は宝玉など見つける気はないのだから。


 そう考えて、座るのにちょうど良い岩か切り株でもないだろうかと探すと、少し向こうに岩が見えた。

 大きな岩と小さな岩が並んでいて、小さい方は凹凸もなく腰掛けるのにちょうど良さそうな高さだ。


「……ふぅ」


 そこに腰を下ろして、空を見上げる。陽はまだ登り切っていない。

 そもそも分家に集合命令がかかっていた時間が朝の十時。あれからまだ三十分程しか経っていない。


 この広大な森の中から自分の家の色の宝玉を探し出すには、それなりに時間が掛かる。

 当然、誰かが宝玉を見つければ、その家の者はそれ以上宝玉を探す必要はなくなる。つまりリタイアとなるため、徐々に探し手は減っていく。


 噂で聞いた話では、自分の家の色ではない宝玉を見つけた場合、それを確保して高額でその色の家の人間に売りつける者が、毎回少なからずいるらしい。


 当主になりたいなどと思っていない椿にとって、宝玉とは自分の家の色でもそうでなくても、厄介ごとの種でしかない。


「……早く全部の宝玉が見つかれば良いのに。早く帰りたいな」


 ぼそりと呟いた、その時だった。

 頭上から、ふっと何かが落ちてきた。


 咄嗟に手を出してそれを受け止めると、それは掌になる大きさの灰色に輝く玉だった。


「……は?」


 どう見ても、これは宝玉だ。

 しかも灰色は、如月家の色。


 まずい、これを自分が手に入れてしまったなんて梅に知られたら、癇癪を起こして暴れかねない。


 岩陰に隠して、この場を離れてしまおう、そう思った矢先、白い小鳥が飛んできて目の前に滞空した。


 ただの鳥ではない。

 これは、暦家の者が扱う式神だ。


 詰んだ。

 宝玉を手にしたところを見られてしまった。


 そう思った刹那、けたたましく小鳥が鳴いた。


「報告! 第二ノ宝玉! 入手者ハ如月椿! 如月家ノ者ハ、直チニ、森ヲ出ヨ!」


 機会的な口調で放たれた言葉は、森の彼方此方から反響してきている。

 おそらく、参加者一人一人に式神が付けられていたのだ。


 もうこれで言い逃れはできない。

 梅と父親から罵倒される未来を確信して、椿は額を押さえた。


 と、その時、立て続けに白い小鳥が鳴いた。


「報告! 第八ノ宝玉! 入手者ハ現当主、葉月向日葵! 葉月家ノ者ハ、直チニ、森ヲ出ヨ!」


 それは想定内の内容だ。

 分家最強と名高い向日葵なのだ。寧ろ一番に宝玉を見つけ出すだろうと誰もが思っていた。


「……戻らなきゃダメかな」


 手の中の宝玉を見つめながら呟くと、式神の小鳥が手首にちょこんと止まった。


『宝玉がお前を選んだ。覚悟を決めて出て来い』


 先程の声とは明らかに違う、青年のそれだった。

 間違いなく、この式神の主である、樹の声だろう。


 暦の当主にそう言われてしまえば、椿はもう逆らえない。

 深々と溜め息を吐き、とぼとぼと元来た方へ歩き出した。


 そして森を出る直前、嫌な気配を察して振り返る。


「椿! アンタって奴は! いつも私の邪魔ばっかり!」


 鬼の形相をした梅が、ずんずんとこちらに歩み寄って来る。


「その宝玉! 私に寄越しなさいよ!」


 右手を差し出す梅。

 椿とて、差し出して済むのならそうしたい。しかし、既に椿が宝玉を手にした事は、分家の者だけでなく暦家当主の樹が把握している。

 《選定の儀》の結果を勝手に変える事は、誰にも許されない。


「……結果に不満があるなら、樹様に直接訴えて。私には、この結果を変えられる権限なんてないんだから」


 精一杯平静を装ってそう答えると、梅はぎりぎりと唇を噛み締めた。


「椿のくせに!」


 彼女の右手に、霊力が集まり始める。


 まずい、術を使う気だ。


 椿は咄嗟に防御陣を張ろうと印を組む。

 と、その時。


「梅、それ以上は流石に駄目よ」


 凛とした声が響き、梅がはっとした様子で手を引っ込めた。


「此処は暦の総本家。《入らずの森》では、当主の許可なしに術を行使する事は禁じられている。それを破ることが何を意味するか、わからない程馬鹿じゃないでしょう?」


 つかつかとこちらに歩み寄ってきたのは、太陽のように暖かく光り輝く宝玉を片手に持った向日葵だ。


「っ! 向日葵……!」


 梅が悔しそうに口を噤む。


 梅は、分家最強と謳われる向日葵を一方的に敵視していた。

 一方で、彼女には敵わないことも痛感している。

 

「もう椿が宝玉を手にしたと、樹様含め分家全員が知っている。今貴方が椿から宝玉を奪ったとしても、《選定の儀》の結果は覆らないよ」


 淡々と諭す向日葵の言葉に、梅は返す言葉もなく黙り込む。


「……行こう、椿」


 向日葵が促し、椿は梅を気にしつつも、それに従う。


 二人が森を出て行くのを、梅が憎悪に満ちた眼差しで、ずっと睨みつけていた。

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