身内
「ただいまー」
「おかえり」
自宅の玄関で靴を脱ぎつつ帰宅の挨拶をすると、リビングの方から返事が返ってきた。若い女性の声。人生の中で最も多く聞いてきた声。
あんまりまだ慣れない平屋の自宅だが、やはり聞きなれた声がすると我が家に帰ってきたと感じる事ができると思う。
そのままリビングに向かわず一度自室に向かい、制服から部屋着に着替えてから改めてリビングに向かうと、そこにはソファの上で一人の少女が脱力して横になっていた。ついているテレビも見ている気配がない。
「こんな時間からだらけすぎじゃない?」
「いいのよ、今はインターバル期間だから。後今はお腹すいて動く気しない」
「……すぐに作るよ」
「よろー」
この家は僕と彼女の二人暮らしだ。そして食事の支度は基本的に僕の受け持ちになっている。
別に押し付けられているわけではなく、自分から進んで引き受けているだけだ。
正直彼女の家事の腕は……だし、それに今の生活費の大部分は彼女が出している。というか、今僕らの自宅となっているこの家も、彼女が稼いだお金で借りているものだ。
彼女の名前は伏谷 那美。僕の一つ上の実の姉にして、現学園5年生唯一のSランク魔術士である。
現年齢はまだ16歳にも関わらず、すでにいくつもの実績を上げている麒麟児。魔術器官の各数値も高水準をたたき出している、おそらく今の学園では最も有名な少女。
……家ではこんなだらけた姿を見せてるけど。
ま、そんな感じで金銭面に関してはほぼ彼女に面倒を見てもらっているので、せめて家の事は、という感じだ。唯一の家族としては助け合っていかないとね。
僕と那美の親はすでにこの世にいない。ずっと前に両親とも亡くなっている。
理由は、ゲートが開いた事による語モノ──この世界の伝承が化け物になった存在が暴れた事によるものだ。ちなみに薄情かもしれないが、そのことに対する悲しみはあまりない。なにせそれが起きたのは僕がまだ生後6か月の頃の事だ。正直二人に対する記憶がないので。ちなみに那美も同様だと言っていた。生んでくれた感謝はあるからちゃんと仏壇もあるし、お墓参りもしてるけどね。
その後僕たちは親戚の元に身を寄せていたけど、二人とも魔術器官持ちなのはわかっていたのである程度成長した後に天津原市へ戻ってきた。それからしばらくは寮のようなところで暮らしてたんだけど……那美が「寮生活だと家族で過ごせる時間が足りない」と去年家を借りたのである。
今だらけている姿を見ると、学生にしてそこまでの収入を得ているようにはとても見えないけど。
でもまぁ、立場を考えると外ではあまりのんびりできないであろう姉だ。家の中くらいはめいいっぱいだらけさせてあげよう。
「ああ、そういえば那岐」
「ん?」
冷蔵庫から今日の夕食の材料を引っ張り出し刻んでいたら、ソファの上で相変わらずぐでーとしている那美が顔だけ向けて声を掛けてきた。
「何? 出来るだけ早くは作るけど、さすがにもうちょい時間をもらうよ?」
「なるはやでよろしく。……いえ、そうでなくて。ゲートの話聞いた?」
「聞いてないけど……出現予測出たの?」
僕の言葉に那美はこくりと頷く。
「おそらく近日中に出現するってさ。だから放棄地区の側には近寄る時は気を付けるのよ?」
「……了解」
那美は割と心配性だ。戦う力を僕が持っていないのは当然知っているから、いつもこうやって注意してくる。そもそもゲートが発生し語モノが頻繁に発生する放棄地区は僕一人で立ち入りはできないから、そうそう好き勝手には入れないんだけどね。