仮想領域
「……やっぱりすごい恰好だね」
「言わないでください……というか知ってたんですね、この格好」
「わたしゃ先代の姿も見てるからね……安心しな、似合ってるよ」
「嬉しくないっ……!」
少なくとも知り合いに会う事はなく、人通りの少ない夜の街を駆け抜けて(当然人とはすれ違ったし、思いっきりガン見された。恥ずかしくて死ぬかと思った)JMAへと戻ってきた僕は、すぐさま職員さんにフラジールさんの元へと連れていかれた。フラジールさんがいろいろ話を通してくれていたらしい。
そして彼女が僕の姿を見て、開口一番言ったのが最初のセリフである。すごい恰好だと思うなら触れないで欲しい。
「ま、姿形の話は後だ。術は準備できてるね?」
「……いけるはずです」
『今の那岐っちが記憶している術式なら、問題なく使えるわよー』
「……ステラからお墨付きが出ました」
どういう風に判断しているのか知らないけど。
「了解だ。じゃあついてきな、束本の元に行くよ」
「……っはい!」
言葉と共に身を翻し、早歩きで歩き出したフラジールさんの後をついていく。
彼女は、施設の奥……重症者の医療設備のある区域……更にその奥の方へ進み、そして最奥の部屋にてカードを使って扉を開いた。
僕は焦る気持ちを抑えて、その部屋の中に入る。
そこは、広く殺風景な部屋だった。部屋の中にはよくわからない幾つかの機器、そして大き目なベッド。その上で一人の少女が眠っていた。
束本だった。彼女は仰向けになって眠っていた……ただその顔色は蒼白になっており、更にその整った顔も今は苦し気に歪んでいた。
……絶対に助けるから。
「……まずは、束本のデータを取得します」
隣に立つフラジールさんにそう声を掛ければ頷きが帰って来たので、僕は意識を束本に向けなおした。
そしてごめんね、と小さな声で誤りつつ布団をはがす。《解析》は遮蔽物越しでもできなくはないんだけど、余分な魔力を食うので。
「行きます、《解析》」
眠っている束本の全身を視界に収め、術を行使する事で束本の情報を取得する。よし、これで事前準備は整った。
僕は周囲を見回す。
「えっと、使っていい空きスペースは……」
「そこのベッドの横を使いな、それくらいの広さがあれば充分だろ?」
「目的を考えれば問題ないですね。それじゃそこで……」
フラジールさんが指し示した場所に移動し、僕は一つ深呼吸をする。
僕が作り上げ一つの魔術。起動にも維持にも魔力を使うため、これまで自分が作ったにも関わらず僕はこの魔術を行使したことがない。
その力を、今僕はステラの力を借りて行使する。
「行くよ、ステラ」
『いつでも、オッケー!』
「よし……《仮想領域展開》」
言葉と共に、力が流れ出すのを感じる。力を吸われているというよりは、流れていく感じだ。恐らくステラの持つ魔力が僕の体の中を経由して、魔術を発現しているのだろう。
そう、魔術は発動した。目の前の空間には何も見えていないが、僕の眼前の大体半径50cmくらいの空間には魔力が満ちているのが見える。
だから僕は次の手順を行使する。
「《記録呼出》束本 静流」
今度の術は目に見えた効果が表れた。眼前の魔力に満ちた空間の中に、少女の姿が現れたのだ。そう、今すぐ側で眠っている束本の姿が。……スケールが大分小さくなっているけど。
僕はその光景を見て安堵の息を吐く。ステラのお墨付きはでていたけど、実際発動できるまでは不安だったのだ。
だがこれで、検証できる準備は整った。
「フラジールさん、いけます、準備できている解呪の呪文を僕に《魔術複写》してください。片っ端からこの仮想領域の中で使用して、検証します」