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壱:分家代表

 どん、と突き飛ばされた少女は尻餅をついた。

 怯えた目で相手を見上げると、自分と瓜二つの面差しの少女が、鬼のような形相で自分を見下ろしている。


「っ! 梅……何で、こんな……?」


 震える声で尋ねると、梅と呼ばれた少女は忌々し気に顔を歪めた。


「アンタが邪魔だからよ! 椿! 本家からのおたっしさえなければ、私一人で来るはずだったのに!」


 ヒステリックに叫び、梅は椿の髪の毛を無造作に掴み上げた。


「アンタなんか如月家のお荷物なんだから、当主様のお話が終わるまで、此処に居なさいよ!」


 凄んで言い放つと、彼女は小さく何かを唱えた。


「っ!」


 椿の足首に何かが絡みつき、その場から動けなくなる。


「梅! こんなことしなくても……」

「煩い! いつき様と結婚するのはこの私よ! アンタはただ黙って見ていれば良いのよ!」


 ふん、と鼻を鳴らして、梅は踵を返して行ってしまった。

 残された椿は深々と溜め息を吐き、自分の足に絡みついている蔦のような足枷にそっと触れた。


 ダメだ。梅の霊力を込めて作られた枷は、簡単には外せない。


 梅と椿は双子だが、能力は天と地ほど差がある。


「……私だって来たくて来た訳じゃないのに……」


 ぼそりと呟き、椿は膝を抱えた。


 此処は、広大な敷地の中に建つ立派な和風邸宅の外廊下の床下に当たる部分だ。

 数歩先は大きな池になっており、もう少し強く突き飛ばされていたら落ちていたかもしれない。


 邸宅の主はこよみという、退魔を生業とする一族。


 世界には、徒人ただびとには視えない鬼や妖といったものが存在する。

 その中でも人間にわざわいをもたらすものを退けるのが退魔師である。


 暦は平安時代から続く退魔師の家系で、その十二の分家は暦に因んで、それぞれ旧暦の月の名を持っている。

 椿の家である如月も、分家の一つだ。


 分家はそれぞれが当主を持ち、普段は日本各地に散って仕事をこなしているが、年に何度かは本家である暦の邸宅に集まるのだが、今回は何故か当主だけでなく、各分家で霊力を持っている者は全員集合と通達された。


 理由は明言されていないが、次期当主と目されていた暦家の長男、樹の花嫁を決めるためではないかと、分家の間では噂されていた。


 その噂を真に受けた梅は、現如月家当主である父親に我が儘を言い、最高級の着物と袴を用意させた。


 暦家に集まる分家の正装は、着物と袴だ。

 しかし椿は、質は良いが如月家の家紋が入っただけの白い着物と鼠色の袴で、豪奢な小梅柄の着物に灰色の袴の梅とは、まるで主人と使用人のような差である。


 父親は、いつだって能力の高い梅ばかりを可愛がってきた。

 虐待というほど酷い扱いを受けた事はないが、椿はいつも冷たくそっけない態度で、何かを欲しがっても梅のおさがりを与えられるばかりだった。


 そんな扱いの差も、十七歳になった今、すっかり慣れてしまっていた。


「……はぁ」


 溜め息を吐いた、その時だった。


 目の前に、突如黒い靄が噴出した。


「っ!」


 これは瘴気だ。


 ぎょっとする。

 此処は、退魔師の家だ。厳重な結界が張られているこの敷地内に、こんなものが噴き出すなんてありえない。


 咄嗟に両手で印を結ぶ椿の前で、その靄は人の形になった。


「……え」


 靄が消え、そこには艶やかな黒髪と、血を吸ったような深紅の瞳の青年が立っていた。

 真っ黒の着物と袴姿のその青年は、恐ろしいほどに整った顔立ちをしており、一目で人外のものだと察せられた。


 しかし不思議なことに、妖であれば必ず放つはずの妖気も、悪意も殺気も、全く感じられない。


「……貴方は誰?」


 警戒しながら尋ねると、青年は眉を寄せた。


「む? 此処は何処だ? やっと外に出られたと思ったんだが……小娘、お前は何者だ?」


 質問に質問で返された椿は相手を睨む。


「貴方、鬼?」


 鬼は、妖の中でも最も強いとされている、人間と似た容姿を持つもの。

 鬼ならば、己の妖力を隠して顕現することも可能かもしれない。


 数は少ないため、退魔師をしていても滅多に出遭う事はない。

 椿自身も、鬼を見るのは初めてだった。


 青年は、冷徹な感情の映る眼を椿に据えた。


「……この俺が鬼だとわかるとは、お前、暦一族の者か?」


 その問に、憎悪が込められているのをひしひしと感じる。

 椿は、首を横に振った。


 暦一族はあくまで本家のみが名乗ることを許される姓であり、分家の者はそれを許されない。


「……そうか。だが、お前は危険そうだ」


 鬼が、右手を椿に向ける。


 まずい、殺される。

 椿が印を組んで攻撃に備えようとした、その時、鬼は何かに気付いたように舌打ちした。


「くそ、まだ完全に出られた訳じゃなかったか……」


 そう呟いたのを最後に、ふっと姿が掻き消える。


「……何だったの、今の……」


 呆然と呟いたその時、背後で砂利を踏む音がした。


「っ!」

「此処で何をしている?」


 振り返ると、グレーのスエットという部屋着姿の青年がそこに立っていた。


 年の頃は二十歳前後、色素の薄い黒髪に、グレーがかった褐色の瞳、端正な面立ち。


 この顔は見たことがある。

 暦の現当主である幹太郎の息子だ。


 息子は二人いて、どちらも見たことがあるが、一歳差で顔もよく似ているため、目の前の青年が兄なのか弟なのかはわからない。


「あ、えっと……」


 答えあぐねる椿に眉を顰めつつ、青年は彼女の足首に目を留めた。


「……誰かに嵌められたか」


 呟きながら、彼は椿に歩み寄り、梅が施した足枷に手を触れた。

 彼が何かを呟いたと思った直後、その足枷が音もなく崩れ去ってしまう。


「あ、ありがとうございます」

「構わん。俺が此処にいたことは誰にも言うなよ」

「? わかりました……」


 別にいたって良いじゃないか。自分の家の敷地だろうに。


 椿は、そんな疑問を顔に出しつつ頷く。


「お前はもう行け」


 言いながら、彼は池の畔の方へ歩み寄っていく。

 手にしていた紙袋に手を突っ込んで、何かを取り出すと、それを思い切り池に向かって投げる。


 ぱぁっと散ったそれは、おそらく鯉の餌だ。

 優雅に泳いでいた錦鯉が、急に威勢よくこちらに向かって来て、口をパクパクさせ始める。


 一瞬見惚れてしまったが、此処に居てはいけない気がして、椿は慌ただしく一礼してその場を去った。


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