力が欲しいか
『力が欲しいか』
その建物に入った瞬間、脳裏に女性の声が直接響いた。
「こんにちわー」
「はいよ、いらっしゃい」
それはガン無視して、椅子に座ってる老婆に挨拶すると、視線はこちらに向けないままで返事が返ってくる。彼女は安楽椅子に腰を下ろし、なにやら本を読んでいるようだった。
……表紙見る限り少女漫画かな、これ。本当になんでも読むな、この人。
『力が欲しいか』
「フラジールさん、今少し時間貰えますか?」
「見ての通りだね。──あと四分の一くらいだから読み終わるまで待ちな」
「了解です」
今度はちらりと視線だけ向けた彼女に対して頷きを返し、空いている腰を下ろす。
『ちょっと那岐っちぃ、無視しないでよぅ』
……
『那岐っちってばぁ』
「ねぇ、毎度毎度このやり取り飽きない?」
しつこく脳裏に響いてくる声に根負けし、僕は言葉を返す。
今この場には老婆──フラジールさんしかいないが、彼女は一切反応を見せず読んでいる少女漫画に視線を落としていた。自分に話しかけられたわけではないとわかっているのだ。
部屋の中には人影はフラジールさんのモノしかない。だが、この脳裏に直接響く声は、フラジールさんのものではない。
じゃあ声の主はなんなのかといえば……僕は視線を滑らせて、壁に立てかけられた一本の大きな杖を見る。
『やだ、熱い目で見て……力が欲しくなった?』
「いい子がいたら紹介してくれる?」
『ちょっと浮気する気!?』
「……大きな声はやめて」
脳裏に直接叫び声が響くのはしんどい。
そう、声を発しているのはこのたてかけられた杖だった。
ワンダリング・ツール……ではなかったか。ゲート産ではなく、フォールダウンの時にウィザストからやってきた杖なので。思考する道具、"ステラ"、それがこの声の主である彼女(女性人格らしく、彼というと怒る)の名前だ。
ずっと以前からこのフラジールさんの住処に置かれている彼女とは、もう1年近い付き合いとなる。
──ここの家主であるフラジールさんは、ウィザストのフォールダウンに巻き込まれてこちらの世界にやってきた魔女の一人だった。彼女は魔女の中でも格も年齢もトップであり、ウィザストでは大賢者と呼ばれる人物だったそうだ。
年齢が年齢の為すでに現場に出る事はないらしいが、彼女はウィザストからやってきた魔女の中では最重要人物と言われている。
なにせ、彼女がいなければ今僕たちが学び、行使する魔術は本来の十分の一以下の性能になっていたといわれている。──彼女の頭の中には、魔術を構成する"神代文字"のすべてが記憶されているから。
他の魔女たちは皆現場型であくまで自分の得意属性しか知識がなかった事を考えれば、彼女がいなかった場合はどうなっていたかは推して知るべしである。
そんなVIP的な存在である彼女の元に僕が通えているのは、実は僕と彼女の間に特別な関係が……あるわけでもなく、資格保有者だからだ。
フラジールさんとコンタクトするには事前に申請をする必要があるが、申請をしても無条件に許可が下りるわけではなく条件がある。具体的にいうと一定以上の魔術開発者の資格を持つことが条件だ。
学園卒業済みの人間であれば、各種資格の最上位を持つ事が条件。学生の場合はその条件が少しだけ緩和されて、僕は3年になってからしばらくしてこの条件を満たすことができた。
それ以降、僕は開発に行き詰まったり悩むところがあるとここに通うようにしている。それなりに忙しい人だし会いに来るのは僕だけでもないので、一度通った後はしばらく申請できなくなるから頻繁に来ているとはいえないけど、それでも訪れた回数は二桁に突入している。
で、だ。
その二桁に及ぶ訪問回数の第一回目から、俺に冒頭の言葉をかけてきているのだ。ステラは。