束本 静流②
ランクの最上位はSだけど、学園ではSは4人しかおらず、その内訳は最高学年である6年で3人、5年に1人で、4年以下には一人もいない。
目の前にいる彼女はどちらかというと呆けているような印象があってとても実力者に見えないが、すでに実戦での実績をいくつも上げている子だ。たしか僕らの同期では一番にAランクになったんだっけ。
そんな魔術士としては天上人な彼女は、開発者としてもいくつか資格を持っているので自分でも開発はできるんだけど……その上で僕に開発を求めてくる。開発者としては自分より僕の方が上だと認めてくれているようだ。
最も今はそれほど強く依頼してくることはないし、こっちも学生の間は本腰を入れて依頼を受けるつもりはない。ただ調整くらいなら、とたまに請け負ってるくらいだ。
……先のクラスの連中みたいに別に親しくない上に丸投げしてくるようなアホの依頼なんざ受けるつもりがまるでないけど、親しい付き合いになる知人でかつ依頼内容も無理ないものなら……みたいな感じだね。彼女には細々とした事でお世話になっていたりするし、彼女自身が元々フランクな絡み方をしてくるしなんだかんだで話しやすいから気が付いたら大分親しくなってしまった。
ただ結果としてその相手が実力者になっているんで、あいつらみたいなのからやっかみを受けるんだけど。とりあえず僕からはすり寄ってないからな?
「で、用件は何?」
ワキワキしながら伸ばしてくる束本の手を払いつつ、問いかける。彼女は学園内では名の知れた存在だから、こんな注目を浴びる場所で長く相手したくないんだけど。
が、彼女は僕の問いにコテンと首を傾げ、
「用件……?」
「おい」
「なんだったっけ?」
「知らないよ!?」
……表情を見る限り素で忘れてるなこれ!?
これで現場ではくっそ優秀だって聞くから世の中わからない。
「んー……」
「……帰っていい?」
時間のロスが云々より、このポジションに長居したくないんだけど。
そう思ってジト目で聞くと、束本は急にパン! と柏手をうち
「思い出した」
「何」
「スキンシップ。将来のための」
意味がわからないんですが。
「将来私の魔術の調整契約をしてもらうためには、学生時代に友好な関係を築いておく必要がある。自明の理」
「……こなきじじいみたいに背中に急にへばり付いても、友好な関係を築けると思えないんだけど?」
「私は女なのでじじいじゃない」
「いやそういう話じゃなくて」
「……?」
「え、なんで僕が「何言ってるかわからない」みたいな顔されないといけないの……?」
なんというか……彼女は独特なテンポがあって、ちょっと不思議な反応を見せられる事が多々ある。
…まぁ、悪い子ではないんだけど。悪人善人の区分けをするのだったら間違いなく善人の枠組みの中に入る子だ。
きょとんとした顔でこちらを見る彼女に対して、僕はひとつため息を吐きながら告げる。
「心配しなくても、学園内で僕と友好な関係を築けてる人間の中では束本は5本の指には入ってるよ」
先ほど言った通り、少なくとも僕からは親しみを感じてしまっているのでリップサービスではない。5本の指どころか2本の指に入るくらいだ。ただ恥ずかしいからそこまではいわないけど。
僕は部活やクラブには入っていないし、学園が終わったらたいていの場合はそうそうに帰宅する。何より自分からあまり人に近づいていかないので、浅い付き合いしかしてない相手が多いのだ。──彼女のように、自分からアグレッシブに来るタイプを除いて。逆にアグレッシブに来るのには絆されやすいというのは彼女によって分かったんだけど。勿論悪意がなければね。
そんな僕の言葉に、彼女は満足げに笑う。
「よかった。最近あまり会話できてなかった。コミュニケーションは重要」
「否定はしないけど、声かけるなら正面からかけて?」
「善処する」
僕知ってる。それ治す気がない人が言うセリフ。まぁこれは何度も言って解消してないので突っ込まない。
最近あまり会話してなかったのは事実だった。別に仲たがいしていたとかそういうわけではなく、彼女が忙しかっただけだ。Aランクという現場に出れる中でも上位の実力者だとそれなりにやる事も多い(その替わり免除されたり優遇されたりする事も多いけど)し、訓練も欠かさないタイプだからね。そもそもクラス以外で会う事はさしてないし。
今日はこんな所で遭遇したということは手が空いてるのかな? と聞いてみるとブンブンと首を振られた。
「巡回のスケジュール決めの会議に呼ばれてた」
「……じゃぁ早く行きなさいよ」
「ちょっとくらい話すくらいの時間はあった。でもそろそろ集合時間なので行く」
「はいよ、いってっらしゃい。気を付けてね」
「うん。今度ちょっと新規魔術の相談乗ってね。後Dランクになったんだから、一緒にパトロールもしよー」
そういって手を振りながらパタパタと彼女は駆けていった。そんな彼女にヒラヒラと手を振りながら僕も再び歩き出す。
さて、僕もとっとと目的地に向かいましょう。