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玖:継承の儀

 宴会はその後無事に終わり、椿は如月の間で眠りについた。

 暦家当主の婚約者は、暦家の居住区画に部屋を与えられるのだが、昨日急に決まった婚約のため、準備が間に合わなかったらしい。


 翌朝、身支度を整えた椿が、《継承の儀》のための集合場所である入らずの森の前に移動すると、既に向日葵と紫苑が到着していた。


「おはようございます、椿様」


 昨日までは呼び捨てにしていた向日葵が、急に恭しくそう呼んできた事に驚くと、彼女は茶目っ気たっぷりに笑った。


「一応、けじめは必要でしょう? 貴方は暦家当主の妻になるんだから」

「別にそんな気を使わなくて良いのに……」

「……椿様が良いと言っても、樹様が良しとするかはわからないからな」


 それまで無言でいた紫苑が不意にそう呟いた。


 椿はこれまで彼女とはほとんど話したことがない。

 紫苑の花が描かれた縹色の着物と濃紺の袴が似合う、スラリとした長身の美女。艶やかなな黒髪は肩にかかり、口紅を塗っている訳ではなさそうなのに紅い唇と、切れ長の目が妙に色っぽい。


「私達も本家出禁になりたくないしね」


 冗談めかして、向日葵はくすくすと笑う。


「随分と楽しそうだな、向日葵」


 突然そこに現れた樹は、不満を露わに目を眇めていた。


「あら、樹様、おはようございます」


 わざとらしい向日葵の態度に、樹はますます不愉快そうにする。


 今は本家当主と分家当主の関係だが、元々は従兄妹いとこなのだ。

 やり取りの端々で、幼少期はそれなりに仲良くしていた事が伺える。


「……すぐに《継承の儀》を執り行う。既に他の真当主は配置についている。これから儀式の手順と呪文を説明する」

「承知いたしました」


 向日葵と紫苑が、居住まいを正して頷く。


 《継承の儀》の手順は、暦家の者と《鍵》にしか知らされない。

 手順が外部に漏れ、知能の高い妖に知られてしまうと厄介なことになるためだ。


「《入らずの森》の最奥に、結界の核を成している祠がある。その祠を囲み、印を組みながら封印の呪文を唱える。これが儀式の手順だ」

「……結界の核は、《入らずの森》にあるんですか?」


 解せない様子で紫苑が首を傾げる。

 樹は彼女の言いたいことを察しつつ頷く。


「ああ、そうだ」

「それで普段立ち入り禁止になっているのは納得ですが、それなら《選定の儀》も別の場所で行うべきでは?」

「当然の疑問だが、宝玉を探すというという《選定の儀》において、屋外で、ある程度の広さを備えた上、妖に遭遇しない場所というのが《入らずの森》しかないんだ。だから、《選定の儀》の時だけ、簡易結界を《入らずの森》の中に張って、祠がある場所へは到達できないように処理している」


 暦家の広大な敷地の外は、暦家の結界で守られており、妖は一匹たりとも入ることは叶わない。しかし一歩外へ出れば、そこかしこに妖が存在する。

 妖全てが人間に対して悪さをする訳ではないが、しょうもない悪戯をされる事もあれば、退魔師に恨みを持っている妖が襲ってこないとも限らない。


 《選定の儀》のような、分家の者にとって重大な儀式の際に、妖の横槍を入れられるのは避けたい。

 そういった配慮によって場所が決められていたのである。


「……なるほど、承知いたしました」


 紫苑が納得した風情で頷いたのを受け、樹は《入らずの森》へ向けて右手を掲げた。


しるべ


 唱えた瞬間、淡い光が一筋、森の中に伸びていった。


「これを辿る。はぐれるなよ。はぐれたら祠へは辿り着けないからな」


 言いながら、樹は当然のように椿の手を取る。


「行くぞ」

「はい!」


 向日葵と紫苑が、樹と椿の後ろに続く形で歩き出す。


 森へ入り、光の筋を辿って木々の間を抜けていくと、程なくして少し開けた場所に出た。

 その中心に、古い石の祠がある。

 大きさは五十センチメートル四方ほどで、さほど大きくない。苔むしていて、かなり長い年月が経っている事がわかる。


「俺が祠の正面、対面に椿、左に向日葵、右に紫苑、位置につけ」


 樹の指示通りに、三人が祠を囲む。

 樹が祠の上に手を翳した、その時だった。


 ぱき、と音がした。

 何かにヒビが入るような音だ。


「っ! 伏せろ!」


 樹が叫ぶのと、何かに気付いた向日葵が右手を薙ぎ払うのは同時だった。

 驚いて動くのが遅れた椿を、紫苑が飛び掛かるようにして庇い、地面に倒れ込む。


 一瞬前まで椿の首があった場所を、何かが鎌のように一閃した。


「っ!」


 背中を打った椿が咄嗟に祠を見ると、祠の天井部分である石に亀裂が入り、そこから黒い瘴気が噴出していた。

 瘴気は鋭く渦を巻いている。椿の首を狙ったのもそれだ。


 向日葵が咄嗟に放った霊力で、その瘴気を押さえつけられているのが視える。


 彼女は続けて両手で印を組み、叫んだ。


ばつ!」


 退魔の呪文を唱えた瞬間、彼女の膨大な霊力が迸り、黒い靄が霧散する。


「椿! 結界を張れ! 仮で良いから早く!」


 樹の言葉に、椿が素早く立ち上がって印を結ぶ。


きん!」


 椿の放った結界術により、石の祠は静かになった。


「……何だったんだ、今のは……」


 樹が呆然と呟く。

 彼は咄嗟に、石の祠が破壊されないように霊力を注いでいた。

 その甲斐あって、亀裂はそのままだが祠そのものはまだ形を保っている。


「……封印が壊されたようです」


 祠を見つめていた紫苑が、剣呑に呟く。


「封印が壊された? そんな事、これまでなかったぞ……一体何があったと言うんだ……」


 愕然とする樹の元に、白い小鳥が猛スピードで飛んで来た。


『樹様! 大変です! 菖蒲が……っ!』


 それは師走家真当主の柘榴の声だった。

 普段冷静沈着な彼の引き攣ったような声色に、四人の顔が強張る。


 皐月菖蒲は、昨夜梅に樹の婚約者が椿であるという情報を流し、暦本家の宴に真当主ではない梅が乱入する事態を招いてしまった。そのことについては大いに反省していたように見えたが、今度は何をしでかしたというのか。


 しかし、その続きを言う前に、小鳥は散り散りになってしまった。


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