解呪
「……拭きな」
それから、何度術式を行使しただろうか。僕の側にいて魔術の結果を一緒に観察していたフラジールさんが、こちらにティッシュを差し出してきた。
その意図がわからず首を傾げると、彼女は自らの鼻の下を指さした。それに合わせて自分の鼻舌に触れるとぬるりとしたものに触れた。
触れた指先を見ると、赤いものがへばり付いている。──血だ。鼻血を流していたらしい。
指摘されてようやく気付いたそれを、受け取ったティッシュを使ってぬぐい取り、それから別のティッシュをちぎって鼻の中に突っ込んだ。今は鼻血くらいで休んでいる暇はない。
「少し休んだらどうだい」
フラジールさんがそう言ってくれるが、首を振る。
解呪術式は切れ目なく提供されてくるわけではないから、その間に休憩はとれている。それでも頭はくらくらしてきているし頭痛もあるが、これはちょっとやそっとで回復するようなものじゃないだろう。
それに、まだ最初に宣言された時間まではまだ余裕があるものの、苦しみ続けている束本の事を考えるとゆっくり休める気がしないから。
「束本が回復したら、ゆっくり休ませてもらいますよ」
「……そうかい」
ここで無理に止めてこないということは、フラジールさんから見ても今の僕は限界まではまだいっていないのだろう。であれば、まだ続けるだけだ。
次の術式を使う。……やはり失敗だった。
ただ、初期のように呪いが悪化したり急死したりという結果はほぼなくなっていた。呪いに対して悪い効果を起こす術の選別は大分進んでいる。後は解呪できる術式を探し出すだけ──
「次の術式──38番行きます」
「……ああ」
「《解呪38》」
術式を行使する。
「……あれ?」
これまでと違う反応が見られた。苦しそうだった束本の息が穏やかのものになり、表情も静かなものに変わる。
「これって……」
もしかして! もしかして!
「ちょっと待ちな」
望むべき結果が見れたことにより逸る僕に、フラジールさんが落ち着いた声を掛ける。
「本当に呪いが消えたのか検証する必要がある。データよこしな、こっちで検証する」
「あ、はい」
《解呪38》を使用した状態の束本のデータをパッケージ化し、フラジールさんに受け渡す。
「検証はちょい時間がかかる。その間ちょいと寝ておきな、結果が出たらどっちであっても起こすから」
「はい」
そういって部屋を出ていくフラジールさんに頷き、僕は椅子に腰を落とす。ついでに魔術も解除。『大丈夫?』と聞いてきたステラにも頷きを返しておく。
……寝ておきなと言われたけど、正直眠れる気がしない。眠気はちゃんとあるのに。
だから僕は椅子に座ったまま、ただ祈る事にした。
それからどれだけの時間がたっただろうか。扉が開く音がして、僕は反射的に顔を上げる。
そこには、フラジールさんが立っていた。呆れた顔で。
「あんたって子は……寝てなかったのかい」
「結果は!?」
あきれ顔など気にせず掛けた僕の問いかけに、彼女は笑みを浮かべて答えた。
「検証の結果、呪いの痕跡は完全に消えていることが確認できた。……完成だ」
「本当ですか……!」
「ああ、今クイニーが術を行使する準備をしている。束本は助かる」
「よかっ……たぁ」
その言葉を聞いた瞬間、膝から力が抜けた。まるで女の子のようにペタンと床に座り込んでしまう。
あ、今僕女の子なんだっけ? まぁ今はそんな事はどうでもいいや。
「束本……助かるんだ」
「おい、伏谷弟!?」
あれ、フラジールさんの体がどんどん傾いている? ──いや、違う、これ。
僕の体が傾いているんだ。
ブラックアウト。




